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デジタル疲労の正体:僕らの脳は、まだ“通知社会”に進化していないぞ!って本を読んだ話


デジタル疲労(Digital Exhaustion)」って本を読みました。著者のポール・レオナルディ教授はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の先生で、テクノロジー・マネジメント(技術経営)を専門にしている人らしい。デジタルツールが人間の仕事・思考・組織に与える影響をずっと調べてるそうで、本書もまたスマホが現代人に与える影響をガッツリ調べてくれてて大変勉強になりました。

 

本書が狙った内容はタイトルのとおり、「テクノロジーは私たちに『便利さ』よりも『疲労』を与えている!」って感じでして、昨今のデジタルミニマリズムにつながる問題意識ですね。ということで今回も、本書からためになったポイントを見てみましょうー。

 

  • 人間の脳は体重の2%しかないが、消費エネルギーの20%を使っている。といっても、その大部分は呼吸や体温維持などの自動処理に費やされ、「思考」に使える燃料はわずかしか残らない。それにもかかわらず、現代人の多くは1日1200回もアプリを切り替え、数百件の通知を受け取り、無限にスクロールを行っている。そのたびに脳は血流を切り替え、神経回路を再構築し、ほんの数秒の“タスク切り替え”でエネルギーを消耗し続けてしまう。結果として脳のエネルギー切れが起こり、怠けているわけでも、集中力が低いわけもないのに、なにもできなくなる。

 

  • 神経科医のリチャード・サイトウィックは「脳の予備エネルギーは非常に薄く、注意の切り替えだけで簡単に枯渇する。」と指摘する。つまり、デジタル疲労とは、意志の弱さではなく、**「有限の脳エネルギーが、無限の情報負荷にさらされる物理現象」なのだと言える。

 

  • 実際のところ、レオナルディ教授が12カ国・1万2000人を20年間追跡した研究によると、現代人がデジタルに感じる疲労度のスコアは2002年の2.6点から、2022年には5.5点(満点6)へ急上昇している。これもまた、現代のテクノロジーによる脳エネルギーの枯渇が原因だと考えられる。

 

  • 多くの人は「新しいアプリやAIを導入すれば仕事が楽になる」と信じているが、現実にはツールを増やせば増やすほど混乱が増すことのほうが多い。Slack、Zoom、Notion、SharePointなど、すべては「便利さ」を約束して登場したはずなのに、すべてを使いこなそうとした結果、多くの人は脳の中で“渋滞”が発生し、なにもできなくなっている。

 

  • レオナルディ教授の調査では、現代の知識労働者は1日57分をアプリの切り替えに、30分を「どのツールを使うかの判断」に費やしていた。つまり、1日の約1時間半を「作業」ではなく「ツール選び」に浪費していることになる。

    教授が調べたあるサンプルは、それまで36個のツールを使っていたが、試しにその半分を削減したところ、半年で疲労スコアが40%改善。本人は「ツールを捨てたら、自由が増えた。まるで部屋の片づけみたいだった。」と答えている(あくまで個人の体験談ですが)。

 

  • スマホ疲れの本質は「情報過多」ではなく、実際に脳を削っているのは「解釈」である。たとえば、上司から「OK」とだけ書かれたメッセージが届いたときに、私たちの脳は反射的に「怒ってる?」「冷たい?」「忙しいのかな?」と考え始め、その数秒間に、脳は膨大なパターン照合をする。

    この“推論疲労”こそが、現代人を悩ませる脳ストレスである。デジタル空間では、声や表情、間の取り方といった文脈が欠けているため、リアルなコミュニケーションよりも常に“読み解く労力”を強いられる。そのせいでリアルよりも脳疲労がブーストし、神経が疲れきってしまう。

 

  • スタンフォード大学の研究では、Zoom会議で自分の顔を見続けることで、「1日中、鏡の前で仕事をするのと同じストレス」を生むと報告している。教授が調べたあるサンプルは、「授業中、自分の表情ばかり気にしてしまう。ちゃんと笑えてるか、相手に伝わってるか。でもそのせいで、半分くらい内容を聞き逃してしまう。」と証言しており、このようなメンタリティは現代人の多くに共通する可能性が高い。

    つまり、私たちは相手の感情を読み解きながら、同時に“自分の印象”も監視しており、脳が二重労働をしている状態なのだと言える。

 

  • レオナルディ教授は「境界を持つ人ほど、エネルギッシュだ。」と指摘する。教授自身が行った研究によれば、メッセージを“決まった時間だけチェックする人”は、社内で重要な情報を特定できる確率が88%高かった。その理由は簡単で、テクノロジーに境界を作る人ほど集中時間が長くなり、「情報のパターン」が見えるようになるからである。

    レオナルディ教授の調査では、たとえば「趣味の楽器を練習している間の2時間だけ、すべての通知をオフにする」と決めた被験者は、最初は「大事な連絡を逃したらどうしよう」と不安に襲われたが、数日後には「むしろ余裕が生まれた」と語っている。逆に、「返信の速さが信頼の証」と信じて常時接続型の働き方をしていた被験者は、上司から「もっと考えて返してほしい」と指摘されることが多く、しかも同僚たちは彼の即レスをほとんど覚えていなかった。

 

  • AIはデジタル疲労の“救世主”にも“終末兵器”にもなり得る。理想的な未来を想像してみると、AIがメールを勝手に要約してくれて、Slackのスレッドを2行でまとめてくれて、自分の言葉遣いで返信まで代筆してくれる。このようになれば、脳のエネルギーはクリエイティブに使えると思われる。

    しかし、いまのところ、多くの企業ではAIが文書を量産し、受け取った側がまたAIで要約するという「AI疲労ループ」が起きている。ある企業では、社内文書の70%がAI生成で「長いけど中身がない」「読む気がしない」文章が雪崩のように増え、社員たちはかえって情報過多に陥っていることが報告されている。私たちは今、AIが疲労を減らす世界と、疲労を永遠に続かせる世界の分岐点に立っており、AIをどう使うかで人間の集中力の未来が決まるかもしれない。

 

  • ここまでを整理すると、デジタル疲労は「テクノロジーのせい」ではなく、「人間の脳が設計上、無限刺激に耐えられない」ことが根本原因だと言える。そのため、現代で脳を守るためには、以下のような介入を積むしかない。
  1. 通知は「1日2回チェック」で十分:通知のたびにドーパミンが分泌され、注意の再起動が発生。朝と夕方だけ“まとめチェック”で脳を守る。

  2. ツールは「1機能1アプリ」に絞る:似た機能を持つアプリを重複して使うと、切り替えコストが跳ね上がる。

  3. メッセージは「事実→感情→行動」の3行以内:曖昧な文章は相手の推論疲労を招くため、「伝える」より「解釈されやすくする」ほうが重要。

  4. 1日のうち2時間は「通知ゼロタイム」を作る:ビセンテ式の“無通知タイム”を持つだけで集中の質が変わる。

  5. AIは「要約と代行」に限定して使う:生成ではなく整理に使うことで、AIを「疲労削減マシン」に変えることができる。

 

 

ということで、「デジタルが私たちの集中力を奪っている!」って話は近年珍しくないですが、本書はその研究を続けている第一人者が、自らのデータをもとに論を展開していてよろしいですね。とにかくデジタル疲労を防ぐには、自分の意志のなさを責めるのをやめて、脳に優しい生き方を実践するってのが大事なんでしょうなぁ。

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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