認知的完結欲求を下げるのに効く小説はなんですか?【イベント質問のお答えシリーズ#6】
ということで、「対談イベントの質問にお答えしていくシリーズ」の第6弾です(#1,#2,#3,#4,#5)。今回は、対談イベントのもうひとつの最重要テーマである、「認知的完結欲求」に関するご質問にお答えしていきます。
認知的完結欲求は前回も軽く取り上げた観点で、「あいまいな状態を避け、なるべく早く確定的な答えを得たい」と願う欲求のこと。この欲求がデカいと、間違った結論に飛びつきやすくなるし、良いアイデアが出なくなったりするし、ストレスに弱くなったりするしで、いろいろと問題が起きちゃうんですよね。ということで、私は認知的完結欲求を「AIの時代にはいよいよ大事な能力だよなー」とか思ってるわけです。
では、認知的完結欲求について寄せられたご質問を見てみましょうー。
違和感はどこまで熟成すべきか問題
今回の認知的完結欲求に関する話で、小さな違和感の原因や解決策を即断しないで熟成することも大切と解釈しました。しかし、この熟成はどれぐらいすればいいのでしょうか?そして、違和感の正体や問題の輪郭を明確をするにはどういう具体的アプローチが必要でしょうか?
ってことで、シリーズ第1回でも見たように、創造性を鍛えるには「違和感を察知する力」が大事になるんですが、それだけではなかなか良い発想にまでは結びつかないのは当然のこと。気づいた違和感を脳の中で熟成させることで、頭の中で意外な情報が結びついて、思わぬアイデアにつながったりするわけです。
となると、この熟成期間をどれぐらい取るべきかってのが気になるわけですが、すごーく端的にお答えするならば、
- 死ぬまで!
ってことになりますね。というのも、「認知的完結欲求が大事だ!」って考え方が生まれた理由ってのは、
- そもそも世の中は混沌としている
- すべての生き物は、その混沌に当座のパターンを見つけて、どうにか生存し続けている
っていう超根本的な事実があるからです。つまり、常に変化し続ける環境の中で、どうにかして「その場をしのげる解を探しながら死んでいく」のが生き物の基本なんすよ。
この作業を行うためには、「いつ役に立つともわからない違和感を放置せず、かといって即断もしない」って状態のバランスを保つ必要があるのはわかりやすいところでしょう。言ってみれば、「認知を安易に完結させない態度」ってのは、生き物の生存メカニズムの根っこに関わる話でもあるんすよ。
って、なんだか小難しい話になりましたけど、何かモヤモヤすることがあったときに、「すぐに答えを出さなきゃ!」と思うのではなく「とりあえず頭の片隅に置いておこう」って姿勢を持つだけで、数日後、数週間後、あるいは何年も経ってから「あれってこういうことだったのか!」とひらめく瞬間が訪れたりすることは誰にでもあるでしょう。こんな作業の繰り返しで生き物は前に進んでいくものなんで、「考え続けるけど急がない」ってスタンスは、死ぬまで続くプロセスだってことになるんですよ。
この意味で、「熟成はどこまでやるか?」って問いは、それ自体が認知的完結欲求の考え方に反したものではありまして、「違和感やモヤモヤに向き合い続けるのが人生。違和感がなにかに結びついたらめっけもん」ぐらいにお考えいただくと良いんじゃないでしょうか。
ちなみに、ここでよく誤解されがちなんですが、「違和感を寝かせすぎて忘れちゃう」ってのも認知的完結欲求に屈した状態だと言えるので、そこはご注意ください。とにかく人間は違和感がもたらす不快感が嫌いなので、すぐに脳内から放り出そうとするんですよね。このように「忘れちゃう」って状態もまた「違和感にすぐに答えを出そうとする状態」のバリエーションとも言えますんで、日々メモしておいた違和感は定期的に振り返ってみるとよいでしょう(月イチぐらいでいいんで)。
違和感はどこまで熟成すべきか問題
認知的完結欲求が高いと、先入観や偏見等にも囚われやすくなると思ってます。確証バイアス等の対策、クリティカルシンキングにも活きてくるのかな~等と考えました。
そう思っていていいでしょうか?
