生産性の専門家が「もっと仕事をこなしたければスピードを落とせ!」と語る本を読んだ話
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「スローな生産性(Slow Productivity)」って本を読みました。著者のカル・ニューポートはジョージタウン大学のコンピューターサイエンス教授で、日本でも「超没入」「DEEP WORK」「デジタル・ミニマリスト」など複数の邦訳書が出ているので、ご存じの方も多いでしょう。 一貫して、騒がしい現代における生産性の高め方を追求している先生ですね。
本書も同じ流れに属する1冊で、「もっと仕事をこなしたければ、実はスピードを落としたほうがいいよー」ってテーマになってます。私の「YOUR TIME」 にも近い問題意識ですね。
基本的には、「生産性とは本質的に時間のかかる営みなのだ」って考え方がベースで、実用書というよりは思想書っぽい立ち位置の本ですが、現代人に刺さるところが多そうなので、おそらく邦訳も出るでしょう。
ってことで、いつもどおり本書から勉強になったところをまとめてみましょうー。
- 忙しさは生産性とは異なる。現代では生産性の定義として「忙しさ」に焦点を当てるが、 これは疑似生産性としか言いようがない。忙しい状態は目に見えるため、私たちはつい努力の良い指標として採用してしまうが、実際にはそうではない。忙しさは、生産的かどうかとはまったく無関係であるこの方が多い。
- 現代のナレッジワーカーの多くは、自分のタスクリストの長さを自慢する。そのために、自分のタスクを記録するために特別なソフトウェアを使い、「これで生産性が上がった!」などと吹聴する。
しかし、あなたがやると決めたすべてのタスクは、管理上の間接的なコストをもたらす。 送らねばならない電子メールや毎週の決まった会議などを実行するためには、いずれも認知の貯金を切り崩さねばならず、間接税を徴収されているような状態になってしまう。
- また、多くの人は、重要な仕事について、暗黙のうちにスケジュールを立てている。しかし、その暗黙のスケジュールが実現することはなく、想定していたよりもはるかに多くの仕事が舞い込んできたり、考えていたよりも時間がかかったり、体調を崩したりして、結局はなにもできなくなってしまう。
- やることが増えるほど間接税も増える。この悪循環により、実際の仕事に割ける時間が減り、1日のほとんどすべてをズームのミーティングに費やし、実際には重要なことが何も達成されていない状況が生まれる。
これを言い換えるなら、私たちは仕事の話ばかりしていて、 実際に仕事をする時間をほとんど 持っていないということである。しかし、生産性はスローな概念なので、 この状態を放っておくと惨めな気持ちが増大するだけである。
- この問題の改善策はシンプルで、一度にできることを少なくすればいい。 そのためには、実際の仕事量について現実的に考え始めるのが良い。具体的には、誰かに何かを頼まれたときに、 自分が抱えるタスクリストを提示して、「これが今の私の仕事の状況です。一番上の3つが最優先のプロジェクトで、その下には、次に取り組む予定のタスクが8つ並んでいます。あなたに頼まれたタスクは、この最後に追加されることになります。このタスクリストをご覧になった上で、私があなたの仕事にいつ取りかかれるかを推定してください」と言えるレベルまで、作業の内容を明確にする必要がある。
- このアプローチを貫くと、過負荷がなくなり、生産量も増えるため、人生がより良いものになる。1日のうちに、間接費に充てられる時間が減れば、重要なプロジェクトに集中する時間が増える。そのため、より人間らしいペースで人生を送れるようになる。
- さらにシンプルな解決策は、タイムラインを拡大することである。具体的には、特定のタスクに「これぐらいの時間がかかるだろう」と考えたら、そのタイムラインに50%から100%を加える。
頭脳労働で生計を立ててきた歴史上の労働者を研究すると、たいていの人は作業に時間をかけていたことがわかる。たとえば、アイザック・ニュートンは、『プリンキピア』を完成させるのに生涯の大半を費やした。
