2024年7月に読んで良かった6冊の本
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年7月版です。今月読めた本は31冊。そのなかから、特に良かったものをピックアップしておきます。
ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。
人を動かすルールをつくる
行動経済学の理論を法学に応用し、法律がより効果的に機能するための方法を提案する本。
「法学」というと、法律家が細かいロジックを延々議論しているイメージがあったんですけど、本書は「法律を作っただけじゃ人は動かないんだから、人間のモチベーション構造を組み込まなきゃダメでしょ!」って思想が根底にあってナイス。さらに、この議論を展開させるためにデータがいずれも興味深く、読み物としてもめっちゃおもしろかったです。
たとえば、どんな知見が披露されるのかと言いますと、
- 拘禁は再犯を減少させないばかりか、実際には犯罪を増加させている
- 三振法の抑止効果は「ゼロから2パーセントのあいだ」
- 厳罰化は犯罪抑止や犯罪減少に効果はない
- 死刑に抑止効果があることを示す有力な証拠はない
みたいな感じで、精度の高めなデータをもとに「本当に役立つ法律とは?」を考えていく過程がスリリングで、最後までワクワクさせられました。
ちなみに、本書が提案する「人間を動かす2大ルール」をまとめると、こんな感じです。
- 確実性が閾値まで達しないと、刑罰は抑止の手段にならない。
- その確実性の高さを人々が認識しないと、法律は効果が出ない。
どちらも「確かに……」としか言いようがないポイントじゃないでしょうか。この2つを押さえておけば、仕事で「自分や他人の行動を変えたい」と思った場面でも応用が効くんで、法律に興味がない方にも役に立つんじゃないでしょうか。おすすめ。
エビデンスを嫌う人たち
地球平面説の信奉者、反ワクチン派、気候変動の否定論者などと対話を重ね、科学を否定する人たちにどうアプローチすべきかを探った本。
著者自身が行ったフィールドワークに加え、過去に出た研究を参照しながら、「科学否定論者をどう説得していくか?」を考えて行くわけですが、そこでたどり着いた結論として、
- 冷静で敬意を持った対話 - 感情的にならずに相手に敬意を持って接する。
- 個人的なつながりを築く - 顔を合わせて対話し、相手を理解しようと努める。
- 共感を示す - 相手の背景や感情に共感する。
といったあたりが強調されておりました。たんに正しい事実や筋の通った論理を提供するだけじゃ説得は不可能だから、相手との信頼を築くところからはじめようぜ!って考え方ですな。「はい論破!」みたいな姿勢が、いかに虚しい行為であるかが分かりますね。
ちなみに、このあたりの知見は、FBIなどの機関が使う交渉術にも近いものがありまして、やっぱり説得の技術ってのは似たようなところにたどり着くんだなぁ……とか思ったりしました。FBIが人質交渉をするときも、まずは犯人とのラポールを作ろうとしますし。
まぁトンデモ系ダイエッターなどに幾度となくからまれた経験を持つ私としては、陰謀論や擬似科学を信じる人との対話がめっちゃ疲れるのは身に染みて理解しております。とはいえ、本書を読んでみると、このタイプの議論を信じる人というのは、心に傷を負っていた人が少なくなく、トラウマを癒すためにフェイクにハマってしまうケースが珍しくないとのこと。そう考えると、結局は時間をかけて信頼を作っていくしかないってのは事実なんでしょうなぁ。
あくまで科学否定論者に焦点をしぼった内容ですが、本書が提示するテクニックはあらゆる人を説得するためにも使えますんで、コミュニケーションに興味があるすべての人におすすめ。
ジェンダー格差-実証経済学は何を語るか
ジェンダー格差が経済成長に与える影響を、経済学の視点から解説した本。単なるフェミニズム的な主張ではなく、どこまでもデータをもとに話を進めてくれるし、割と手堅めな研究をメインに取り上げてくれるので安心して読めました。
「パレオな男」を読んでいる方であれば、「女性は生まれつき理系が苦手」みたいな話を信じている人はいないでしょうが、本書ではその程度の話にはとどまらず、おもしろいポイントが満載。
- ジェンダー格差の起源は産業革命以前の農業にさかのぼれるんじゃないか?説(過去に定住式の農業をしていた地域ほど、男女格差が大きいそうな)。
