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重力こそが、あなたの健康を左右しているのだ!という本を読んだ話

 

PULL』という本を読みました。著者のブレナン・スピーゲル博士は、セダース・サイナイ医療センターで研究を率いる現役の医師で、「身体と心の相互作用が健康に与える影響」を専門にしている先生なんだそうな。心と体の“つながり”を科学的に解明していく仕事をしてるわけですな。

 

というと「またマインドフルネス系の話か〜」と思う人もいるかもですが、本書はもっと物理的というか、「重力」という切り口から人間の心身がどのように機能しているかを描いていて、こいつはフレッシュな視点だ!と思ったりしました。

 

ということで、いつものように、本書から特に印象に残ったポイントをピックアップしてみましょうー。

 

 

  • スピーゲル博士の義母は、高齢者施設に入居したあと、食事や薬は変わっていないにも関わらず、急に胃の不調や気分の落ち込みを訴えるようになった。不思議に思った博士がライフスタイルの変化を調べたところ、義母の生活でただひとつ変わっていたのが「寝て過ごす時間が長くなった」ことだった。

    ここでスピーゲル博士は「重力」と「健康」の関係に疑問を持ち、「Gravity and the Gut(重力と消化)」という論文を発表。すると、これが大きな注目を集め「ベッド生活で筋肉が衰え、便秘や認知障害が出ました」といった体験談が世界中から集まった。

    それもそのはずで、人間の体は「立って動く」ことを前提に設計されている。そのため、重力との付き合い方が変わると健康がガタッと崩れるのは不思議なことではない。

 

 

  • そこで博士が本書で提唱するのが、「重力レジリエンス」という概念である。ざっくり言うと、これは「地球の重力という負荷に、どれだけうまく耐えられるか?」こそ健康の鍵であり、その能力は鍛えることができるという考え方である。

    そのために、博士は以下のような習慣を推奨している。

    ・長時間の座りすぎを避ける(座りすぎは「新たな喫煙」と言われるレベルで体に悪い)
    ・スタンディングデスクやバランスボードを導入する
    ・時には体に重りをつけて生活してみる(著者自身は9kgのベストと5kgの足ウェイトで8週間過ごしたそうな)

    こういった“加重生活”を心がけた結果、博士のスクワット回数は3倍になり、階段が楽になり、数年悩んでいた首の痛みまで改善した。博士は「重力を味方につけると、体は本来の機能を取り戻す」と主張している。

 

 

  • 本書で個人的にもっとも興味深かったのが、「うつ病は重力の病である」という考え方。神経科学者のラクリン・ケント博士は、うつ状態の脳は「地球の2倍の重力下で生活している」ようなものだと言っており、つまりは、

    ・朝起きるのが異様に重い
    ・会話が億劫になる
    ・視線が下に落ちる

    といった現象が起きるのは、文字通り「心にかかる重力が強くなっている」という状態だと指摘している。これを裏づけるのが「グラビセプション(重力知覚)」というシステムで、私たちの神経系は常に重力を測定しており、感情によってこの感覚が変化する。簡単に言えば、喜びが大きい時は重力が軽く感じる(軽やか、フワフワ、気分が“上がる”)し、悲しみが強いときは重力が重く感じてしまう(沈む、落ち込む、重たい)。だからこそ、姿勢を正して視線を上げ、空を見上げながら歩くだけでも気分を軽くする効果が得られる。これは多くのデータで支持された事実である。

 

 

  • さらにスピーゲル博士は、腸は「原始的な重力センサー」であり、「落ちる」体験が起きると、いち早く反応するようにできていると言う。ジェットコースターで胃がムズムズしたり、エレベーターで軽く気持ち悪くなったり、高いところで足がすくんだりといった反応は、腸が「落下は危険だ!」と判断して脳にアラートを発している状態であり、「生き延びるための警報」なのだとも言える。

    で、さらに面白いのが、「恋に落ちる」ときもこの腸のセンサーは働いている。恋愛のドキドキ感や不安定さは、重力と非常に似た生理反応で説明できるとのこと。

 

 

  • さらに、有名なホルモンであるセロトニンは重力耐性物質としても知られている。セロトニンは、一般には「幸福ホルモン」として知られるが、セロトニンの95%は脳ではなく腸内で作られており、以下のような「重力との戦い」に関わっている。

    姿勢維持
    血圧調整
    平衡感覚の維持
    筋肉とリンパのコントロール

    つまり、セロトニンが不足すると、物理的にも「立てなくなってしまう」可能性が大きい。逆に言えば、「腸内環境を整えてセロトニンを増やすこと」が、重力に負けない体を作る鍵になるのだと言える。

 

 

  • セロトニンを増やすためにできることとしては、

    深くてゆっくりした呼吸
    日光を浴びる
    冷水シャワーや歌を歌う
    発酵食品やトリプトファン(卵、魚、大豆)をとる

    といった、いわゆる「地味だけど効く」方法が列挙されている。

 

 

ということで、ここまで読んで「なんだ、『重力』とか言ってるけど、結局は運動と腸活とメンタルケアのすすめじゃん」と思った人もいるかもっすね。まあ確かに本書で提案される処方せんに目新しいものはなくて、昔ながらの王道が並んでいる感じではあります。

 

ただ、本書のユニークさは、「なぜその王道が効くのか?」を“重力”という普遍的な力から説明してくれる点にありましょう。

 

  • 姿勢が大事なのは、重力が24時間あなたにかかっているからだ!

  • 腸が大事なのは、重力の変化を最も早く感知する場所だからだ!

  • メンタルが落ち込むのは、重力の知覚が歪むからだ!

 

みたいな説明を展開した本って他になく、読み進めるうちに、健康や気分の浮き沈みが「すごく物理的な現象」のように見えてくるのが面白いところですね。確かに「健康とは『重力と仲良く付き合える力』なのだ!」とかまとめちゃうと乱暴すぎますが、最近なんとなく体が重いな〜と感じている方が、「重力レジリエンス」って観点からライフスタイルを見直してみるのは面白いんじゃないでしょうか。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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