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2023年6月に読んでおもしろかった5冊の本と、3本の映画

 

月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2023年6月版です。ここで取り上げた以外の本や映画については、TwitterInstagramのほうでも紹介してますんで、合わせてどうぞー。

  

 

 

パワハラ上司を科学する

 

パワハラが起きる理由、パワハラをしやすい人、パワハラを脱する方法など、パワハラにまつわる重要なトピックを、データにもとづいて手際よくまとめた一冊。

大筋としては「パワハラをする側には自覚がない!だから気づかせるのがまずは重要!」と「パワハラは、生来の性格特性と権力構造のミックスで生まれる!」って事実が基本になっていて、あらためてめっちゃ難しい問題だなーと。

いまパワハラに悩む人はもちろん、管理職、コミュニティのリーダー、権力が人間性におよぼす影響などに興味がある方なども必読でしょう。

 

 

 

笑い神 M-1、その純情と狂気

 

笑い飯を軸にM-1の歴史を描くルポ。笑いを最上の価値に置きながら行動する芸人たちの生態がおもしろく、「プレイフルネスが大爆発した人間はこうなるんだな」とか思いながら読みました。ビッグファイブでいうと、おもしろい人たちは「中程度の協調性のなさと極度の開放性」がコアにあるのかなーとか思いましたが、まだよくわかりません(内向性も関係ありそうだし)。

 

ちなみに、この本は、時系列を前後しつつ、ひとつの事件を多面的に説明していく手つきがうまくて、「いかに情報の出し方をコントロールしておもしろく読ませるか?」の勉強になりました。

 

 

 

自然主義入門

 

思考力改善ドリル」もおもしろかった植原亮先生の旧作。現代哲学のなかでも熱いテーマのひとつである「自然主義」について、初心者にもわかるように説明してくれた本で、あんま類書がないので非常にありがたいですね。

 

植原先生が自然主義をどう説明しているかというと、

 

自然主義に立つ哲学者は、哲学を科学と緊密に結びつけようとする。この世界は自然的世界であり、そこには自然を超えるものはなにも含まれていないし、人間も、したがって人間の心もまた、それを構成している部分にほかならない。だとすれば、哲学が人間を含むこの世界を理解しようとする試みであるなら、どの側面についても科学の方法を用いるべきだろう。

 

みたいになります。こんなブログをやっている人間としては、共感しかない考え方ですね。

 

では、哲学の世界では、この考え方をどう活かすのかってことで、本書は生得説と経験説のぶつかりあいを中心に話を進めてまして、自然主義の使い方がよくわかりました。言語、偏見、道徳など、ヒトの遺伝子に埋め込まれた(ように見える)要素をテーマにしつつ、「哲学ってなにをしようとしてるの?」という科学畑の人はもちろん、「科学を哲学に活かすには?」とお悩みの哲学畑の人にも楽しめるんじゃないでしょうか。

 

ちなみに、この考え方を現実の問題に適用した事例としては、ジョナサン・ハイト「社会はなぜ左と右にわかれるのか」などもおもしろいので、合わせておすすめしておきます。

 

 

 

つけびの村

 

一晩で5人が殺された、山口連続殺人放火事件のルポ。田舎の限界集落で起きた事件なんだけど、どの社会にでもある小さな噂が個人の中で増幅されて、やがて暴発しちゃうケースは、田舎だけじゃなくてSNSでもよく見かけるよなぁ……とか。閉じた世界で暮らしていると、どうしてもネガティブな情報は反芻しやすくなるし、明確なフィードバックも得られないですからねぇ。

 

そのような、どんな人にでも起こり得るメンタルの問題に、「夜這い」や「氏神」といった土俗的なモチーフがからんでくるのがまたおもしろく、終盤で現地の人が語る「事件の真相(として解釈されている物語)」を読むと、「都市伝説ってこうやって生まれるのかなぁ」みたいな気分にもなりました。

 

 

 

ブラッド・メリディアン

 

開拓時代のアメリカを舞台に、インディアンの虐殺部隊に加わった少年が目撃する地獄を描くダークな西部劇。これといったストーリーがあるわけではなく、現実離れした虐殺劇をひたすら読まされるうちに、あたかも現実と地獄が地続きのように感じられてくるあたりが、いつものマッカーシー節って感じでいいですねー。

 

「あとがき」によると、マッカーシー先生はマジック・リアリズムが嫌いだったそうですが、「異常な現実を叩きつけて、現世を異世界のように見せる」ってあたりは、かなり裏表な関係のような気が。

 

 

 

TAR/ター

 

クラシック界のトップに立ったマエストロの人生が、権力を濫用したあげくに少しずつ崩壊していく話。

 

アートの喜びと辛さを掘る話でもあり、創作性と社会性の衝突を見せつける話でもあり、人格と作品性の矛盾を考える話でもあり、人間の二面性を観察する話でもあり、時間と記憶にまつわる話でもあり……と、いろんなテーマをどっとまとめて叩きつけてきて、頭をグラグラさせられるおもしろ映画でした。テーマが多面的なせいか、演出のモードまで途中から急に激変するのがおもしろいですね(Jホラーっぽくなる)。

 

正直、ここで展開されるメタファーには、理解が追いついてないところもあるんですが、演出、演技、画面、脚本がすべてキレッキレで体脂肪率ゼロ。一部ではラストの展開に賛否あるようですが、私は前向きなエンディングに感じられて好きでした。

 

 

 

aftersun/アフターサン

31歳になった主人公が、11歳のころに父と出かけた旅行の記録を振り返るうちに、子どものころには気づかなけった父の心の傷を知り……みたいな話。頭から尻まで繊細すぎる描写が続きまして、観客に「行間をどこまで読めるかな!」と挑戦し続けてくる作品でした。

 

そのため、最初は「何を見せられているんだ……」と思いましたけど、「記憶の残酷さを描いているのか!」と気づいてからは、それまで何気ない日常を描くだけに見えた映画が、エモいシーンの連続に早変わり。クライマックスでは、父親がリゾート地で踊っているだけなのに、味わったことのない虚無感を叩きつけられました。年間ベスト級っすね。

 

 

 

雄獅少年/ライオン少年

獅子舞バトルの頂上を目指す少年を描く3Dアニメ映画。ここ数年では珍しいレベルの超ストレートなスポ根もので、ただのベタな話に終わりそうなとこころを、ツボを押さえたキャラ造形と、全編で描かれる中国の格差社会の描写がストーリーに説得力をあたえていてぐっと来ました。

 

ディテールまで凝りまくった美麗な画面と、「獅子舞バトル」という謎の競技をわかりやすく見せるアクション演出もすばらしく、後半は2回ぐらい落涙。万人におすすめできる傑作でしょう。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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