このブログを検索




2024年10月に読んで良かった4冊の本と1つの漫画と1本の映画

 

月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年10月版です。今月読めた本は24冊で、そのなかから特に良かったものをピックアップしておきます。

 

ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。

 

 
資本主義が人類最高の発明である

資本主義がいかにして世界中の貧困を減少させ、人々の生活水準を向上させたかを実証的に説明する本。ここ数十年は、主に人文インテリ層から「資本主義は限界だ!」「資本主義は問題がある!」みたいな主張が頻出してまして、個人的には「それって資本主義の問題か?」などと思うことも多かったんで、こういう本が出てくれるのはありがたいっすね。

 

資本主義を擁護するために、著者はグローバル化が始まった1990年代から現在に至るまでの経済成長をチェック。その結果として、

 

  • 極度の貧困は世界人口の38%から10%未満に減少。
  • 子どもと乳幼児の死亡率は9.3%から3.7%に減少
  • 世界平均寿命は64歳から70歳以上に伸びた。
  • 非識字率は25.7%から13.5%に低下した。
  • 児童労働は16%から10%に減少した。

 

といった事実を明らかにしております。しかも、この期間に最も好調だった国や地域は、反グローバリゼーション運動とは正反対のことをした国や地域だったそうで、「こんなに明暗が別れるのか……」とか思いました。

 

また、資本主義の成果を礼賛するだけでなく、所得格差や環境問題にも言及しつつ、それらの解決には市場の柔軟性と革新を処方するあたりもオモロ。読み進めていると、「現在の問題は資本主義が悪いというより、資本主義がちゃんと行われていないせいなのだ!」って気になってきますな。

 

もちろん、資本主義が完璧なシステムだとは著者も言ってませんが、ともすれば「新自由主義の問題だ!」や「過剰なグローバリゼーションが原因だ!」と言われがちな事象について、「もしかしすると、実際の理由は逆なのでは……?」といったん考えてみるのは、めっちゃ大事なことだと思うわけです。反資本主義の左派を撫で切りにしつつ、同時に反自由主義の右派にも銃口を向ける、ナイスな一冊じゃないでしょうか。

 

 

 

エリート過剰生産が国家を滅ぼす

現代社会における「エリート過剰生産」がいかに国家の不安定化や崩壊につながるかを論じた一冊。本書で使われるのは「クリオダイナミクス(歴史動力学)」って手法で、歴史のビッグデータを数学モデルで分析し、社会の分裂や崩壊につながる特定のパターンを明るみに出そうとしているんですよ。

 

本書で披露される知見は、せんじつめればシンプルで、

 

  • 多くの社会は、統合的な段階と崩壊的な段階が交互に約1世紀続く。その点で、西側社会、特にアメリカは、後者の崩壊期の終わりに近づいており、内戦やシステム崩壊の可能性がはるかに高くなっている。

 

  • その要因として特に重要なのは、富と賃金の不平等が急速に拡大していること、潜在的なエリートが過剰生産されていること(富裕な家族の子孫、高度な学位を取得した卒業生など)、そして公的債務が無制限に増加していることにある。

 

って2点を、いろんな角度から説明していく感じになります。さらにざっくり言えば、

 

  • 富と賃金の不平等が加速する社会では、貧困層から富を奪い、富裕層に与えるという「富のポンプ」が顕在化する。

 

  • エリートが過剰に存在する社会では、軍国主義、金融主義、官僚主義など、様々な派閥の均衡が崩れていく。

 

みたいな問題でして、要はエリートの増加が椅子取りゲームを激化させ、それが富の集中と大衆の困窮によってブーストすることで、社会の分裂や対立が起こるんだって話ですな。

 

まぁ、本書のアプローチにはいくつかよくわからんところもありまして、

 

  • エリートの競争がもっとフェアに行われる仕組みを作れば問題が解決するの? エリート同士の対立が激化する原因があんま詳しく説明されてないけどなぁ。

 

  • 本書はエリートの椅子取りゲームを指摘するが、多くの起業家は椅子を増やすほうに動いているようにも見えるけど、そこは機能してないの?

 

  • エリートが多すぎる場合でも、経済の仕組みによって給料や雇用の調整が行われたりはしないの? エリートの競争が事実なら、その機能はなんで働かなくなるの?

 

  • 本の中では、現代のエリートが「非エリート層」を見下すようになったという説明があるけど、どうしてエリートはそんな態度をとるようになったの?

 

といったあたりは、もうちょい説明が欲しい感じはしました。

 

まぁ、そうは言っても、本書で展開される理論は、「過去の偉人がここでこんな判断をしたから歴史が動いたのだ!」みたいな解説よりもよほど説得力がありますんで、「なんで今の社会はこんな不安定なんだろう?」といった疑問を抱えたことがある人には、めっちゃ楽しく読めるはず。

 

また、個人的には、形式的なモデルを歴史分析に本格的に持ち込もうとする著者の心意気に感動させられたりしました。おすすめ。

 

 

 

引き算思考

問題を解決したいなら「引き算」が欠かせないよ!という本。だいたいみんな何かを変えようとすると「足すこと」に集中しがちだけど、この思考のクセは問題を引き起こしやすいから、あえて「減らすこと」を選ぶと、新たな視点や解決策が生まれるよー、みたいな話ですね。

 

というと、ミニマリスト最高!みたいな話になりやすいんだけど、著者のクロッツ先生は、あくまで「少量」ではなく「引き算」、つまり「レベル」ではなく「レート」の減少について論じているので、そこは注意したいところです。ただ減らせば良いって観点じゃないんですな。

