「ピクサー流 創造するちから」が激しく名著だった件
「ピクサー流 創造するちから」を読みました。ピクサーの創業者が語る組織論とくれば駄作のはずがないんですが、これが想像以上にオモシロい一冊でありました。いまんとこ今年のベスト。
アイデアよりも人が大事
この本が良いのは、「これがクリエイティブ系の秘訣だ!」なんてことは口が裂けても言わないとこ。見えない失敗は必ず起きるので、いかに早くその問題に気づけるかが大事だってことが強調されております。
そこでガイドラインになるのが「アイデアよりも人」って考え方。ピクサーの経営判断は、最終的にはここがベースになってる感じであります。
私にしてみれば、答えは歴然としている。アイデアは人が考えるものだ。だからアイデアよりも人のほうが大事だ。(P.113)
だもんで、ピクサーのマネジャーたちは、アーティストがどれだけ伸び伸びとアイデアを出せるか?に凄まじく心をくだいております。そこで何度もくり返されるのが、「早いうちにさっさと失敗せよ」「まちがえるのは早ければ早いほどいい」ってフレーズでして、「ファインディング・ニモ」の監督アンドリュー・スタントンいわく、
失敗は自転車の乗り方を覚えるのと同じだ。何回かつまづいたり倒れたり、つまり失敗しないで乗れるようになるとは誰も思っていない。「できるだけ低い自転車を見つけ、転んでもいいように肘当てと膝当てをつければ大丈夫」(中略)「これからギターの弾き方を覚えようとする人に、『一度きりしか鳴らせないから、コードの抑え方を本当によく考えたほうがいいよ。もしそれで失敗したらあきらめよう』とは言わないでしょう。それでは覚えられないですよね」(P.155)
というと、「失敗の痛みを受け入れろ!」みたいな意味にとらえちゃいがちですが、ここで重要なのは「失敗は重要なことを学習している証拠」って考え方のほう。「成功するためにもっとも大事な要素と言われる『グリット』のお話」でご紹介した「成長思考」と同じ発想ですね。
一般的に言って、やり方を考えることにエネルギーを注ぎ、行動に移すのは早すぎると言っている人は、何も考えずにどんどん進める人と同じくらいの頻度で失敗している。計画が入念すぎる人は、失敗するまでに人より時間がかかる(そしてつまずいたとき、失敗したという感情に押し潰されやすい)。(p.162)
もちろん、そうは言っても失敗への恐怖は人間の基本的な本能なんで、簡単な解決策はないわけですが、つねにアーティストたちの恐怖を取り除く作業にフォーカスするのがマネジャーの重要な仕事なんだ、と。
メンタルモデルで失敗の恐怖を乗り越える
で、もう一個、アーティストにとって定番なのが「不確実性と変化」への恐怖。これを取り除くのも、良い作品を作るには大事な要素であります。
安心感や予測可能性の誘惑は強いが、本当の意味でバランスをとるとは、成果や見返りがまだ明らかでない活動に取り組むことを意味する。本当にクリエイティブな人は、不確実性と隣り合わせの仕事をする覚悟がある。(P.244)
ここで出てくるのが「メンタルモデル」という手法。要は「創作への不安」を何らかのイメージに例えたもので、具体的には、
監督や脚本家と話をしていると、頭の中にどんなメンタルモデルを持っているかがわかり、いつも感銘を受ける。それぞれのユニークなメカニズムを使って前進し続け、逆境を乗り越え、目標を追求している。ピート・ドクター(「モンスターズ・インク」の監督)は、監督業を「延々と続く終わりの見えないトンネルを、最後には無事に抜けられると信じて走ること」にたとえる。(中略)トンネルには入り口と出口があることを理性でわかっていれば、途中で暗闇が訪れても感情を抑えることができる。創造性と創造性につきものの不安のメンタルモデルを明確に持っている監督は、取り乱すことなく、再び光が射すことを人より信じることができる。
他にも、「シュガー・ラッシュ」のリッチ・ムーアは「迷路の中にいる自分」を思い描き、アンドリュー・スタントンは映画作りを「考古学の発掘」になぞらえているとか。とにかく、自分にしっくりくるイメージを持てば、不確実性にある程度の枠組みができるんで、不安を一気に減らすことができるわけですね。これは、ぜひ使っていきたい手法であります。
また、ピクサー内で定期的に開かれる「ブレイントラスト」も、創作の不安を乗り越えるための大事な要素。これは、「トイ・ストーリー」のジョン・ラセターや「Mr.インクレディブル」のブラッド・バードなどが集まって、進行途中の映画を率直に批評しあう場所であります。
ピクサーの創造的プロセスにとって、率直さほど重要なものはない。それは、どの映画も、つくり始めは目も当てられないほどの「駄作」だからだ。(P.130)
これだけのメンツが集えば普通はみんな萎縮しちゃうもんでして、実際にピクサーでも同じ問題は起きるようですが、
本音を語るのは難しいことだが、創造性を求められる会社では、それがいいものをつくる唯一の方法だ。会議の情勢に目を光らせるのはマネジャーの仕事だが、それでも時々、思っていることをはっきり言ってくれない人がいたと会議後に監督が言いにくることがある。そういうときには、もっと少人数でミニ・ブレイントラストのようなものを開き、直接話す機会をつくるのが効果的な場合が多い。(P.148)
とのことで、これも問題が起きるごとに対策を立てているそうな。やはり、基本的には「人の創造性を大事にする!」って大枠だけがあって、あとは個別の対処法をウンウンとうなりつつ考えている感じ。あくまでも「苦悶を通じてしか発見はない、だから変化は味方だ」とのことで、この創意工夫の連続がやたら面白いのであります。
まとめ
そんなわけで、「ピクサー流 創造するちから」の概要をざっくりご紹介しました。
この他にも、「テクニックは既知のもので、それを予期せぬ方法で使うのがアートだ」とか、「脳に割り込む隙を与えないと、ありのままの色が見えてくる」とか、グッとくるパンチラインが満載。
「モンスターズ・インク」の主人公が初期設定では30歳の男だったとか、「カールじいさんの空飛ぶ家」が当初は天空に住む王子様の話だったとか、ピクサー好きにはたまらない裏話もてんこ盛り。
最後の一章をまるまる使って、スティーブ・ジョブズへの感謝と友情を語るくだりには思わず落涙。ピクサーファンはもちろん、骨のあるライフハックをお望みの方にもバツグンにオススメの一冊であります。