2022年7月に読んでおもしろかった5冊の本と、2本の映画と、その他もろもろ
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2022年7月版です。あいかわらず新刊の作成で死んでまして、今月に読めたのは12冊ほどでした。今年はもう読書はあきらめるしかないな……。
脳の地図を書き換える
「あなたの知らない脳」や「あなたの脳のはなし」など、脳の不思議をエンタメ寄りで語るのがうまいデイヴィッド・イーグルマン大先生の新作。今回は「ヒトの脳はめちゃ柔軟だぜ!」ってのがテーマで、この柔軟性を使って、「人間に新たな感覚を生み出すには?」や「いかに人間の機能を拡張するか?」ってとこまで話を進めていて、上質なハードSFを読んでいる気分にさせられました。
読んでいくと「うおおー!これは未来はすごいことになりそうだ!」って希望に満ちてきまして、もっと長生きせんとなぁ……とかつくづく思いますね。一方で、「脳の可塑性を勉強に活かす方法」のような実用的な話はないので、そこらへんを求める方は別を当たってくださいませ。
代替行動の臨床実践ガイド
「悪いとわかってもつい飲んじゃうんだよなぁ……」とか「勉強しなくちゃいけないのにまたSNSを見ちゃった……」みたいな問題にお悩みの方は多いはず。こういった悪癖を修正するためには「いかに代替行動を考えるか?」ってのがもっとも重要でして、要するに「タバコを吸いたくなったらガムを噛む」みたいに、悪癖に変わる代理行動を決めておくわけですな。
その点で本書は、薬物やリスカといった大変な問題から、ゲーム依存、夜ふかし、家族とのコミュニケーションといった誰でも人生で体験するだろうトラブルの例をあげ、すべてに詳細な事例をつけて「こういうふうに代替行動を用意すればいいよ!」ってのを教えてくれるんで、やめられない悪癖をお持ちの方であれば、なにかしら役に立つ知見を得られるはずであります。
脳の配線と才能の偏り
「天才ってなに?」って問題を、脳の特性の方よりから解き明かしていく本。具体的には、学習障害、ADHD、不安症、統合失調、自閉症スペクトラムなどの症状を参照しつつ、すば抜けた成果を示す人たちは、それぞれの脳の偏りがもたらすメリットを活かしてるんだよーっって話が展開されております。
まー、正直、明確な証拠をぶっとばして議論が進むところが多いので、本書の主張をすべてうのみにできない感じではあるんですが、
- 不安な人は集中力と細部へのこだわりがすごい
- 自閉的な人はシステム設計の能力が高い
- ディスレクシアは独創的思考がある
といった説には非常に興味をひかれますね。不安や注意力のなさに悩む人が、自己の理解を深めるために読むとよろしいんじゃないでしょうか。
プリズン・ブック・クラブ
刑務所で行われた読書会に1年参加したジャーナリストの体験談。このブログでは、よく「小説の効能」をうったえてるんですが、あくまでデータをもとにした説明なので、ピンと来ない方も多いのではないでしょうか。
しかし、その点で本書は、殺人犯や詐欺師といったゴリゴリのワルたちが、「怒りの葡萄」や「二都物語」といった文学に触れる中で、時に自分の罪への贖罪意識を吐露させ、時に他者とのコミュニケーションに目覚め、時に異なる視点から物事を見るおもしろさを知り……などなど、ガンガンに人間の幅を広げていく様子を感動的に描いてまして、「これぞ読書の効能!」といった感覚を腹落ちさせてくれる内容になっておりました。
ちなみに、本書ではグラッドウェルの「天才!」みたいな本も取り上げられてるんですが、「グラッドウェルの本はおもしろいけど実用性が低いよなー」みたいな、わりと芯を食った批判が出てきたりして笑ってしまいました。
脂肪の塊/ロンドリ姉妹~モーパッサン傑作選~
モーパッサン先生といえば「女の一生」が最高に好きな一冊なんですが、代表的な短編を集めたこちらも非常によかったです。全体的には「特定の人間関係になんらかの変化が起きた際に起きる気まずさ」みたいなものを的確に描写する小説が多く、東京03のコントのような作品が好きな方なら喜んでいただけるんじゃないかと。
個々の作品でいうと「脂肪の塊」も良いものの、個人的には「ロンドリ姉妹」の「なんじゃそのトボけたラストは!」ってオチが好きでした。
呪詛
やたら評判になっていたので鑑賞。「リング」や「呪怨」のように拡散する呪いを描くホラーで、「蠱毒!」「血を吸う神!」「呪文!」など、アジア特有の「じっとりした禍々しい」をていねいに描いていて、急におばけが出てきてビックリさせるような場面は2箇所ぐらい。ジワジワと不気味さを積んでいく作劇に好感を持ちました。
でもって、最初のうちは「いろいろなタイプの恐怖を詰め込んでるなー」とか「サービス精神あるなー」ぐらいの感覚で見てたんですけど、ラストあたりで話が一変して「◯◯の◯を壊す系ホラー」に転調し、最後は「人間がやっぱり怖いよねー系ホラー」として、観客に嫌な感覚を突きつけて終わるんですよね。いわゆるビジュアルノベルの「◯◯◯◯文◯◯!」に近い仕掛けで、このやり口にはめちゃくちゃ感心させられました(伏せ字ばっかですんません)。
ちなみに、この仕掛けってのが、「作品のストーリーそのものが現代におけるバイラル・マーケティングになっている」って構造になってまして、その狙いどおりにちゃんとヒットしてるのもすごいところっすね。いやー、勉強になりました。。
リコリス・ピザ
1970年代のアメリカで男子高校生と年上の女性の恋愛を描く話……なんだけど、別に主人公たちの恋愛を細かく描くわけでもなく、次々に出てくる濃いキャラが織りなす珍妙エピソード集みたいな話になってます。
その点で、ストーリー展開に多くを求める人には退屈な映画になるかもですが、どのシーンも「ノスタルジー」を極めたような演出がなされていて、見ているうちに「70年代のアメリカなんか知らんのに、なんか懐かしい!」って気分にさせられるのがツボでした。基本、映画ってのは記憶の芸術みたいなとこがあるんで、観客の記憶をうまくコントロールしてくれる作品は問答無用で名作。
その他、よかったもの
- かが屋単独ライブ「瀬戸内海のカロ貝屋」:無駄な描写とセリフをいっさい省いた、究極の削ぎ落としエンタメ。観客のお笑い能力を完全に信じてくれていて、最低限のフリと演出で笑わせてくるスキルが本当にすごいと思う。
- 文字渦:文字にまつわる小話を集めた一冊。それぞれの話は、ハードSFのようでもあり、ミステリのようでもあり、パスティーシュ小説のようでもあり、人文系の論文のようでもあり……って感じでして、ジャンルにとらわれない変なテキストを読みたい!って方にはかなりおすすめ。ただ、本当に読みこなすには高度な教養が必要なとこがありまして、読んでてまったく意味が取れない話が3〜4つぐらいあったことを白状しておきます(笑