- 女性が労働に参加すればするほど家庭内における意思決定権や自律性などのエンパワーメントの指標は向上する。
- ジェンダー意識が弱い国では、高学歴な女性ほど子どもの数が多い。
- 中所得国では女性の労働参加率が低いが、低所得国と高所得国では高い。これには社会規範の影響が大きいのだと思われる。
- 社会のジェンダー規範が格差にもたらす影響はめっちゃ大きい。
といった話をもとに、ジェンダー格差の解消が労働力の質と量を向上させることが強調されていて納得感がありますね。帯コピーの「日本停滞の理由がここにある」って文句はさすがに言い過ぎでしょうが、いずれも知っておきたい知識じゃないでしょうか。「インドで成人女性の賃金を引き上げたら、家事を担う女の子の学習機会を奪うことになった」「途上国での水インフラ整備が女性の労働参加を促さなかった」など、格差解消の実践にともなう難しさに触れてくれているのも良いですね。
イラク水滸伝
イラクの巨大湿地帯〈アフワール〉を現地取材したノンフィクション。なんでもこの湿地帯は、大昔から、迫害されたマイノリティや権力に抗うアウトローたちが逃げ込む場所として機能し、イラクの主流とは異なるライフスタイルを独自に発達させて来たんだそうな。
舟で移動しながら生きる水上の民「マアダン」と暮らしたり、廃れた技術を蘇らせて古代の舟「タラーデ」を作り上げたり、謎の古代宗教を信奉するマンダ教徒と接したりと、筆者が直にゲットしたネタがおもしろいのはもちろん、視点のレイヤーがガンガンに変化する書きっぷりが超楽しいっすね。
さっきまでイラクの食事の話をしていたと思えば、そこからいつのまにか古代史の話が始まり、かと思えばフセイン軍に抗った「湿地の王」たちを描きつつ近代の地域史にスライドし、さらにはローカルな民芸品のおもしろさを語りだし……って感じで、鳥の目と虫の目をシームレスに行き来する語り口が続くもんで、酩酊感に似た読み心地があるのが良いですな。
その結果、最後には古代史や近代史だけでなく、国際関係、アート、食文化など、複数の視点から中東のオリジナリティが浮かび上がってきまして、明るい蛍光灯の下で闇鍋を食べてるような気分になりました(わかりづらい例え)。
千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話
千葉を出ないままルーマニア語を習得した著者が、ルーマニアの文壇でデビューを果たすまでを描いたノンフィクションエッセイ。
完全に引きこもりだった著者が、ルーマニア映画に興味を持ったことから、独学でルーマニア語の学習をスタート。Facebookで無差別にルーマニア人へメッセージを送って言語を磨き、ついにはルーマニア語で短編小説を書くまでに至ったうえに、ルーマニア語の小説家としてデビューを果たしちゃうんだからすごい。引きこもり生活を送る人を勇気づけてくれるだけでなく、「なんか新しいことをしたい」「なんか日々モヤモヤする」といった問題を抱える人のモチベーションも高めてくれる、ナイスな一冊じゃないでしょうか。
特に印象深いのは、著者が中二病マインドの良い面を肯定しつつ突き進むところ。「他人と違う俺カッケー」から始まったモチベーションが、それがやがて学習と成長の楽しさに切り替わり、最後は大きな達成にまで至るプロセスは、50手前でも中二病が抜けない私のような人間には、大きな慰めになりました。本人が自分の「痛さ」も認識しつつも、それを肯定的にリアプレイザルしているのも良いですね。
自由研究には向かない殺人
イギリスの小さな町で起きた過去の失踪事件の真相を、高校生が自由研究の一環として探る話。基本はジュブナイル・ミステリなので、ネジの外れた猟奇殺人鬼が出てきたり、天才犯罪者の手による不可能犯罪が描かれたりもしないんだけど、とにかくプロットの緻密さがハンパなくてビビりました。
謎が謎を呼ぶ展開をハイテンポでたたみかけ、二転三転するストーリーを自然に提示するテクニックはジェフリー・ディーバーを超えていて、「地味な話なのに読まされてしまう!」って感覚をひさびさに味わいました。私も常日頃から「おもろいものを書くにはデータを出す順番が大事だよなー」みたいなポイントを心がけてますが、これだけ込み入った物語を伝える作者さんの情報提示力には頭が下がりますね。
その上で、最後まで読むと「差別とソーシャルメディアが現代人のメンタリティに与える影響とは?」みたいなテーマまで浮かび上がるようになっていて、手軽に読めて何か教訓まで得た気になれるんだから、エンタメとしては隙がない一冊じゃないでしょうか。幅広い読書好きにおすすめ。