 

そこらへんを論じるにあたり、本書ではレゴの実験や環境問題への取り組みなど、いろんな事例をピックアップしてくれるのがありがたいところ。いずれのエピソードも面白く、個人的にはめっちゃ共感させられました。

 

もっとも、現時点では、「引き算」のメリットを定量的に示したデータは少ないので、そこに難しさを感じたりもしますね。たとえば、本書ではレゴ実験を通じて私たちの「足し算バイアス」を示すんだけど、この結論を現実世界のあらゆる場面に適用するのは無理だよなーとは思ったりしました。

 

そのせいで、序盤では著者の研究に基づく論証が進むのに対して、その後は事例の羅列に終始しちゃうんですよね。実践的なアプローチや具体的な方法論にも欠けているので、「それじゃあどうすりゃいいの?」と思う人も多いかもしれません。まぁ仕方ないところではありますが。

 

とはいえ、社会全体に蔓延する「量の追求」を見直し、よりシンプルで効率的な解決策を提案しようぜーって視点は好ましく、なにか困った時に「引き算思考で考えたらどうなる?」と考えてみるのは、間違い無く解決の一助になりましょう。その意味で、一読しても損はないかと。

 

 

 

二月の勝者

 

進学塾の塾講師を主人公に、彼の指導を通じて子どもや親たちが成長していく姿を描いた漫画。なにせ私が「中学受験すべて失敗」「大学のころ進学塾の講師を3年」という経験の持ち主なので、子供の視点にも共感できるし、教師側の苦労にも思い至るところが多いしで、ガッツリ没入させられました。

 

ここで描かれる、受験のプレッシャー、家庭内の葛藤、塾の経営問題、生徒たちの心理的な変化などは、元経験者からしてもリアルで、巻を重ねるたびに小学生のころの自分と講師時代の自分を思い出して、いちいちグッとさせられました(私がいたのはそこまで進学塾じゃなかったですが)。

 

最初のうちは、「主人公が抱える暗い秘密!」「主人公を敵視するライバル校!」みたいな設定が出てきて「この方向に進んだらよくある話になっちゃうなぁ…」とか思ってたんですが、いずれも話が進むうちに後景に退いたので一安心。

 

中盤あたりからは、「受験」という行為そのものによって必然的に引き起こされる困難だけにフォーカスしてくれたおかげで、メリトクラティックなシステムに乗っかった人たちの群像劇としての強度がめっちゃ上がっていてナイスでした。ここらへんのフリが丁寧なおかげで、後半の「合格発表編」は怒濤の感動ラッシュで、ややご都合主義な展開すらをねじふせるパワーがあるのも良いですね。

 

 

 

職業は武装解除

プロの武装解除が実体験を語った本。もともとは日本の平凡な女子高生だった著者が、武装解除の職に携わりはじめ、虐殺で夫を失った女性にミシンの使い方を教えたり、元兵士に一時金を渡して職業訓練を行うようになったりと、紛争が終わった後のエリアで、被害者や軍人を社会に再統合させるプロセスが詳細に描かれていて、まずは「未知のお仕事もの」としてのクオリティの高さが凄い。

 

と同時に、そこから著者が得た教訓にも納得感がありまして、

 

  • 困難な状況の中では「できない」と「やらない」を明確に区別し、常に行動を続けるしかない。

 

  • 元兵士を普通の生活に戻すには、物理的なサポートだけでなく、自立に向かわせるための対話が大事。

 

  • 「自分には人生の選択肢がある」という認識そのものが、他者を助けるモチベーションの源泉になる。

 

といった感じで、これだけ抜き出すと自己啓発本にも書いてありそうですが、ルワンダやシエラレオネで命の危険にさらされながら得た知見かと思うと重みが違いますな。特に「日本人には主体的に行動する権利があるから助ける」ってあたりはグッときますねぇ。

 

 

 

ナミビアの砂漠

メンタルが不安定な女性の日常を、ひたすら観察させられる映画。

 

作中で明言されないものの、主人公のキャラは「境界性パーソナリティ障害」の特徴にかなり当てはまっている感じ。私は境界性の方と接した経験はないのですが、「おそらくこんな感じなんだろうなぁ…」と思わせる説得力に満ちていて、まずはそこに惹きつけられました。「なんで男たちは主人公と別れないんだ……」みたいな感想もありましょうが、メンタルの不安定な人が時折見せる子供っぽさが、めっちゃ魅力に感じられることってありますからねぇ。

 

ただし、その生態を描写するだけで終わっていたら、昔よくあった悪女が男を振り回す系の陳腐な文芸映画になってたかもですが、中盤からパーソナリティ障害のケア描写が始まったあたりで「めっちゃええやん!」となりました。

 

この治癒のシーンがまたおもしろく、それまでは感情に飲まれて暴走するだけだった主人公が、少しずつ客観性を身につけ、自分の行動を第三者の視点で見る能力を育てていく様子が可視化されているのもお見事。最初は陰惨に描かれた暴力シーンが、徐々にコミカルな日常に見えてくる演出力も凄いっすな。

 

その結果、最後には、主人公が「私は私をわかっていないことがわかった」ことで、ちょっとだけ希望を見出すのもよろしゅうございました。結局のところ、感情の暴走ってのは、自分の感情や欲求の形がわからないせいで起きますからね。そこらへんのメンタルの仕組みを体感してみたい方におすすめ。


スポンサーリンク

スポンサーリンク

ホーム item

search

ABOUT

自分の写真
1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

INSTAGRAM