2021年10月に読んでおもしろかった7冊の本と2本の映画と、その他もろもろ
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2021年10月版でーす。新刊に取りかかりはじめたせいでジリジリと読書数は下がってまして、今月に読めたのは29冊ほどでした。なかでも良かった7冊をまとめてみます。
なぜ心はこんなに脆いのか:不安や抑うつの進化心理学
「病気はなぜ、あるのか」で進化医学を世に知らしめたネシー先生の新刊。今作のテーマは「なんで心の病は進化の過程で生き残ったの? こんなに苦しい状態が淘汰されなかったのはなんで?」って感じでして、精神の働きを進化の視点からマッピングしてくれててまことにありがたい本でした。
なかでも、序盤で出てくる「体と心が病気に対して脆弱である6つの理由」は納得感が強く、病気への脆弱性を理解するだけでなく、幸福度アップを考えるためのフレームワークにも使えるんでは?とか思いました。
ナラティブ経済学: 経済予測の全く新しい考え方
「アニマルスピリット」などで有名なロバート・シラー先生による、「これからの経済学はナラティブを組み込んだほうがいいんじゃないの?」って提案をまとめた本。ナラティブってのは「物語」のことで、ビットコインが「まったく新たな自由をもたらす貨幣システムだ!」ってストーリーで拡散したり、「不動産の価格は必ず値上がりする!」ってストーリーでバブルが起きたりといった経済の流れを意味してます。
まー、あくまで試論みたいな話で、「ナラティブ経済学」として実用できるレベルではないんですけど、ここであげられてる「いかに人間がナラティブで駆動するか?」の事例がこれでもかと詰め込まれていて、読み物として楽しい一冊でした。ビジネス書として読んでも、いろんなヒントが詰まってるんじゃ無いかと。
多様性の科学
「失敗の科学」で有名なマシュー・サイドさんの新刊。とにかく多様性がある組織は強い!CIAが失敗したのも、グッチが成功したのも全て多様性の有無に差があったからだ!ってのを、具体的なエピソードをガンガンに詰め込んで提示した一冊。
「多様性」というとどうしても人権のイメージがつきまといますけど、それだけにとどまらず、多様性は人類を反映させてきた根本原理なんだよなーみたいな気になれるナイスな本でありました。
探究する精神 職業としての基礎科学
言わずと知れた天才、大栗博司先生が少年時代から現在までの来し方を振り返る半世紀。子供のころから日常の小さなことに好奇心を持ちまくる様子が虚栄心ゼロで描かれていて、日本版「ファインマン先生」を読んでるような気持ちになりました(大栗先生はあれほどイタズラ好きじゃないですが)。
個人的に「特に現代では好奇心こそが最強のソフトスキルじゃなかろうか?」とか思ってまして、あらためて素朴な探求する精神のおもしろさを思い出す一助になった次第です。
短くて恐ろしいフィルの時代
国民が6人しかいない架空の超小国を舞台に、独裁とジェノサイドを寓話化したお話。といっても生真面目な小説でもなく、興奮すると脳が落ちる独裁者とか、半透明の皮膜からフィラメントが伸びる肉体とか、有機体と無機物が混ざり合ったキャラが織りなす悪趣味ギャグが満載な感じは、クローネンバーグ映画を思い起こさせる悪夢っぽさがあって好みでした。
ちなみに世の中の寓話としては、たんにメジャーな権力者の腐敗を描くだけでなく、統治される側のダメさみたいなのも表現されてて、そこらへんもいいっすね。
ザ・ロード
マッカーシーの代表作をやっと読み終わり。なんらかの理由で破滅して「北斗の拳」化した世界のなかを、父子がひたすら地獄めぐりをくり返す話で、殺人やら人肉食やらの描写が続く陰惨な展開ながらも、読んでいるあいだはひたすら強烈な虚無と諦念の感覚がただよう作品になっておりました。
なにか「これ」といったストーリー展開があるわけじゃないんで、血湧き肉躍る世紀末活劇を想像すると死にますけど、私のように「破滅した後の世の中を静かに観察したい」という欲望がある方にはお勧めです(笑
ナイルパーチの女子会
「女子会」ってタイトルのせいで「こんなオッサンが読んでもなー」とか思ってたんですが、いざ読んでみたらアラびっくり。360ページちょいがあっという間のおもしろ本でありました。
人間関係の距離感の下手な女性たちが友情をめぐってプチ地獄を展開する物語で、サイコスリラーやホラー小説ではないのに、読んでるあいだはとにかく「ヒー!」と言いっぱなし。単に二人の女性が箱根に旅行に行くだけのシーンで、ここまで緊張感を出せるとは!とか、いろいろ驚かされました。
空白
娘を事故で失った父親が、モンスターペアレント化して暴走する話。ただし、たんにモンスターペアレントの恐ろしさを描くわけではなく、中盤からは「どうやって人生のよるべなさと折り合いをつけるか?」みたいな展開になりまして、誰にでも共感できる精神の流れを描いてていい感じでした。
古田新太が演じる主役の父親が、他人を攻撃することでしかコミュニケーションが取れない人間像を好演しまくってて、同じようなタイプの父親に育てられた私としては、見ながらずっと松坂桃李と同じ表情になってました。
THE MORE(ザ・モール)
一般人の料理人がウソをついて北朝鮮に潜入して、国の幹部と武器の密売を行う様子を実際に記録したドキュメンタリー。ウソみたいな設定ですが、全編が完全にガチでして、主人公が北朝鮮流のもてなしを受けるシーンは私が平壌で体験した結婚式にそっくりで笑ってしまいました。
というか、北朝鮮が国ぐるみでアフリカの小国に兵器工場を作り、その上に隠れ蓑としてリゾートホテルを作ろうとするあたりは、「007シリーズ」の悪役さながらで腰が抜けました。んー、すごい……。
その他、おもしろかったもの
- 六人の嘘つきな大学生:就活を舞台にしたデスゲームみたいな話。一部のトリック(というか仕掛け)に納得いかないところはありつつも、いったん手にしたら一気読み必須のページターナーぶりにビビりました。
- メタモルフォーゼの縁側:58歳差の老婆と少女が、BL趣味だけをもとに友情を育む話。主人公ふたりが、好きなものをベースにゆるく人生を変えていく様子に、「人生の変化はこれぐらいがちょうどいいよなー」とか思った次第です。
- ジェンダーと脳――性別を超える脳の多様性:「実は男女の脳には違いがない!」みたいなデータも増えてきた昨今ですが、本書でも「みんな男らしい脳と女らしい脳のミックスだから、男脳とか女脳とか言ってもしょうがなくない?」ってあたりを端的にまとめてて有用でした。かつては、人種についてピンカー先生が似たようなことを言ってて、まぁそりゃそうですよねーみたいな感じでありました。