2023年10月に読んでおもしろかった6冊の本
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2023年10月版です。ここで取り上げた以外の本や映画については、Twitter(X?)やインスタグラムのほうでも紹介してますんで、合わせてどうぞー(最近はほぼインスタばっかりですが)。
プロカウンセラーが教える対人支援術
「『対人円環モデル』ってカウンセリングの世界でどう使われてるのかなー?」ぐらいの興味で手にしてみた本。
しかしいざ読んでみると、傾聴テクニックの具体例あり、メタメッセージの読み取り方の指南あり、感情の語彙を増やす重要性の指摘あり、治療の正しい目標設定の方法を教えてくれるパートありと、あくまでも心理療法の現場で使われるテクニックに特化した本ながら、一般人のコミュニケーションにも使える知見が満載した。
それぞれのテクニックについて、クライアントとの対話例がついているし、その技法がなぜ重要で、なぜ効果があるのかまでかみ砕いてくれるのもナイス。そこそこ専門性が高い本ではありますが、書きっぷりは易しいので、ちょっと読書に慣れた人なら普通に読めるはず。
また、最後の最後には、「いくらテクニックを知ってても、結局は人間性がともなってないと意味ないんだよなぁ……」って指摘もあって、これにもめちゃ納得させられました。対人スキルに重要なスキルをまんべんなく押さえた良い本です。
言語はこうして生まれる
人類はなんで言葉を使うの?って疑問に、認知学者が取り組んだ一冊。
言語は単に知性の自然な副産物なの? 動物だって一部は言語を学ぶことができるし、非言語的なコミュニケーションをとるのに、なんで人間だけこんな複雑な言語を使いこなすの? なんでこんなに多くの言語が存在し、そのうちのいくつかは激しく異なるの? 脳が発達していないにもかかわらず、なんで子どもは大人より早く言語を習得できるの?
……などなど、言語にまつわる複数の難問を、「言語は発明というよりもアドリブであり、コミュニティ全体が参加するゲームなのだ!」って発想で答えていくあたりが読みどころ。人間が言葉を身につけるのは、決まったルールを学ぶからでも、生まれつき発話のパターンを備えているからでもなく、言語のゲームに飛び込んで自由に即興してるのだ!って考え方でして、確かに説明力が高そうですね。
いわば生物の進化に似た考え方で、ダーウィンが「生物の変異は偶然に生じ、それが有用である場合にのみ安定した属性になる!と言ったのに近いですね。生物変異が偶然に生まれるのに対して、言語はアドリブで生まれるんじゃないか、と。
言語学に疎いので、正直、この仮説がチョムスキー先生やピンカー先生を上回ってるかは分からんのですが、本書で提示される具体例(人間の話し方を真似る鳥類とか、手話を学習できる類人猿)には説得力がありました。
まぁー、サピア=ウォーフ仮説の否定ネタとか、「エスキモーには雪を表す単語が100個ある」という説の否定ネタとか、「この話って必要ですか?」って思うとこも多いのが残念ですけど、メインの仮説にしぼって読む限りは良い本。
水車小屋のネネ
18歳と8歳の女性が、親元を離れて蕎麦屋で働き出す話。前情報ゼロで読み始めので、「恵まれない子供たちがたくましく生きる姿を描く世界名作劇場みたいな小説かなー」と思ったら、それから40年にわたる人生の一代記が展開されて驚きました。
とは言っても、問題を起こした両親は序盤に少し登場するのみで、主人公が味わう人生の辛さにまつわる場面は控えめ。その代わりに描かれるのは、「ちょっとした気遣いこそが本当に人間を救うのだ!」みたいなテーマでして、平凡な生活のなかで出会った人たちが、ちょっとしたお願いごとをしてきたり、別れの際に「気をつけてねー」と声をかけたりといった、小さな良心のおかげで主人公の人生が再構築されていく様子を描くんですな。ポジティブ心理学で言う、「ランダムアクト・オブ・カインドネス」の重要性を描いた作品とも言えますね。
当然、匿名のあしながおじさんが登場するわけでもなく、何くれとなく目をかけてくれる篤志家も現れず、劇的な展開はいっさいなし。日常的な社会コードからはみ出さないレベルの親切を丁寧に描写してくれるので、最終的には、「みんな数十年にわたる良心の連鎖で生かされている!」みたいな気分にさせられました。その感覚は、「これぞヒューマニズム!」としか言いようがないものでして、セルフ・コンパッションの考え方が好きな人とかには特にオススメ。
花殺し月の殺人
1920年代のアメリカ南部で起きた、ネイティブ・アメリカンの大量殺人事件を追ったノンフィクション。映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」の原作ということで読んだところ、オイルマネーで潤ったネイティブ・アメリカンの部族が存在し、豪華な歓楽街を築いていたって史実を知らなかったので、まずそこに驚きました。
で、あくまで事実を追った作品なんだけど、「殺人事件が発生!」→「え?あの人が真犯人?」→「え?それだけじゃない陰謀が?」→「え?さらにその裏に巨大な企みが!」のような展開が続きまして、エルロイの暗黒犯罪小説を読んでいる気分に。
しかも、真相が暴かれるに従って「この世の地獄」が深ままして、最後は「デビルマン」の悪魔狩りシーンを思わせる絶望感が襲ってくるところが凄い。不動明ならずとも「人間ども!」と言いたくなるようなラストですねぇ……。
いま、希望を語ろう
36歳で末期癌になった脳神経外科医の手記。読む前から「どうせ泣かされるんだろうなぁ……」と思ったら、やっぱり最後には落涙させられてしまいました。あんなことを書かれたら、そりゃあ泣きますわ(娘さんへ最期の言葉を告げるとこね)。
で、本書が類書と異なるのは、やはり著者に科学的な思考の素養があるところでしょう。それまではバリバリに理系の思考で働いてきた著者が、末期癌により「自分は統計の一部じゃなくなったのだ!」といった事実を痛感し、そこから弱っていく肉体が自分のアイデンティティを形成していく変化を観察し、トルストイ、ウルフ、カフカなどの名作に人生の一回性をなじませていく様子がまた感動的。
レジリエンシーの実践編として、誰でも学ぶところがあるんじゃないでしょうか。
セックス依存症になりました。
3巻まで読了。セックス依存症については、「正式な病名ではないが、性に関する問題行動をくり返す状態は存在する」ぐらいの知識しかなかったもんで、当事者が自らの症状と回復を描いた本作は、大変勉強になりました。街中で出会うものすべてがセックスに結びついたり、性行為がすべて加虐と被虐の関係性に結びついたりと、表面に現れる容態を読むだけでもかなり辛そうっすね。
しかし、なによりキツいのが、症状に苦しむ人たちの大半に性被害を受けていたり、性的な抑圧を受けた経験があったり、毒親の支配を受けてきた過去があったりと、なんらかのトラウマを抱えているところ。「Hurt people hurt people. 」って格言を地で行くエピソードばかりで、めっちゃ切なくなりました。
見たところ、ここで描かれる依存のあり方は、アルコール依存やギャンブル依存にも似てまして、対象こそ異なるものの、「認知のゆがみ」が引き金になっている点はそっくりな印象を受けました。その対処法も既存の依存症の治療に似てまして、そこらへんも勉強になりますね。ただし、過去になんらかの性的なトラウマがある方は、本書を読むと問題を起こす可能性もあるので、そこはくれぐれもご注意ください。