2023年12月に読んでおもしろかった5冊の本と、1つの漫画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2023年12月版です。ここで取り上げた以外の本や映画については、Twitter(X?)やインスタグラムのほうでも紹介してますんで、合わせてどうぞー(最近はほぼインスタがメインですが)。
なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか
なんで現代人はこんなにバーンアウトしてるの?って問題を、歴史学と心理学の2方向から検討した本。著者の燃え尽き体験を交えつつ、人文方面から「疲労の歴史」を掘り下げる前半が特におもしろく、バーンアウトは古代から議論されてきた重要な問題だってことがことがよく分かりました(たとえば古代ギリシャでは、燃え尽き症候群はメランコリアと呼ばれ、魂の病気として位置づけられていたそうな)。
でもって、複数の文献を掘り下げたうえで、著者はバーンアウトを「仕事における期待と現実の狭間に引きずり込まれる経験」と定義しておられます。みんな仕事に多くを求めすぎで、そのせいでバーンアウトが起きるんだよーってのが著者の見立てであります。具体的には、
- 仕事とは単なる金稼ぎの手段ではない!生きがいなのだ!
- 仕事は人間に尊厳と目的の感覚を与えるべきだ!
みたいな考え方が、バーンアウトの元凶だって話ですな。このような考え方は何世紀も前から存在しているらしく、仕事に人生の理想を仮託しすぎる結果、理想と現実の差にうちのめされちゃうわけっすね。
となれば、当然ながら、小手先のテクニックではバーンアウトは解決できないわけで、マインドフルネスや休息などは対症療法にしかならないとバッサリ。その上で、1日わずか3時間しか働かない僧侶、障害のある芸術家、職業よりも趣味に価値を置く人々など、バーンアウトと無縁に暮らす人たちに取材を重ね、仕事に多くを期待せずに生きる方法を模索していく後半も参考になりました。
まぁ本書の提言を実現させるには、産業複合体の全面的な見直しが必要なので、一朝一夕には解決されない問題でしょうが、「たかが仕事!」の精神はもっと必要になるかもですな。
イーロン・マスク
言わずと知れた世界一の金持ちの評伝。著者のアイザックソン先生は、過去にアインシュタイン、フランクリン、ダ・ヴィンチ、ジョブズなどの伝記を手がけたベテランですが、同氏がこれまで出した作品のなかでは、「イーロン・マスクって歴史上最もうらやましくない天才かもしれんな……」って印象でした。アインシュタインもジョブズもそれぞれ人間性に問題を抱えた人間だったとはいえ、マスクさんほど辛そうな日々を送っている人はいなかったもんで。
というのも、「イーロン・マスクは技術のフロンティアを広げている」というビル・ゲイツの評価には賛成するものの、ここで描かれるマスクさんの生き方は、かなりハードモードなんですよ。
それもそのはずで、この人は、生まれつき協調性がない性格なうえに、そこに自閉症スペクトラムが拍車をかけ、そこに幼いころのいじめとソシオパスとおぼしき父親の子育てがあいまって、おそらく愛着スタイルにも問題を抱えてるっぽいんですな。そのせいか、マスクさんのハードワークぶりはどこか自傷的だし、トラウマに突き動かされながらも一向に満たされないままでいる姿には、最後まで切なさを覚えました。
ちなみに、マスクさんが金持ちになったのは、たまたま彼が持つ特性が時代とがっちり噛み合ったのが大きく、全体を見れば破産寸前だった時期のほうが多かったりもしますし、容易にマネしようとか思わないほうが吉。似た特性を持たない人が模倣を試みても、ハンパなストレッチゴールを立てだけで何も達成できず、周りから嫌われて終わっちゃうはずであります。
遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる
遺伝学というと「人生は生まれつき決まっちゃう!」みたいな話に使われがちだけど、実は「社会の平等」にも使える価値があるんだぞ!と主張する本。いまの遺伝学の知識をもとに、リベラル派と保守派をどちらも説得するという無理ゲーに挑んでいて、「その意気やよし!」と言いたくなる一冊っすね。
