私は幸福を求めて不幸になってないか?を判断する3つの質問
「無(最高の状態)」では、「幸福を無闇に追い求めると、逆に不幸になっちゃうケースが多いよー」みたいな話を書いております。既存の幸福研究とかを見てると、幸福を追い求める人はいまいちメンタルが弱かったりするんですよ。
このような現象が起きるメカニズムはシンプルで、
- 幸せになろうとして自分を追い込む
- しかし、現実はそこまでいいことがあるはずはない
- 自分の高い基準に現実が追いついてくれないので、かえって惨めさが増す!
みたいな流れです。なにごとも希望が高すぎるのは良くないですなぁ。
では、具体的に「幸福を求めて不幸になる人はどのような特徴があるのか?」ってことで、そのあたりを調べたデータ(R)が出ておりました。
これはレスター大学などの研究で、20歳から60歳までのアメリカ人166人(平均40歳)を対象にしたオンライン調査を行って、「幸福を追って不幸になる人って特有の信念を持っているんじゃないの?」って仮説を検証したものです。
この研究では、かなり広範な理論モデルを検証してるんですけど、ここではくわしいところは省いて、「幸福を追って不幸になる人が持つ考え方」だけを紹介します。
具体的には、「以下の3つの短い文章にどれぐらい賛成できるか?」を7点満点で答えてみてください。まったく同意しないなら1点で、完全に同意できるなら7点です。
- I should always be happy in all aspects of my life.
- I must always be happy in all aspects of my life.
- I ought always to be happy in all aspects of my life.
って全部英語やんけ!と思われた人もいるでしょうが、かなりニュアンスが微妙なんで、シンプルに訳すのが難しいんですよ。普通に訳したら、どれも「私は人生のすべての面で常に幸せでなければならない」みたいになっちゃいますからね。
ってことで、それぞれの質問を細かく見てみると、以下のようになります。
- I should always be happy in all aspects of my life.= 何かの期待(特に他人の期待や他人へのアピール)に応じで、「自分は幸せにならねばならないのだ!」と考えるパターン。「私は人生のすべての面で、他人へのアピールや期待に応えるために常に幸せでなければならない」ぐらいの意味
- I must always be happy in all aspects of my life.= 「自分はつねに幸福な状態でなければならないのだ!」ってのを絶対的な目標にしているパターン。「私は人生のすべての面で、絶対に幸せでなければならない」ぐらいの意味
- I ought always to be happy in all aspects of my life.=「ought」は「should」とよく似てるんだけど、「幸福」ってのを一定の基準にしているところに違いがある感じ。「幸せってのは一般的な生きるための基準なんだから、私は人生のすべての面で常に幸せでなければならない」ぐらいの意味
なんだか微妙な違いではありますが、どれも幸福に対する信念が異なるあたりはなんとなくわかっていただけるのではないかと。
でもって、以上の3つの文章につけた点数の合計点が高い人ほど、「幸福を追い求めて幸福を逃す」傾向も大きいと言えます。参考までに、この研究における数値を見ておくと、
- 合計点の平均値は13点で、ほとんどの人が8〜18点のあいだに位置した
みたいになってまして、ざっくり言えば、もしあ合計スコアが18以上であれば、あなたは幸福に関する不合理な信念を持っている可能性が高いと言えそうっすね。これは気をつけたいポイントですなぁ……。