2022年9月に買って良かった7冊の本
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2022年9月版です。新刊の作成が盛大に遅れてまして、今月読めたのは20冊ほどでした。
ステータス・ゲームの心理学: なぜ人は他者より優位に立ちたいのか
「人間はみんなステータスが大好き!」「みんな自分の地位をいつも気にしていて、それが人間社会を規定しているよ!」みたいな本。いかに人間がマウンティングが好きな生物かってあたりを、心理学や人類学の知見を総動員して教えてくれていて、社会を理解するフレームワークのひとつとして知っておくと役に立つんじゃないでしょうか。「進化論マーケティング」でいう「高める本能」をガッツリ取り扱った内容ですね。
特に最終章の「ステータス・ゲームを生き抜くための7つのルール」では、マウンティングが加速し続ける現代をうまく生き抜く知恵がサラッとまとめられていて、「この章だけで1冊にできるのでは?」とか思いました。この7つのルールを守るだけでも生きやすくなる人は多いんじゃないかなぁ。
才能の科学 人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法
「失敗の科学」でブレイクしたマシュー・サイドさんの旧作を再刊した一冊。「人間の才能は伸ばせる!」「意図的な練習が大事だ!」って内容で、グラッドウェルの「天才」とかエリクソンの「超一流になるのは才能か努力か?」の流れに連なる本ですね。
ただ、本作が類書と違うのは、著者のサイドさんが元アスリートで、本人の実体験を科学的な知見と接続しているところでしょう。おかげで議論にストーリー性が出ていて読みやすく、頭に入りやすいんですよね。
ただし、本書で使われる「1万時間の法則」は近年コテンパンにされているので、そこはくれぐれもご注意ください。この点については、訳者の山形浩生さんが過不足ない解説をしてくださっているので、はじめに後書きを読んだうえで本文に進むほうがいいでしょう。
認知行動療法の哲学ーストア派と哲学的治療の系譜
「認知行動療法がやってることストア派がやってたことと同じだ!」って考え方をベースに、古代の哲学と現代の心理療法を接続してみせた本。ストア派と認知行動療法のどちらも大好きな私にとっては、まさにオレ得な内容でありました。
まー、これを読んだところで、すぐにメンタルが強くなったりはしませんが、認知行動療法の背景にある思想を知っておいたほうが、長期的なセルフケアの効果を得やすいはず。認知行動療法をさらに深く使いこなしたい方にはおすすめです。
執念 覚悟に潜む狂気
60歳を超えながら、いまも第一線のボディビルダーである合戸孝二さんの半世紀。そのご尊顔は「ザ・きんにくTV」で拝見できますので、気になる方はどうぞ。
合戸さんは筋トレの鬼として知られる人物で、伝説的なエピソードを山のように持っているんですが、なかでも「ステロイド治療を受けるのが嫌で左目を失明した」という話には驚愕のひとこと。ステロイドを使うと大会に参加できないので、自ら治療を打ち切ったと言うんですな。まさに鬼。
2022年6月に読んだ「一八〇秒の熱量」もそうでしたが、こういった「行ききった人」の話を聞くのが好きな方なら、本作もお楽しみいただけるでしょう。ベンチプレスを最大重量で20セット以上やったり、減量中にクロワッサンを食べたりと、独自すぎるトレーニング理論もふくめて、ヒーヒー言いながら読ませていただきました。
レペゼン母
「ミソジニーなディスで負けた義理の娘のために、60代のおかんがラップバトルの舞台に立つ!」という小説現代の長編新人賞受賞作。というと、「そんな事がありえるか!」と思う方もいるでしょうし、実際のところ都合がよい展開もあるんだけど、エモーションの流れがきれいなので最後まで楽しめました。
特筆すべきは、おかんのリリックに説得力があるところで、「おかんからこんなことを言われたら確かに勝てないな……」と思わせる言葉選びが絶妙。おかんが巨漢のMCを叩きのめすシーンには、「ロッキー・ザ・ファイナル」を思い出させる熱さがありますね。読みながら思わずゴンフィンガーでありました。
N/A
タイトルの「N/A 」は「not applicable」の略で、「自分はどの世界にも属せないなぁ……」と感じる女子高生を主人公にした文學界新人賞の受賞作です。「自分の立ち位置を表す言葉がない!」って問題に悩む人間の心理を細かく切り取っていて、「わかるー!」と思わされる方は多いんじゃないでしょうか。
いまでは多様性を描いた作品は珍しくないですが、ここでは「現代ではマイノリティもざっくり回収されちゃうよねー」って視点が強調されてまして、そこが他にないナイスポイントですね。また、多様性の増加ってのは、人によっては居場所を提供してくれるものの、人によっては所属の喪失にもつながるもんで、そこも大事だなーとか。
減速する素晴らしき世界
「現代では世界中で成長スピードが鈍化している! しかし、この減速はすばらしいことなのだ!」って主張を、世界の人口動態やらGDP成長率などをもとに解き明かしていく本。現代では停滞こそが当たり前で、人類はラットレースから脱却しつつあるのだ!みたいな話ですね。
で、本書のアイデア自体はおもしろく、徹底したデータの提示も楽しく読んだんですが、決して皆さまにオススメできるわけではないのが難しいところです。というのも、本書であつかわれるデータは、ウィキペディアの記事数とか、オランダの出版点数とか、風変わりなものが多く、「別の指標を選んだら結果が変わるのでは?」って疑いが晴れないもんで。
また、「所得は増加していない!」って話についても、実質賃金の中央値じゃなくてアメリカの賃金総額を使っていたら違う結論になった気もしますしねぇ。さらには、本書が「日本は減速のトップランナーだ!最先端の国だ!」とかいってほめてくれるのはいいんですけど、「数十年におよぶ経済停滞のせいで自殺率が高止まりしてるのはどうなんですか!」ってあたりも、めっちゃ気になりました。
ということで、手にとってみてもいいとは思うものの、眉に唾をつけまくりながら読むのが苦じゃない方にのみ推奨ということで。