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一億総「自意識過剰」時代 | デイヴ・エガーズ『驚くべき天才の胸もはりさけんばかりの奮闘記』


「驚くべき天才の胸もはりさけんばかりの奮闘記」を読みました。



 

先日から個人的に取りかかっている、米アマゾンの「一生のうちに読むべき100冊」を 読んでみるシリーズの3冊め。著者の名前は初耳でしたが、名作「かいじゅうたちのいるところ」の小説版を書いたり、TED賞を受けたりしている才人らしい。


で、正直、わたしにはイマイチでした。両親を失った21歳の著者が8歳の弟を育てる姿を、メタフィクションの方法を使いつつ自意識過剰な文体で語る本。……というと面白そうなんですが、いやー、もう自意識過剰系の話はお腹いっぱいだわ、と。


なにせ、本書が出てから14年がたつ間に、ネットでは自意識過剰な文章があふれかえっちゃって、いまじゃこの芸風は珍しくなくなってますからねぇ。もちろん、そのへんのツイッターの書き込みにくらべると、デイブ・エガーズさんの文章からは知性がにじみまくっているんですが、洗練されているぶんだけ逆にひっかかりがない感じ。そこらじゅうに散りばめられたギャグも、「頭のいい人ががんばってる」感が出ちゃうのが難しいところ。


もしかしたら、文学の世界では、自伝とメタフィクションを組み合わせた方法は目新しかったんでしょうか。でも、結局、自意識過剰な芸風って「さらに上のメタ視点に立ったほうが勝ち」みたいなマウントポジションの取り合いにしかならないし、最後は「自意識あるある」を披露しあって終わっちゃうケースのほうが多いしなぁ。


もちろん、青春と自意識過剰はニコイチですから、その点では、昔ながらの青春文学として楽しく読めるし、弟を思う兄の気持ちにジンときたりもするんですが、やはりいま積極的にこの本を読む理由が思い当たりませんでした。


ついでながら、これは翻訳の問題もありそう。試しに原著のさわりだけ読んでみたところ、切れ目のない過剰な文章と著者の自意識過剰なセンスがあいまって、勢いと説得力のある文体になっておりました。邦訳もそんなに悪いわけじゃないものの、ちょいマジメすぎる感じが強くて、原文のうねるような感覚が薄まっちゃっているのは残念。あと、カルチャー方面の訳にもやや難があって、クリスパン・グローヴァーとかマーティ・マックフライみたいな表記をみるたびにつっかかってしまいました。


そんなわけで、わたしのようなアラフォーには20代の青春記は向いていなかった模様。学生時代に出会っていれば、また違ったのかもしれませんがねぇ。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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