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2024年11月に読んで良かった5冊の本と1本の映画

 

月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年11月版です。今月読めた本は30冊で、そのなかから特に良かったものをピックアップしておきます。

 

ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。

 

 
影響力の科学

行動科学者が「影響力」の本質を掘り下げた本。というと、「カリスマ性の身に付け方」とか「他人をコントロールする心理トリック」みたいな内容だと思いそうですが、本書の内容はひと味違いまして、影響力を決める要因として、

 

  1. つながりの質
  2. 共同体への帰属感
  3. 信頼関係

 

といったコミュニティの維持に関わる要素だけを厳選。「この3つがそろうほど、人は他者に良い影響を与えられるのだ!」と結論づけているあたりがフレッシュで良かったです。簡単に言えば、影響力を持ちたかったら「他人を操りたい!」みたいなスケベ心は捨てて、地道に信頼関係や良質な共同体を作った方が確実なんだぜーって話ですね。「私たちの人生の質は、私たちが誰と一緒にいるかによって決まる。」ってのは、本質的を突いてますなぁ。

 

影響力の本というと「いかに他人を操るか?」みたいな内容になりがちなんですが、実際には共同体感覚のほうが大事だって視点には、私も激しく納得するところであります。理論だけでなく、影響力を高めるための具体的なステップや、信頼関係の築き方、コミュニティの重要性などについても段階的なガイダンスを提供してまして、コミュニティを運営してみたい方にも役立つんじゃないでしょうか。

 

ちなみに、著者のレヴィ先生は、持論をちゃんと実践していて、ノーベル賞受賞者、セレブリティ、オリンピック選手、経営者などを一堂に集め、それぞれ自分の素性を明かさないまま食事を共にしてもらってるらしい。それにより、実際に世界的なネットワークが築けたというから大したもんです。

 

もっとも、著者自身も認めるように、成功したコミュニティ構築の裏には、豊かなリソースと独特な環境が存在しているのも確かでして、「つながりが大事」というメッセージが普遍的なのは間違いないながら、実際にやろうとすると大変だなぁって気にもなりました。その意味でハードルが高い話も多かったりするんですけど、押さえといた方がよいアドバイスが豊富なのは間違いないんで、興味がある方はどうぞー。

 

 

 

博学者 知の巨人たちの歴史

 

15世紀から21世紀にかけて西欧で活躍した博学者たちの伝記を通じて、“知識”の扱いが社会的にどう変わってきたのかを探る大著。レオナルド・ダ・ヴィンチやスーザン・ソンタグ、ヴォルテール、ライプニッツといった有名どころから、ポール・オトレ、メアリー・サマヴィルみたいな、個人的に初めて知った人物たちまで幅広く取り上げておられます。

 

本書が定義する「博学者」とは、2つ以上の学問分野で卓越した成果を残した人のこと。単に多くの知識を持つことではなく、異なる分野を横断し、それを結びつけて新たな視点や成果を生み出す能力を意味してるんですな。その上で、成功した博学者たちに共通する特徴をピックアップしてまして、

 

  1. 高い知的好奇心:常に新しい知識を求める。
  2. 集中力と記憶力:複数の分野を深く学ぶための基盤。
  3. 効果的な時間管理:限られた時間を有効に使う術を心得ている。
  4. 社会的ネットワークの活用:他者との協力や支援を得る能力も高い人が多い。

 

といったあたりを強調しておられました。「そりゃそうだろ!」ってラインナップではありますが、約500人もの博学者の詳しい評伝をベースにすると説得力が違いますな。

 

で、個人的に最も良かったのは、本書が「現代はデジタルの時代だからこそ博学者が必要なのだ!」と主張しているところです。デジタル時代には専門分化への揺り戻しが進むので、その分だけ知識の断片化や専門化のリスクも増すため、学際的思考や多分野の統合を行う博学者のような存在がどんどん必要になると言うんですな。

 

事実、専門分化が進んだ現代でも、ピーター・フロレンスキーやミハイル・ポランニーみたいな「博学者」は登場してまして、確かに専門性を超えて知識を統合する人間の重要性は意外と高いんでしょう。このあたりは、私のようn人間には希望を持たせてくれますねぇ。

 

 

 

洗脳大全: パブロフからソーシャルメディアまで

洗脳の歴史とその進化を詳細に掘り下げた一冊。かの有名なパブロフの実験から始まり、朝鮮戦争時の洗脳、宗教団体の集団自殺、そして現代のソーシャルメディアにおけるマインドコントロールまで、多岐にわたる事例を取り上げていて勉強になりました。

 

で、最後まで読むとよくわかるのは、

 

  • 人の心は「破壊」できるが「洗脳」はできない!

 

って事実ですね。結局のところ、恐怖やストレスによって人の心を壊すことは可能なんだけど、それを意図的に都合が良い方向に操るのはほぼ不可能なんですよね。たとえば、

 

  • 中国の捕虜がアメリカ兵を思想的に転向させたって話があるが、これをよく調べると、実際にはシンプルな虐待や脅迫、飢餓などのストレスによる影響だったことがわかった。

  • CIAが行ったLSDや感覚遮断を用いた実験も、ほとんどが失敗に終わっている。

 

みたいな感じでして、「洗脳」は過去の政治的プロパガンダの産物であり、科学的な裏付けはほとんどないんですな。洗脳に関する先行研究を読んでも、大方は同じような結論なので、これがコンセンサスと言って良さそうっすね。

 

