「いくら稼げば幸せになれるのか?」問題に決着をつけようじゃないか!というエントリ
「お金で幸せは買えるのか?」って議論が昔からあるわけです。お金があればあるほど幸福度が増すのは間違いないんだけれども、その効果にはどこかで限界が来るのではないかって持論ですね。もっと簡単に言えば「お金って、あればあるほど良いのか?」って問題であります。
確かに、年収200万から400万になるのと、年収8000万から年収1億になるのを比べたら、お金のありがたみは両者で全く異なるはず。1杯目はおいしいビールも、3杯4杯と続ければおいしさが減っていくようなもんで、年収がもたらす幸福度アップの効果にも限界がありそうな気がするわけです。
ただし、一方ではやはり「お金はあればあるほどいいよなぁ」と思いたくなるのも人情で、何せお金があれば不慮の事故や病気といったトラブルにも対処しやすくなりますからね。過度な贅沢にはすぐ飽きるとしても、いらぬストレスを避けられるようになるって意味では、お金がもたらす幸福度アップ効果には天井がないのではないか?って考え方も成り立つでしょう。
ということで、この問題に関連する研究の中で最も有名なのは、2010年にダニエル・カーネマン先生が発表したものです。この研究では、
- 収入が増えるとポジティブな感情も増える
- しかし、一定の収入を超えると幸福度の上昇は鈍化する
という結論が出したんですな。ここで言う「一定の収入」ってのは、当時のアメリカで年収75,000ドル(約1,100万円)ぐらい。研究が行われた2010年のアメリカの中央値賃金は33,840ドルだったので、「中央値の約2倍」が幸福度の天井になっていると考えられるわけです。
これを日本にざっくり当てはめてみると、2024年の日本の中央値年収は約380万円なので、これを2倍して約760万円ぐらいが幸福度の天井なのだろうと思われるわけです。つまり、日本で「お金の問題で不幸を感じない」レベルに達するには、年収760万円ぐらいがひとつの目安になるわけっすね(もちろん、めっちゃ格差社会であるアメリカのデータを、そのまま日本に適用して良いのかって問題はあるんだけど、あくまでざっくりとした推測として)。
この研究がもとで、長らく「金で幸せは買えるが限界がある」って考え方が定説化。私もこの考え方に従ってライフスタイルなどを組み立ててましたし、「科学的な適職」にも「年収アップで得られる幸福はコスパが悪いから、あんま目指さないほうがいいよー」なんてアドバイスを書いておりました。
「お金で幸せは買えない」って考え方が覆った?
ところが、面白いもんで、2021年にマシュー・キリングスワース先生が新しい研究(R)を発表し、これまでの常識に異論を唱えたんですな。その内容については「年収が1,000万円を超えると幸福度は上がらないは嘘!はどこまで正しいのか問題」に書いたので、詳細は省きますが、結論をシンプルにまとめると、
- 75,000ドルを超えても、年収が増えるほど幸福度も上がり続ける。
って感じになってます。つまり、「お金による幸福の頭打ち」は存在しないってことで、カーネマン先生の説を否定した格好になります。えー!って感じですね。
ただし、これは以前のブログでも書いた通り、データの受け取り方によって解釈が大きく異なる側面があるんですよ。グラフを見てみると、年収が75,000ドルまでは幸福度が右肩上がりになっていくものの、そこからは幸福度の上がり方はほぼ横ばいになっちゃうんですよね。実際のところ、年収1000万の人と年収8000万の人の幸福度を比べても、「日常で違いを実感できるかどうか」ぐらいの差しか出ておらず、結局のところ「年収アップで得られる幸福はコスパが悪い」って考え方を採用しておけば良さそうであります。
とはいえ、有名な心理学者が行った2つの研究が相反する結果を出したのも事実。これは問題だってことで、新たに上述のキリングスワース&カーネマンがタッグを組んで、「幸せは金で買えるのか問題」について新しい研究(R)を行ったんですよ。2人とも学問の世界ではレジェンド級の先生でして、個人的に胸アツなデータになっております。なにこのアベンジャーズ感。
で、細かい分析は置いといて、先生方が過去の矛盾するデータを再分析して、どんな結論を出したのかと言うと、
- お金による幸福度の増加に限界がある人と、限界がない人がいる!
みたいな感じです。もうちょい具体的に言うと、
- 「あまり幸せを感じにくい人」は、収入12万ドル(約1,850万円)を超えると、そこからの幸福度の伸びが鈍化する(=頭打ちになる)。
- 「幸せを感じやすい人」は、収入が増えれば増えるほど、幸福度も上がり続ける。
といったところですね。 なんでも全体の80%の人々にとって、幸福度は75,000ドルを超えても上昇し続けるのに対して、不幸を感じやすい少数派には幸福度アップ(正確には不幸の減少)の天井が来ちゃうらしい。つまり、「お金で幸せになれるか?」は本人の気質次第なんじゃないか?ってことですな。キリングワース先生いわく、
お金持ちだけど惨めな人は、お金を増やしても何の役にも立ちません。
ってことで、不幸な人はお金がいくらあっても不幸のままだよーってポイントが強調されておりました。
年収アップで得られる幸福は、相変わらずコスパが悪い
ということで、このデータを見ると「やはり大半の人は幸福を金で買えるのだ!」と解釈したくなるのが人情でして、「幸せはお金で買える、7000万円までならあればあるほどいい」みたいなニュースがいくつも爆誕。SNSなどでも「金は稼げば稼ぐほどいいのだ!」みたいなコメントを見かけたりしました(ちなみに、年収が高い人ほどこのタイプのコメントをしやすい感じ)。
ただし、このデータをもとに「幸せはお金で買える」と考えるのはめっちゃ早計で、それといいますのもこのデータの中には、
- 収入が15,000ドル(約230万円)の人と、25万ドル(約3,800万円)の人の「幸福度の差」を数値化すると、100点満点中「5ポイント」しか差が出ない!
ってポイントも示されているからです。該当する箇所を引用すると、
結果は統計的に有意ではあるが、その関連性はかなり小さい。 経験サンプリングデータにおける平均幸福度と所得(対数)の相関は、わずか0.09である。 例えば、世帯収入15,000ドルと25万ドルの平均幸福度の差は、100点満点で約5点である。
5点の差ってのは解釈が難しいところですが、日常生活ではっきり違いを気づけるか気づけないかぐらいの差だとお考えください。16倍も収入が違うのにそれぐらいしか幸福度が上がらないと考えると、このデータの見え方も違ってくるんじゃないでしょうか? もちろん「5点の違いは大きい!」って見方もできるんだけど、16倍の収入差を達成するには、個人の努力や運に5%以上の差が必要なのは間違いないでしょう。
その点で、「年収アップで得られる幸福はコスパが悪い」って従来の考え方は、今も十分に適用されるんじゃないかと。コスパを考えると「お金を稼いで幸せになる」って戦略は割に合わないっすね。
長くなりましたが、ここまでの話をまとめると、
- お金がないと生活は厳しくなるので、最低限の収入は必要。
- 幸せを感じやすい人は、お金が増えるほど幸せになれるが、そうでない人はある程度の額で頭打ちする。
- ただし幸せを感じやすい人でも、お金を増やしたところで、幸福度の伸びはバカみたいに低くなる。
みたいになります。結局のところ、私たちにとっての結論はあんま変わらないので、「稼ぐ」ことを考えるよりは、「人間関係」や「健康」といったお金よりも影響力の強いファクターにリソースを注ぐ方がリターンは大きいだろうと思う次第です。どうぞよしなに。