2024年4月に読んでおもしろかった4冊の本と、2本の映画と、その他もろもろ

 

月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年4月版です。今月は映画ばっか見てたので、読めたのは21冊ぐらい。そのなかから良かったものをピックアップしておきます。

 

ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を端から書いております(洋書は除く)。

 

 

戦争と交渉の経済学:人はなぜ戦うのか

 

 

経済学者が「なぜ戦争が起きるのか?」を考えた本。と言っても、本書の関心は国家間の戦争にとどまらず、「人間の集団が継続的に行う争い」全般に向けられていて、非常に勉強になりました。

 

まず本書が良いのは、「人類は戦争ばかりしてると思われがちだけど、実際にはほとんどの集団は暴力を使わずに対立を解決しているよ!人間はそこまで暴力的じゃないよ!」って前提をちゃんと説明してるところですね。ともすれば、世の中では「人間は暴力が好きなんだ!」みたいな言説が流れがちなんで、ここらへんのバイアス解除から始まるのは良いことじゃないかと。

 

その上で、それでも平和が破綻する理由として、著者は「5つの有害な条件」を提案しておられます。その詳細は本書をお読みいただければと思いますが、ここで明かされる戦争の原因は、決して人間に暴力への嗜好があるからではなく、資源不足や貧困によって引き起こされるものでもなく……って感じでして、巷間に流布する常識を否定しつつ、説得力のある議論を展開していて読みごたえがあります。

 

おそらく、本書の「5つの有害な条件」を使えば、いま起きている国家間の大規模な侵略から、会社内での対立、家庭内のいざこざまで、さまざまな状況の分析に役立つはず。かなり使い勝手が良いフレームワークなので、押さえておくと吉。

 

 

 

ソクラテスからSNS 「言論の自由」全史

 

「言論の自由」の概念の発展と変化を追跡した本。古代ギリシアの時代から現代のインターネット社会までの流れを包括的に論じていて、「全史」の名に恥じないレベルに仕上がっているのがすごい。最後の100ページは参照文献にあてられていて、この内容を消化して一冊にまとめた労力はハンパないですね。

 

また、このタイプの本ってのは、情報の羅列に終わることも多いんですが、本書は「言論の自由」にまつわる小さな物語を連ねていく構成になっていて、最後まで楽しく読めるのも良いです。

 

でもって、3,000年の歴史を見渡しながら、本書がどんなテーマを掘り下げていくのかと言いますと、

 

  • 「言論の自由」が必須なことはあらゆる人が認めているのに、なぜ言論の自由は常に脅かされているのか?
  • 言論の自由を擁護していた人が、いざ権力を持つと言論を抑圧しようとするのはなぜか?

 

みたいなところです。あらためて歴史をチェックすると、「言論の自由」に関する議論は3,000年間たいして変わってないらしく、

 

  1. 「言論の自由」を重んじる人が権力の座につく

  2. 権力者にとって言論が脅威になりはじめる

  3. 「どんな自由にも限界はある!」とか言い出す

  4. 言論の統制が行われる

 

って事態がくり返されてるみたいなんですな。さらに悪いことに、権力を持っていない人々でさも、「自分とは異なる考えや価値観は怖い!」って思いが強く、この恐怖を権力者が利用する状況も描かれておりました。インターネットでも見かける光景ですね。

 

こう見ると、「言論の自由って常に綱渡り状態だったんだなぁ」と思わされますが、「そこで諦めてはいけない!」ってのが著者の立場。言論の自由は 「自由の防波堤 」なので、これが失われた世界では「寛容さ、民主主義、啓蒙、革新、自由、そして楽しさも失われるだろう」ってあたりが強調されておりました。ここらへんは私もめっちゃ同意。

 

ってことで、「言論の自由」や「リベラリズム」に関心を持つ人には基本書になりそうな本なので、目を通しておくとよろしいのではないでしょうか。

 

 

 

未解決殺人クラブ~市民探偵たちの執念と正義の実録集

 

未解決事件の犯人を探すべく、夜な夜なパソコンの前に座って操作を行う市民探偵たちを描くドキュメンタリー。ネットが発達したおかげでアマチュアでも事件を深掘りするのが容易になり、ここ十数年は、素人が真犯人を探し出すケースも増えてるんだそうな。

 

全部で12の事件を取り扱っていて、それぞれのパートでいかに市民探偵が犯罪を解決したか、または逆に操作を混乱させたかをストーリー仕立てで解説してくれていてめっちゃ面白いです。最後に「アマチュア探偵が無実の人間をさらし上げる問題」にふれてるのも良いですね。

 

といっても、本格ミステリーよろしく推理力で事件が解決されるようなケースは皆無で、11年をかけて地道に失踪者のデータベースを漁り続けたり、専門的知識を持った人たちに当たりまくって筆跡鑑定やDNAプロファイリングをお願いしたりと、全体的には超地道。「インターネット探偵が、公開情報だけを組みあわせて、警察も見抜けなかった真実を明らかに!」なんてことは、やっぱりないんだなぁ……とか思わされますな。

 

黄金州の殺人鬼事件とか、子猫虐待事件とか、テント・ガール事件とか、ほとんどの事件はメディアで大きく取り上げられたものなので、新味がないように感じられるかもしれませんが、ノンフィクション好きなら読んで損はないでしょう。