じゃあ、「現代のSNSで見られる陰謀論やフェイクニュースはどうなんだ?あれは洗脳じゃないのか?」と思う人もいそうですが、そこらへんは洗脳やマインドコントロールよりも、バイアスの枠組みで考えたほうが正しい理解に行き着きそうな気がしております。残念ながら、本書ではSNSへの言及がかなり少ないので、もっと「現代の洗脳っぽいもの」の分析にページを割いて欲しかったですが、それでも洗脳に興味がある人なら読む価値はあるでしょう。

 

 

 

ひっくり返す人類学

私たちが日常的に抱える生きづらさを、人類学の視点から再考する本。学校教育、貧富の格差、心の病、自然と人間の関係といったテーマを、異なる社会や文化の事例を紹介つつ、私たちの「当たり前」を問い直していく内容になっております。

 

「人類学の知見で現代人の固定観念を見直そう!」ってのが趣旨で、そのために引き合いに出される狩猟採集民のエピソードがいちいち面白くて参りました。

 

  • ボルネオ島の狩猟採集民プナンの社会では、獲物や財産を共有し、貧富の差が存在しない。

  • プナンの人々は「教える」や「教わる」という概念を持たず、常に「ただ覚えた」としか答えない。

  • プナン社会では、死者の名前を口にしない習慣があるし、近親者が亡くなると名前を変える「デス・ネーム」という風習もある。これは、死者の存在を曖昧にして、共同体の再生を促す機能がある。

  • クン・サンの人々は何かプレゼントをされたら、そのプレゼントをクソミソに貶した後でありがたくいただく。これは、あえて贈り物に感謝しないことで、与えた側の権力を抑える機能がある。

  • ボルネオの稲作民には、人前で言葉を間違えまくる「サラババ」という行為を行う。

 

こんな感じで、「人間の社会システムとか社会コードって多様だよなー」と改めて思わされるトピックが次々と出てきて、めっちゃ楽しいんですよね。その結果として、読んでいるうちに日本社会で使われている社会的なコードが頭の中で相対化されていきまして、読後は妙な解放感を味わったりしました。人類学を学びたい方のはじめの一冊としても良いのでは。

 

 

 

タタール人の砂漠

若い将校が辺境の砦に赴任し、未知の敵「タタール人」の襲来を待ち続ける話。名作の誉れが高いのは知ってたものの、「なんか難しそうだし退屈そう……」ってイメージがあったんですが、いざ読んでみたらとんでもない。文章はシンプルでわかりやすいし、伝えたいことの中身は明確だし、テーマに沿ったエピソードの数々も楽しいしで、確かにこれは傑作だなーと納得させられました。

 

ここで主に展開されるのは、時間の無常と人生の選択にまつわる問題で、

 

  • 「未来に良いことがあるに違いない!」と思うものの、何も行動を起こさずにただ待ち続けて人生を浪費しちゃう問題

  • 人生を変えうるチャンスは何度もあるのに、主体的に選択をしようとしないせいで、現状維持バイアスに飲まれちゃう問題

  • 主体性がないので毎日が退屈で、それに嫌気が指しているんだけど、その退屈の中にあるコンフォートゾーンに流されちゃう問題

 

みたいなところを、抽象度が高い設定をもとに描いてくれてるんですな。そのために持ち出されるエピソードも的確でして、ざっくりまとめると、

 

  • 自律性がないせいで人生が退屈になってる人あるある

  • 安定しているが故に無駄が積み重なったシステムあるある

  • 異なる人生を歩む人とのコミュニケーション不全あるある

 

といったポイントを、シュールなコントのような形で提出してくるので、いちいち「うわー!これは経験したことがあるぞ!」とか悶えながら読みました。かつての恋人を訪れたは良いものの、あまりにも異なるライフスタイルを送ってきたせいで会話が成り立たなくなっちゃうシーンとか、本当に良いですよね。

 

なので、私のように人生の後半戦を迎えたような人には刺さりやすいでしょうし、「変化は起こしたいが行動を起こせない」「ただ日常に埋没して生きている……」みたいな感覚がある若い人にもグッとくるはずであります。

 

逆に言えば、本作には明確な*ドラマはほとんどないし、驚くような展開があるわけでもないんで、「え?なんでそんなダラダラしてんの?」「とりあえず動いてから考えればいいじゃん!」ってマインドをお持ちの人には、まったく刺さらない可能性があるんでご注意あれ。

 

まぁどちらの立場で読むにせよ、“人生の寓話”としての強度がめっちゃ高い作品なので、とりあえず手にしてみて損はないでしょう。その上で「自分の人生における“砦”ってなんだろう?」とか自問してみるのも一興であります。

 

 

 

シビル・ウォー アメリカ最後の日

 

内戦が始まったアメリカを、4人のジャーナリストが取材する話。というと、「分断をもたらすものとは何か?」「国家はいかに崩壊するのか?」をシミュレーションする映画なのかと思いきや、実際には違いましたね。内戦の原因は最後までわからず、イデオロギーの対立にも(ちょっとしか)触れず……って感じなので、そこらへんを期待すると「あれ?」って感じでしょう。

 

その代わりに描かれるのは、「殺し合いが日常になった世界の地獄めぐり」と「ジャーナリズム倫理についての思考実験」の2つでして、前者については「ゾンビ・ミーツ・地獄の黙示録」みたいでとても良いし、後者についても目撃者になることの重要性や、報道の倫理的ジレンマを突き放した視点で描いていてナイスですね。

 

というと小難しい映画のようですが、単純にサスペンススリラーとしてレベルが高いし、中盤でアカデミーサイコパス賞をあげたくなるレベルの凄いキャラが出てきますんで、幅広くお楽しみいただけるのではないかと。どちらかと言えば、世界の分断を寓話的に描いた作品なので、あまりアクチュアルな視点を期待せずにご覧ください。

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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