普遍的で最適な脳機能は存在しない。ある行動、心理、脳の構造は、それ自体が善でも悪でもない
「正常な脳とか普通の脳って存在しなくない?」と主張するイエール大学のレビュー(R)が良かったのでメモ。ともすれば、私たちは「脳のできが違う」とか「脳がおかしい」みたいな言い方をしがちですが(私もそうです)、そもそも普通の脳がないんだから、そんなことを言っても無駄じゃないすか?みたいな主張であります。
つまり、このレビューで著者たちは、
- 人間の脳の違いは一般的なものであり、それは病気を意味するものではない!
ってことを言ってるわけです。重要なポイントっすね。
で、このレビューでは、進化神経学の研究をベースに議論を展開してまして、まずはこんな問題を指摘しておられます。
神経科学者が直面している問題は、病気の病因を理解しようとする際に、「健康な集団」の行動と神経の違いをどのように定義するかということだ。
実際のデータでは、多くの人間の精神機能はバラバラなのに、たんに平均値と違うからといって病気と呼ぶのはどうなの?って問題っすね。たとえば、平均よりも激しく背が低い人がいても、必ずしも身体的な病気があるとは言えないのに、精神については病気あつかいされることが多いよねーみたいな話です。
著者が指摘するポイントをざっとまとめると、
- いまの神経心理学の研究は、平均的な脳との比較で異常を決めている!でも、人間の脳はばらつきがかなり大きいので、平均値はあまり意味をなさないんじゃないの?
- 例えば、過去には「ADHDの人は脳の体積が小さい」って報告が出たが、実際のデータをみると、95%以上の人の脳体積が重なっていた。つまり、ADHDと診断された人とそうでない人の脳の大きさはほぼ同じで、ごく少数の外れた人だけが数値に影響を与えていただけだった。こういった事例はとても多い
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要するに、普遍的で最適な脳機能は存在しない。人類は進化の過程でびっくりするぐらい多様な脳を持つように進化してきたので、その違いを活かせるかどうかは文脈に大きく依存する
みたいになります。健康な人と精神病の人の脳を平均値で比べても、そもそも健康な人の脳も違いがデカいので、比較の意味がなくなっちゃうんじゃないか、と。
チームいわく、
私たちが主張しているのは、脳の構造や機能に、普遍的で無条件に最適なパターンは存在しないということだ。そのため、健康と病気を分ける境界線は、ひとつの行動や脳機能の側面を通して明確に引くことはできない。
ある行動、心理、脳の構造は、それ自体が善でも悪でもない。むしろ、その人が置かれている状況、年齢、社会的ネットワーク、環境などが、特定の特性のコストとベネフィットに大きな影響を与える。
とのことで、めちゃくちゃ大事なことを言ってますね。
そもそも人類はいろんな変化に適応して脳を進化させてきたわけで、結果としていろんな精神機能が備わるのも当然の話。たとえば現代では「衝動的な人はダメだ!」と言われがちですが、この衝動性は資源が少ない環境では生存に役立つわけで、あくまで資源が豊富な現代環境では不適応に見えるだけなんだよーってことですね。
せんじつめれば、すべては時と場所と状況に依存する相対的にすぎず、人間としての正しいあり方はひとつじゃないよーってことでして、まさに「ザ・多様性!」みたいな結論っすね。
さらに研究者いわく、
言い換えれば、精神医学の観点から人々を定義しようとすることは、想像力と機会の失敗であり、人々が完全な自己を発揮できるようにするのではなく、足かせになってしまう。
とのこと。もちろん患者の分類を完全に放棄しろって話ではなく、「異常だ」とか「だめだ」と言われがちな性格や脳の特徴のメリットを見極めて、生かす方向に考えるのもありじゃないの?ってことです。自分の性格や脳の出来にお悩みの方には、まことに力づけられるレビューではないかと。