ただ、もともと難しいテーマに挑んでるだけあって、リベラル派を説得するためにちょっと勇み足になってないか?と思うとこもあるのが悩ましいところ。たとえば、DNAが個人の学歴やその他の社会的成果に影響を与えるって発見は、あくまでヨーロッパ圏の話でしかないのに、これを統一的な社会改革の根拠にしちゃうのは難しいんじゃないかと。
あと、全体として、遺伝子の重要性を誇張してるとこもチラホラありまして、環境の影響がだいぶ低く描写されてる印象もありました。養子縁組をした人を対象とした研究によると、多遺伝子スコアが及ぼす影響の約半分は、環境などの間接的なメカニズムを通じて作用しているはずなのに、遺伝子が異なれば、経験する環境も異なるってあたりは割と無視されてるんですよね。
というと、なんだか批判ばかりしてるようですが、ゲノムワイド関連解析や多遺伝子スコアといった、押さえておきたい知識が網羅されてますんで、読んだほうが絶対タメになる一冊ではあります。なんだけど、モヤっとするとこも多いなーみたいな感じですかね。
九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史
みんな大好き九相図を豊富な図版とともに解説した本。「朽ちていく死体でイメトレして煩悩(特に性欲)から逃れよ!」って発想が子どものころから好きだったので、本作もめっさ興味深く読まさせていただきました。
九相観の流れは知っていたものの、これが時代とともに一般層にも響くように変化していき、そのテーマが現代画家にも受け継がれていく流れは、日本美術の本ではあんま取り上げられないので、その点だけでも貴重ですね。
でもって、九相図の歴史を追ううちに、そこから日本人が考える“死”と“無常観”が浮かび上がってくる作りで、そこらへんもふくめて理解が進んでよろしゅうございました。
統合失調症の一族: 遺伝か、環境か
12人の子どものうち6人の息子が統合失調症にかかった、ギャルヴィン家の一代記。母親と2人の娘との交流やインタビューをもとにした作品で、かなり長大ながら、苦難に満ちた家族のストーリー、社会的な虐待の記録、医学の進歩といった複数のテーマが入り乱れて進み、最後まで引き込まれました。
1945年からスタートした一族の物語は、そのまま心理療法の発展ともシンクロしてまして、拘束!通電!薬物!といった原始的な治療が普通だった初期の治療法や、「精神の病は母親が原因」とする雑な精神分析などに両親が翻弄されまくる様子が続き、恐ろしいやら哀しいやら。特に序盤で延々と続く家族への暴力や自傷のエピソードはハードなんで、そこらへんに免疫がない方はご注意ください。
ちなみに、幸いにも近年は遺伝子の解析が進んだおかげで、統合失調症の予測と治療にも希望が出てきたものの、いまだ決定打は見つかっていないのはご存じのとおり。この現状に対し、ギャルヴィン家の末裔が統合失調症の研究者として参加するラストもホロリとさせられました。ギャルヴィン家の母と娘が、自分たちの人生の苦闘を科学の発展に活かすことに決めたところも含めて、かなり尊い一冊っすね。
Shrink~精神科医ヨワイ~
11巻まで読了。新宿の精神科医を主人公に、日本の社会問題と、それにともなう精神病の実態を描いたマンガ。心療内科をテーマにしたマンガは過去にもあったし、最近は当事者による作品も増えていますが、そのなかでも群を抜いて正確なうえに、丁寧に取材しているし、必要な情報をエンタメに昇華しているしで、まさに巻を措く能わずでありました。
解離性同一性障害 パニック障害、ほほえみ鬱などテーマも幅広く、どんな人でも「これは自分のことだ!」と思えるようなエピソードがひとつはあるはず。特に11巻のアンガーマネージメント編は、多くの人が抱える問題を的確に刺してるんじゃないでしょうか。ここで描かれる技法を実践せずとも、読むだけでも救われる人は多いでしょうな。
めっちゃ難しいテーマに挑んでいるんだけど、特定の学説や療法に肩入れしすぎず、病態ごとにバランスを取った描き方をしてるのもすごい。まぁ実際の現場はここまで爽やかな展開にはならないケースのほうが多いでしょうが、辛い事実だけを描けばリアルってわけでもないですからね。