2025年1月に読んで良かった6冊の本
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2025年1月版です。今月読めた本は30冊で、そのなかから特に良かったものをピックアップしておきます。
ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。
有害な男性のふるまい: 進化で読み解くハラスメントの起源
進化心理学の視点から、男女間の性的対立の根源を探る本。「有害な男らしさ」に関する本はたくさんあるんだけど、本書は進化心理学の大御所であるバス先生が著者なので、「進化をベースにした男女の性戦略の違いが、どうやってセクハラや性的暴力、夫婦間の不和などの問題を生むのか?」ってところを掘り下げているのがユニークポイントであります。
本書では、妊娠に伴うコストの違いが男女の性心理に与える影響や、ナルシシズム、サイコパシー、マキャベリズムの三つからなる「ダーク・トライアド」の特性を持つ男性の行動などが取り上げられていて、めっちゃためになります。進化による配偶戦略の視点からセクハラやジェンダー不平等の起源をたどるってアプローチは、意外と類書がありそうでないですよね。
その上で、特定の環境でどのような男性がハラスメントを行いやすいのか、また女性がどのような状況で被害に遭いやすいのかをデータをもとに明らかにし、そこからジェンダーの平等化と収入の性差の縮小を訴えるあたりも良いですね。事実、性別による収入の差がなくなるほど性暴力が減るって相関があるそうで、このあたりも勉強になりました。
特に女性の読者にとっては、「ヤバい男をどう見抜くか?」「男がヤバい行動を取りやすい条件をいかに避けるか?」の知見が得られるので、その点でも一読の価値があるのではないでしょうか。
ちなみに、本書では配偶者選択の仕組みにも結構なページが割かれてますんで、ここらへんの知識を知っておくと、男女問わずに自身の“長期的”な魅力度を高めるのにも役立つはず。バス先生は「進化心理学の知見を学ぶことで、性的加害が起きがちな短期的な配偶戦略(いわゆるhookup culture)を減らせるはずだ!」と言ってまして、このあたりには私も大賛成っすね。
これまでのバス先生の著作のなかでも、かなり気合いが入った一作だと思いますんで、このテーマに興味がある方はぜひどうぞ。
デジタルの皇帝たち――プラットフォームが国家を超えるとき
デジタルプラットフォームがどのように国家のような役割を果たす存在へと進化したのかをまとめた本。
サイバーリバタリアンのジョン・バーロウ、仮想通貨を生み出したサトシ・ナカモト、Uberの創設者トラビス・カラニック、Amazonのジェフ・ベゾスなど、デジタルプラットフォームの先駆者たちの思想や行動を詳しく描いていて、だいたいが似たような経緯をたどってることがわかるのが面白いところ。ざっくり言えば、
- どのプラットフォームも当初は「自由な市場」を目指す→
- 次第に中央集権的な統治形態に変わる→
- 国家機能の一部を代替する→
- プラットフォームが独自のルールを作って強制→
- 「無国籍の帝国」の出現!
みたいな感じです。本書ではデジタルプラットフォームを、「ルールを作って市場を組織する政府」として位置づけてまして、その上で「デジタル中産階級」と呼ばれる新たな階層が必要だと指摘。アプリ開発者やフリーランサー、インフルエンサーなどが、プラットフォームオーナーに対抗する新しい民主主義を構築できる可能性を示したり、プラットフォームの権力を制御するために参加型の「デジタル憲章」や民主的制度の必要性を説いたりと、ここらへんの議論はなじみがなかったんで「言われてみればそうだなぁ」と思わされるポイントが多かったですねぇ。
まぁ一方では「ん?」と思うところもありまして、
- データや統計に基づいた分析が不足していて、プラットフォームが経済や社会に与える影響がよくわからん。
- ここではプラットフォームを「仮想国家」として捉えるんだけど、国家が持つ「暴力の独占」(例:軍や警察の役割)や、国際法的な主権といった特徴を無視しているあたりはどうかなぁ。
- プラットフォームの規制は良いんだけど、それがイノベーションを阻害する可能性も議論して欲しかった。
といったあたりはモヤモヤが残るところでした。とはいえ、ここらへんを差し置いても、読んで損のない論点が提示されてますんで、興味がある方にはめっちゃオススメ。
STATUS AND CULTURE ――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学 感性・慣習・流行はいかに生まれるか?
