2024年1月に読んでおもしろかった4冊の本と、1つの漫画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年1月版です。今月は新刊の「コミュニケーション本」の作成が忙しすぎてほとんど読書できてませんが、そのなかでも良作にいくつかめぐり会えましたんで紹介しておきます。というか、1月って、ほぼ家から一歩も出てなかったな……。
ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞー。
美しき免疫の力 動的システムを解き明かす
マンチェスター大学のダニエル・デイビス先生が、免疫の歴史を解説してくれる本。
免疫の説明ってかなり難しくて、そもそもメカニズムが超複雑なうえに、他の分野と違ってわかりやすい面白さもないんですよ。なので、個人的に本を書く時も、免疫そのものの説明には踏み込まないようにしてきたわけです。
が、デイビス先生は一流の学者であると同時に一流のストーリーテラーでもあるので、免疫学の発展をミステリ仕立てのスリリングな物語として提示してくれていて、最後まで楽しく読ませていただきました。B細胞やT細胞、ナチュラルキラー細胞、マクロファージ、Toll様受容体など、ハードな説明から逃げないのもいいですね。
本の流れとしては、免疫に関する発見を順を追って説明する構成になってるんで、これを読んでおくことで、
- 身体はどのように自己とそうでないものを判別するのか?
- 免疫学にはいまだ統一的な理論がないのはなぜか?
- 免疫学の発展により、既存の病気がいかに克服できそうなのか?
といったあたりへの理解が深まるはず。私としては、読了後に人類の未来へさらなる希望が持てるようになりました。
ちなみにこれを読むと、他の研究ジャンルに比べて、いかに免疫がなめられてきたかがわかるのもおもしろいですね。既存のドグマと戦いながら、アレルギーや癌の克服に道をつけてくださった科学者の方々には頭が上がりませんなぁ……。
習慣と脳の科学――どうしても変えられないのはどうしてか
スタンフォード大学のポルドラック先生が、「習慣とは何か?」を深掘りした本。
習慣系の本は山ほどありますが、本作では、行動経済学で使われる「デフォル ト理論」「損失回避」「フ レーミング」といったナッジ系テクニックの効果を、神経科学の視点から解き明かしていくあたりが読みどころであります。「行動経済学にどんな神経基盤があるか?」って、意外と正面から取り組んでいるのを見ないテーマっすね。
なので、本書の大半は「人間の行動を変えるのは超難しいよ!」「悪癖を変えるのがこれだけ難しいんだよ!」ってのを説得してくる内容になってまして、「もう習慣化なんてあきらめようかな……」って気分にさせられますね。まぁ「これで誰でも習慣化だ!」なんてことが書いてあったら、その時点で疑似科学であるのは間違いないんで仕方ないんですけども。
とはいえ、ポルドラック先生は希望も示してはくれていて、後半にはいくつかの提案が掲載されております。その詳細は本書を読んでいただければと幸いですが、せんじつめれば「環境を変えるのが最強の習慣化テクなんだろうなぁ……」って思いをあらたにしました。
ひとつだけデータをピックアップすると、悪習から逃れることに成功した人は、失敗した人と比べて3倍も引っ越しをしていたんだとか。環境が変わったおかげで悪習を惹起するキューから逃れられたのが大きいんでしょうな。やっぱ小手先のテクニックに頼るよりは、環境をがっつり変えちゃったほうが良さそうっすね。
ガザに地下鉄が走る日
パレスチナ問題に関する本を漁っているうちにたどり着いた一冊。このタイプの本は、イスラエルとパレスチナの歴史を大局的に語るものが多いんだけど、本書は「現代の強制収容所」ことガザ地区で暮らす人たちとの交流を語りつつ、この問題が世界でどう語られてきたかにフォーカスしております。歴史の流れを追うだけでは見えてこないリアルが見えてくるので、ガザで起きていることを大きくわしづかみしたい方は、こちらをお読みいただくのが好適でしょう。
全体としては、個々のパレスチナ人が直面いている苦難を、エモさを押さえた文章で語ってくれるため、人権が存在しない世界で暮らすことの地獄が冷え冷えと浮かんでくる恐ろしい本になっております。最後まで読むのがしんどい内容ではありますが、読んでおいたほうがよい一冊でしょう。
ちなみに、パレスチナ問題のあらましを押さえたいときは以下をどうぞ。
黄色い家
親元を離れて食いつめた主人公が、詐欺に手を染める話。
ヤクザのシノギに関わった少女を描いたエンタメとして十分におもしろいんだけど、そこに「シスターフッド」や「権力勾配の変化」のようなテーマを無理なく接続したうえで、日本人が「家」に持つイメージの特殊性と、コミュニティが救いにも呪いにも変わる状態を描いていくあたりが上手すぎますね。
裏社会を描いた小説としては珍しいことに、「誠実性高め/神経症傾向高め/協調性高め」というパーソナリティを持った人物を主人公にしているのもおもしろいポイント。私もこの主人公に似たプロファイルを持ってるんで、「そうなんだよなぁ。協調性が強い人は被害者意識を持ちやすいし、それがコミュニティの権力勾配に影響するんだよねぇ……」などと、共感しやすいシーンが多いのも良かったです。ラーメンを食われてブチ切れる場面とか、めっちゃわかるなぁ。
また、この主人公と対比させる形で、「境界知能」だと思われる人物が出てくるんですけども、その描き方にもグッときました。そういったキャラを使って何かを断罪するわけでもなく、かといって理想の世界を歌い上げるわけでもなく、ただそういう人物に襲いかかる苦難を感じさせつつも、最後には自律性を少し見せるところで終わるあたりのバランス感覚がバツグンと言いますか。
そのおかげで、エンディングでは、「みんな生きてますなぁ!」としか言いようがない境地を感じさせてくれるんだからすごいもんです。
サターンリターン
自死した旧友の謎を解くべく主人公が奔走する話。王道ミステリーのようにはじまりながら、やがて主人公が隠す謎が明らかになり始め、それによって各人の抱える心の問題が浮き彫りにされ………って感じで、最後のほうは凡百のサイコスリラーをぶっ飛ばすドライブ感がある傑作でした。
なかなか一言では説明しづらい作品ながら、言ってみれば、「自己愛性の男が境界例の主人公を振り回す物語」って感じ。適切なセルフケアができない人たちの話と申しますか。
本作に出てくるイケメン男は、「それ、ほんとうに お前の人生?」みたいに芯を食った(ように見える)セリフで、アイデンティティの問題を抱える女性たちの懐にスッと入っていくんですけど、似たような風景を、夜職や創作系の世界で何度も見かけたなぁ……みたいな。本作はそのあたりの描写がめっちゃ上手くて、「うわー、こういうモテ男っているよな!」と、のたうちまわらせていただきました。
心に問題を抱えた人ばかり出てくるんで、「こんなの共感できない!」「重すぎて読めない!」みたいな感想もありましょうが、そのぶんだけ本作のテーマである“喪失”の内実が明確に浮かび上がり、誰にでも当てはまる普遍性を獲得しているように思いました。ドストエフスキー先生のやり口というか。
ちなみに、エンディングは割とさわやかで、私としては「他者に物語を依存していた人物が、小さいながらも自前の物語をようやく手に入れた」ものとして解釈しました。このラストもまた、マーガレット・アトウッド先生の名言「最後はみんな物語になる」を思い起こさせて、グッとさせられましたねー。