最近の例では、リン・マニュエル・ミランダは、ブロードウェイデビューを果たすまで8年間をかけた。より多くの時間をかけることで、何かをうまくやるために必要な時間を自分に与えることができ、自分の能力を妨げる間接税を防ぐことができる。その瞬間は、耐えられないほど遅く感じるかもしれないが、ズームアウトしてみれば良いことを成し遂げている。
- 現代人は、1日の大半、1週間の大半、1年の大半の月を仕事でフル稼働させている。しかし、人類の歴史を振り返れば、人間の仕事時間は大きく異なっていた。
たとえば、旧石器時代を振り返ってみると、20万年から30万年前の時代は、自然のリズムが人類の1日を決めていた。雨が降れば何もしないし、真昼の日差しが強い時間帯にはエネルギーを節約するために休憩をする。しかし、夕暮れ近くに行われる狩りでは3時間を走り続け、ひたすら獲物を追う。
その後、農耕革命が起こると、仕事は季節に左右されるようになり、収穫期は信じられないほど忙しいが、冬はそれほど忙しくないパターンが一般的になった。
- さらに産業革命が起きると、「多ければ多いほどよい」という経済活動が一般的になった。工場を長く稼動させればさせるほど生産量が増え、利幅が拡大し、儲けることができたるため、シフトという考えも生まれた。
そして現在では、何月だろうと毎日出勤し、一日中全力で働くのが普通になった。これは人類史から見れば信じられないほど不自然なことであり、私たちの脳と体が適応できていないと思われる。その結果、工場や製造所は耐え難いものとなり、それが労働組合の創設につながった。
そして、20世紀半ばには、ついにナレッジ・ワークが登場する。知識労働は行動が見えにくいため、1日8時間を一生懸命働くことが美徳となり、擬似的な生産性がブーストすることとなった。
- 現代の知識労働は、産業革命後にできた工場モデルをベースにしている。しかし、頭から情報を生み出す行為と工場モデルは相性が悪い。知識労働で成果を出すには、がんばって考えねばならない時期もあれば、なにも考えずに充電しなければならない時期もある。工場モデルのように、すべてを構造化していたら、知的な労働はおぼつかない。
本当にハイエンドの認知的仕事を持続的に生み出すには、認知的強度は多様であるべきである。底で、私たちは、無意識に採用している工場モデルから脱却し、より多様な強度を導入する必要がある。
- もしあなたが会社やチームを経営しているのなら、「サイクル」の考え方を使うとよい。例えば、4週間から6週間のサイクルで重要なプロジェクトに取り組み、そのプロジェクトが終わったら、2週間ダウンサイクルして新しいことは何もせずに仕事のテンションを大きく下げる。
ダウンサイクルの時間は、前のサイクルでやったことを振り返り、やり残したことを片付けたり、次に何がするかを計画したりする。慣れないうちは新しいサイクルに飛び込みたい衝動にかられるが、これに耐えねばならない。
近年は、ダウンサイクルの重要性を認める業界も増えている。例えば、ある起業は、3年間のハードワークを終えたらら、3、4カ月は休養を取るか、仕事の量を減らして充電するサイクルを繰り返し、燃え尽きを防いでいる。
- もし雇用主がサイクルの考え方を受け入れてくれない時は、自分でやってみるとよい。例えば、12月にこっそりシフトダウンしたら、1月にまたこっそりシフトアップするように、手抜きと本気のサイクルを自分のさじ加減で回していく。それだけでも、私たちの脳と生理反応には大きな違いが生まれる。
- もうひとつ、自分の技術の質にこだわることが重要となる。これは、自分がうまくやれることをさらに改善する作業を、時間をかけて推し進めていく行為を意味する。
自分の技術の質にこだわればこだわるほど、作業のペースを落とす必要が出てくるため、「忙しさ」に対して、本当に重要なことから自分を引き離す障害物のようなイメージが育つ。そのため、「忙しさ=生産性」と定義するような人物や組織から、自然と身を離すようになる。
また、技術が向上すればするほど、市場に対するあなたの価値は上がる。市場に対する自分の価値が上がれば、自分のキャリアに対する影響力が増し、その影響力を使って物事をスローダウンさせることができる。影響力によって仕事を減らしたり、もっと時間をかけたり、休憩をとったり、強度を変えたりといったことが可能になる。
「質へのこだわり」は、あなたの人生をより持続可能なものにするためにできる、最も重要なものだと言える。