人間が社会的な地位を求める欲求が、どのようにして文化を形作るのかを掘った本。
「アートとかファッションとかって作品やデザインそのものの喜びよりも、マウンティング合戦の材料に使われることが多いよなー」ってのは誰でも思うことで、個人やグループが他者との差別化や同調を通じて地位を確立しようとする過程で文化のトレンドが生まれる現象には、みんな薄々ながらも気づいているはず。本書はその点を徹底して掘り下げていて、アート、ファッション、音楽、文学などの背景に、いかに社会的な地位への欲求が強烈に横たわっているのかを、社会学、心理学、文化研究などをベースに細かく説明してくれるんですな。
そのプロセスで抽出される知見には、いろいろと応用が効くようなものが多くて、
・文化の変化は、若者の反逆的なサブカルチャーから富裕層のトレンド採用、そして新たなサブカルチャーの誕生というサイクルで進行する。
・所得格差が大きい国では、エリート層が長きにわたって過度の「見せびらかし」を行い、それがその国の〝いいセンス〟となった。
・高ステイタス集団の構成員たちは、自分たちの影響力と高い評価を利用して、自分たちの高いステイタスを保てる有利な方向に集団を誘導することがある。
・価値のある商品の模造品が簡単に製造できる現代において、真正性の重要性は殊更に増している。
・ステイタスの最下層にいる人々にとって、「新たなステイタス集団を立ち上げる」戦略は魅力的な手段となる。
・サブカルチャーが差異化を図る際の最も簡単な方法は、社会の標準となっている慣習の否定である。
といった指摘が刺さるような人であれば、一読して損はないでしょう。マーケティングにも使えそうな知識が満載っすね。
また、本書の後半では、インターネットが文化に与える影響にも触れてまして、サブカルチャーが容易に広まる現代では、いかにオリジナリティの価値が薄れてトレンドが短命化するかを指摘しておられます。それでもなお文化の複雑性や新規性の価値を担保するのはめっちゃ大変なんだけど、著者は「社会的地位の競争による格差が少ない社会も目指させるはずだ!」と言ってまして、その基盤として地位の割り振りを訴えております。これはこれで実装が難しい提案だと思うんだけど、地位財を再分配していくって考え方をしたことがなかったんで新鮮でありました。
文化の変遷に興味がある人はもちろん、マウンティングの問題や、「センスってなに?」ってとこに興味がある方には、間違いなくおすすめできる一冊ですね。
老後とピアノ
50歳で朝日新聞を退職した著者が、40年ぶりにピアノに再挑戦する姿を描いた本。50代前半の話なのにタイトルに「老後」ってワードが使われていて、アラフィフの私としてはまずそこに衝撃を受けました笑。
おそらく世間的には「老後を朗らかに生きる著者の痛快エッセイ!」みたいな読まれ方をしてるんでしょうが、著者が提示する「練習と上達」への解像度が高いおかげで、私は「習得への情熱」や「弓と禅」といった本の類書として読みました。50代からピアノに取り組む中で著者が気づいていくポイントは、
- 上達が見えなくなったときは、がんばればがんばるほど故障する
- 大量の練習の先に、ふと脱力の瞬間が訪れる
- 「作曲者との対話」を行わないと楽器は弾けない
- 目標を小さく割って、ひたすら今に集中するのが練習である
- 目の前の瞬間に無意味に打ち込むのが喜びである
といったあたりで、いずれも「そうなんだよなー」と思うところがかなり多め。この繰り返しで1日2時間ずつの練習を続けて、3年で23曲のクラシックを弾けるようになったというからリスペクトっすね。
まぁ勢いが強い文体は好みが大きく分かれるところでしょうが、「練習とは?」「上達とは?」に興味がある方には得るものがあるんじゃないでしょうか。気軽に読める内容なので、ここから入って「習得への情熱」や「弓と禅」に進んでみるのも楽しいでしょうしね。
列
終わりも始まりも見えない「列」に並び続ける男の話。という粗筋を読むだけでカフカ感がありますが、実際に読んでる間もカフカ味が満点でめっちゃ楽しかったです。
「なんだか良くわらからない列に並ぶ」って状態を、いまの社会の競争や比較のメタファーとして提案していて、そこに日本的な同調と模倣の要素も織り込まれているのが本書のおもしろポイント。少しでも列の先に進むための足の引っ張り合いがあったり、いったん列から離れたのに元に戻る者がいたり、やがて「なんのために並んでたんだっけ?」みたいな状態になったりと、抽象化された共同体あるあるが満載で、読み進めるうちになんとなく「うーん、これぞ社会!」みたいな気分にさせられるのが大変よろしいですね。そんな寓話性を突き詰めた末に、選択の一回性やら、秩序から外れることのリスクやら、社会的な制裁の過剰化やら、といった要素がガツンと浮かび上がってくるあたり、まことにナイスな読書体験でありました。
といっても、最後まで徹底してファンタジーで行くんじゃなくて、「ホログラフィック原理」を持ち出して異世界の理屈を理論づけてみるところもユニークだし、いったん「猿の生態」の話に切り替えて別の確度から社会をほじくってみる展開もよき。このタイプの小説って絶望で終わりがちなんだけど、本作は最後にちょっとした希望が提示されるところも読後感が良いっすね。
わからない
2/2イベントのゲストである岸本佐知子さんによる、四半世紀にわたるエッセイ、書評、日記を一冊にまとめた本。いつもながら日常の些事から妄想を広げていくスタイルが楽しく、何度か声を出して笑いました。バカリズムのネタ(特に「バカリズム案」とか)が好きな人と親和性が高いはずなので、そういう趣味嗜好をお持ちの方におすすめ。文章で実際に笑わせるのって超ムズいので、それを実現できる発想とスキルがうらやましい……。
で、読み終わってみると、「わからない」ってタイトルが絶妙でして、言われてみれば世界の「わからない」を「わかる」に着地させずに「わかりみ」を提示し続けてくれるのが岸本さんの持ち味だよなーとか思いました。「わからない」のパターン例を挙げますと、
- 父は認知症が進んで、私が誰だかわからなくなった。でもそんなに寂しくなかった。私だって自分が誰だかなんて、いまだにわからないのだから。
- 私にとって生きることとは「何かわからないことが襲ってきて右往左往すること」の連続であって、しかもそれを倒してくれるヒーローも軍もいない。
- わからないことの面白さと不安は、そのまま世界に対するわからなさと不安に重なってもいたのだろう。
みたいな文章が代表的で、ここらへんに共感できる方はぜひお読みください。まぁいかんせんバラエティに富みすぎた内容なので、最初は「ねにもつタイプ」「気になる部分」あたりから入門していただくのが良いかとは思いますが。