 

 

 

生きる演技

 

俳優の高校生2人が文化祭で戦争の惨劇を演じる話……といっても、シンプルな青春モノでは全くなく、「演技」ってワードを起点にしつつ、「人格」とか「自己」みたいなものがどうやって立ち上がるかを考えていくチャレンジングな作品でした。

 

「人生は演技だ!」とか「人はみな複数のキャラを演じている!」みたいな主張はよく聞くところですが、本作はそこからさらに進んで、

 

  • その空間から惹起される記憶で生まれる自己

  • 個人の記憶のゆらぎに影響される自己

  • 流動的な対人関係のなかで変わっていく自己

 

あたりを言葉にしようと試みているのがすごい。

 

生崎の演技が下手なのか、それを見る自分の生が下手なのか、かれには区別がつかないのだった。

物語の線を描き、補い合うことでわれわれは、自分の存在だけでは思うこともできないことを起こせそうでたのしい。

 

といったように、あまり言語化されていない領域を表現するのがめっちゃ上手くて、「文学してますなぁ!」って感じでした(バカみたいな感想ですが)。

 

あと、拙著「無(最高の状態)」では、「自己」を、主に脳内で行われる情報の処理に焦点を当てて説明しているんですが、本作は外部の情報に対する脳反応を扱っているような印象を受けました。これを表現するために、「われわれ」って人称を使うあたりも、良い効果をあげててナイスですね。

 

368ページもある大部な上に、一文ごとの密度が濃いので、なかなか読み進めるのが大変ですが、「無(最高の状態)」が好きな方なら楽しめるんじゃないでしょうか。

 

 

 

ソウルフル・ワールド

 

夢を追うジャズピアニストが、魂となって霊界に迷い込み、元の肉体にもどろうと奮闘する話。

 

監督のピート・ドクター先生は、過去作の「カールじいさんの空飛ぶ家」や「インサイドヘッド」でも実存的なテーマを扱ってきた才人ですが、本作ではついに「生きている意味とは?」って問題にまでふみこんでいてすごい。しかも、それを親しみやすいアニメの文法に落とし込んでいるし、アクションの演出は的確だし、笑いのシーンも外さないし、デザインとグラフィックは斬新出しで、とにかくスキがないのもすごい(難点は「インサイドヘッド」よりもテーマ性が出すぎているところぐらい)。

 

「生きる意味」について本作が出した答えについては、本編を見ていただきたいところですが、

 

  • 喜びが強迫観念となったとき、人は人生から切り離されてしまう
  • 夢を叶えることで、以前よりも虚しさを感じることもある

 

といった心理まで描写したうえで、主人公がたどり着いた結論には、おおいに納得させられました。「好きを仕事にしたい!」「何者かになりたい!」「夢を追いたい!」と願ってやまないような人には、良い解毒剤になるんじゃないでしょうか。

 

ちなみに、昔から夢や野望を持たずに生きてきた私としては、本作のメッセージには非常に癒されました。夢と希望を売って巨大な帝国になったディズニーから、こういう作品が出てくるってのもおもしろいですね。

 

 

 

Tinder詐欺師: 恋愛は大金を生む

 

Tinderを使って女性から大金をだまし取る詐欺師の実話を描いたドキュメンタリー。

 

日本で起きた「ロマンス詐欺」の話を聞くと、「なんでそんな奴に引っかかったんだ!」と言いたくなるケースが多いんですが、ここに登場する詐欺師は、女性を騙すために5つ星ホテルで豪遊するし、プライベートジェットで海外を飛び回るし、自分が経営する宝石会社のサイトやインタビュー記事も偽造するしで、手口の壮大さがレベチ。「ここまでやられたら信じてしまうのも仕方がない!」と思わせる手の込みっぷりで、「こんな周到な詐欺を計画できる能力を、なぜ真っ当な仕事に活かさないのだろう……」とか思っちゃいますね。

 

そんな詐欺に巻き込まれた3人の被害者を追うなかで、本作は自然といろんな側面を合わせ持つことになりまして、時にオンライン詐欺の手口を伝える啓蒙映画になり、時に出会いの悲喜劇を描く恋愛作品になり、時に手に汗を握らせるスリラーになり、時に被害者たちの雪辱を描く復讐劇になり……みたいな感じ。それらがすべて適切な編集で描かれていて、このテーマに興味がない方でも一見の価値がありましょう。

 

ちなみに、ここで描写される詐欺師のキャラは、ナルシシストに特有の魅力をベースにしつつ、そこにサイコパスの大胆さとマキャベリストの非倫理性が合わさっていて、ダークトライアドの典型例としてめっちゃ参考になりました。そのあたりに興味がある人が見ても楽しいんじゃないでしょうか。

 

 

 

その他、おもしろかったやつ
  • オッペンハイマー:「ん?」と思う点がありつつも、ノーラン作品では一番好き(インスタの感想)。
  • デューン 砂の惑星PART2:漏らしそうになるぐらい映像がすごい(インスタの感想)。
  • 私ときどきレッサーパンダ:近年のピクサー作品のなかでトップクラスの完成度だと思う(インスタの感想)。

 

 

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。