メンタルを改善しようとしたはずが、気づけば“セルフケア疲れ”になりがちな理由とは?
「なんだか気分が重い……」「寝ても疲れが取れない……」みたいなときに、ネットや本で「メンタル改善法」を探す人は多いはず。すると、たいていは以下のようなアドバイスが出てくることでしょう。
- 朝のルーティンに瞑想を取り入れてみよう!
- ジャーナリング(日記)で感情を整理してみよう!
- 週末は趣味の時間を作って気分転換しよう!
- サポートグループに参加して、同じ悩みを持つ仲間と話してみよう!
もちろん、これらの方法自体はどれも悪くないし、データの裏づけもあるし、私もやってたりするものばかりでして、決して悪いものではございません。
ただ、その一方で、こんなふうに思ったこともあるんじゃないでしょうか?
- いや、それができる元気があったら、そもそも悩んでないんだよなー
- 朝から瞑想とか日記とか、そんな余裕あるわけないんだよなー
これは「メンタル改善あるある」のひとつで、心がめっちゃ疲れているときに「やることを増やす」のって、逆にストレスになることがあるんですよ。それだけならまだしも、「さらにタスクが増えた気がする……」と感じて、余計に落ち込むことだって十分考えられるわけです。
では、この“あるある”はなぜ起きるのか? ってことで、そこらへんを調べたデータ(R)がイギリスのバース大学から出てたので、くわしいところをチェックしておきましょう。
この研究の主なテーマは、簡単に言えば「人は他人のメンタルに対して、どんなアドバイスを与える傾向があるのか?」というもの。特に注目したのがアドバイスの“方向性”で、つまり、
- 加算的(Additive)アドバイス:新しい行動や習慣を“増やす”
- 減算的(Subtractive)アドバイス:有害な習慣を“減らす”かやめる
ってことで、この2つのタイプのアドバイスのうち、どちらがより多く出てくるのか?という点を徹底的に調べた内容になっております。
では、実験の中身を簡単にまとめてみましょうー。
実験その1:どっちのアドバイスが多い?
研究チームは、まずはAmazon MTurkを使って集めた約240人の参加者に対し、「不安に悩んでいる人」や「うつ傾向がある人」の事例を提示。そのうえで「この人にどんなアドバイスをしてあげますか?」と質問して、どんなアドバイスが返ってきたのかを確かめております。
すると、結果はかなり明快でして、大半の人が提案したのは、
- 「運動を始めるべき」
- 「趣味を増やして気分転換を」
- 「日記を書いて感情を整理しよう」
といった“足し算系”のアドバイスばかりだったんだそうな。逆に、
- 「夜遅くまでスマホを見ないようにする」
- 「アルコールを控えよう」
- 「ネガティブな人間関係を断つ」
といった“引き算系”のアドバイスは、ほとんど見られなかったようで、とにかく「引き算」は軽視されがちだってことがわかりますな。
実験その2:どちらが手をつけやすい?
さらに次の実験では、参加者に「さまざまなアドバイスの効果や実行のしやすさ」についても評価してもらいまして、具体的には以下のような感じになってます。
- 加算的アドバイス
- 「ジャーナリングを始める」
- 「週1回サポートグループに通う」
- 「朝の時間にマインドフルネスを取り入れる」
- 減算的アドバイス
- 「飲酒の頻度を減らす」
- 「ギャンブルをやめる」
- 「SNSの使用時間を制限する」
でもって、すべての答えを比べたところ、参加者は一貫して“加算的アドバイス”のほうについて「効果が高い」「実行しやすい」と評価する傾向が強かったらしい。こちらでも、やはり「引き算」は軽視されがちですね。
つまり、「なにかを“始める”方が、“やめる”よりもラクそうに見える」という、直感的だけど矛盾したバイアスがあることがわかったわけです。不思議なもんですなぁ。
実験その3:AIはどうだ?
さらに研究チームは、これらの傾向がAIにもあるのかどうかを検証するため、ChatGPTにも同じように「うつや不安に悩む人へのアドバイス」を求めたんだそうな。
すると、その結果もやっぱり“足し算バイアス”が優勢で、瞑想、日記、グループ活動、運動……などなど、「〇〇をやってみてください」系のアドバイスばかりが出てきたらしい。まあAIってのは、人間が書いた膨大なテキストを学習してできているわけで、人間側に“足し算バイアス”がある以上は、それを学習してしまうのは当たり前だと思うわけですが。
ということで、ここまでの話を整理すると、
- 私たちは、他人や自分に対して「足す系のアドバイス」を好みがち
- 「やめる」「減らす」系の助言は、過小評価されやすい
- これは直感的な思考のクセ(バイアス)によるものである
みたいになります。基本的に私たちは、「足すこと」に傾きがちなバイアスを持ってるってことですね。研究チームは、この傾向を「加算バイアス」と呼んでまして、どうやら人間ってのは「問題の解決=何かを追加すること」と捉える傾向があるみたいなんですよ。
確かに、「仕事でミスが増えている」と感じたとき、多くの人は「もっと集中力を高めよう」「時間管理術を取り入れよう」といった方法を思い浮かべがちなんだけど、実際には「タスクを1つ減らす」「週1回は何もしない日を入れる」といった“引き算的アプローチ”のほうが有効かもしれないケースはよくありますからね。もし「加算バイアス」にとらわれたままだと、「引き算アプローチ」という大事な解決策を取り逃すことになるかもしれないわけです。
というわけで、今回の研究を通してわかったのは、
- 基本、人間は「足す」アドバイスを好むし、この思考のクセはAIも学習している
- このバイアスにとらわれると、「やめる対策」が頭に浮かばなくなってしまう
というポイントでした。もちろん、「ジャーナリングを始める」「マインドフルネスをやってみる」といった方法も効果的なんだけど、ともすれば私たちは“引き算”の選択肢を見逃しがちなバイアスに囚われがちなんで、何か新たな対策を考えたい時は、「本当に必要なのは、なにかを“足す”こと? それとも、“引く”こと?」みたいに考えてみるかもしれませんな。