その思っていただいて間違いありません! おっしゃるとおり認知的完結欲求が高いと、確証バイアスや先入観に囚われやすくなることはよく実証されております。どんなメカニズムなのかと言いますと、
- 早く明確な結論を出したい! よし、そのために都合のいい情報だけを採用するぞ!って心理になる(確証バイアスの発生)
- 不確実な状態は嫌だ!よし、 新しい視点や対立する意見は全部無視するぞ!って心理になる(先入観の強化)
- 常に一貫性を保ちたい!よし、 一度信じたものは、二度と変えないぞ!(認知的不協和の回避)
みたいな感じですね。認知的完結欲求が高いと、特定の結論に合う証拠だけを探しちゃうし、他の可能性を十分に検討しなくなるし、信頼できるソースを探さなくなるしで、誤った結論に飛びつきやすくなるんですよ。
で、当然ながら、これはクリティカル・シンキングにも関わる話であります。クリティカル・シンキングの本質は「柔軟性を持って考えること」なんで、認知的完結欲求が強いほど、以下のような問題が発生しやすくなっちゃいますんで。
- 「自分の考えが正しい」という前提が強まるので、多角的な視点を持てない
- 自分の結論に合う情報だけを選んでしまうので、クリティカルに考えるためのデータがそろわない
- 「どちらとも言えない」という状態を許容できないので、安易な答えにとびつきやすくなる
ここらへんは、どれもクリティカル・シンキングの大敵なので、よりよく考えるためにも認知的完結欲求の視点は必須と言えましょう。逆に言えば、クリティカル・シンキングを鍛えることで認知的完結欲求によるバイアスを抑えられるとも考えられますんで、ぜひ「あなたの『クリティカル・シンキング』レベルを計る7つのチェック項目」などを参考にしつつ、認知的完結欲求の対策を行っていただければと。
エロゲと認知完結欲求
エロゲは認知完結欲求を下げるのに効果ありますか?絵が動かず文章と声優さんの演技がメインの楽しみ方で、全クリに80〜100時間ほどかかるものが多く、疑似恋愛になるのでタルパにも繋がってきそうだと思ったのですが。
まー、なんせエロゲと認知的完結欲求を調べている人なんていないんで、判断が難しいっすね。ただし、これまでの「フィクションと認知的完結欲求」に関する研究をふまえてみると、以下のようなことが言えるかもなーって感じです。
- エロゲが認知的完結欲求を下げてくれるルート
- 多くのエロゲは ルート分岐がをあり、1つの選択によってストーリーが大きく変わるので、1つの結論にこだわる習慣が弱まる……かも。「全ルートを見ないと完全に理解できない」という状態が続くことで、未完了の状態に耐える訓練になる……かも。
- エロゲはテキスト主体なので、プレイヤーは映像ではなく脳内で状況を再構成する必要があるケースが多い。そのため、明確に説明されない情報を解釈する習慣が、認知的完結欲求を下げる方向に働く……かも。
- エロゲが認知的完結欲求を上げちゃうルート
- 「これがベストエンドだ!」みたいに明確な答えを求めるプレイスタイルになると、「正しい選択肢」を探すことに意識が向かうので、認知的完結欲求が上がる方向に働く……かも。
- ゲーム全般に言えることだが、ゴールのある遊びは「クリア=達成」という思考に直結することもあり、「早く確実な答えを出したい」という認知的完結欲求の強化につながる……ことがあるかも。
- すべてのエンディングを回収しようとすると、「選択肢を網羅すれば終わる」というマインドセットになるため、認知的完結欲求の強化につながる……かも。
ということで、なんとなくまとめていたら、基本的にエロゲは認知的完結欲求を上げる圧力として働きやすいかもなーとか思ったりしました。まぁこれについては推測でしかないし、AIと同じで使い方によって良い方向にも悪い方向にも使えるって感じなんでしょうな。とはいえ、「エロゲで認知的完結欲求が……」とか考え出すと、本来の用途を損ねることになりますんで、あくまでマインドフルネスにお楽しみいただくのが良いのではないでしょうか。
「認知的完結欲求を下げる小説」レベル1〜5まで
認知完結欲求を低くするためのオススメ小説家をレベル1から並べるとどうなるかをもう一度ブログの中で整理お願いできますでしょうか?
これは、「小説には認知的完結欲求を下げる働きがある」って文脈から出てきた話ですね。一般に、エンタメ系のわかりやすい小説や、ファクトを描いたノンフィクションよりも、「一読だけではよくわからない純文学」ほど効果が大きいとされてるんですよ。
で、イベントの中では岸本さんが翻訳した本の中から、中でも認知的完結欲求に効きそうな作家さんを選んでみたんですな。ただし、あの時は時間が短かったので、当日出た話に加えて、それ以降に私が考えたところもふくめて、岸本さんが手がけた小説をレベルごとに分類してみました。あくまで主観的な分類なので、「小説を読んでみたいなー」という方は、ざっくりした参考にしてみてくださいませ。
- レベル1(ある程度テーマも内容がわかるが所々に謎が残る):
- ジョージ・ソーンダーズ「短くて恐ろしいフィルの時代」「十二月の十日」など。ストーリーはわかりやすいし、ちゃんとオチもついたりするが、尖ったイメージが多い。
- トム・ジョーンズ 『拳闘士の休息』。 短編集で一話完結の読みやすさがあるが、各話のメッセージを熟考する必要があったりする。
- ニコルソン・ベイカー 『中二階』。 ほぼ主人公の内省だけで話が進むが、現実的な枠組みの中にあるため、思考の迷路に入りすぎることはない。個人的にめっちゃ好きな作品。
- レベル2(ストーリーに飛躍があり、論理的に整理しにくい部分が増える):
- ミランダ・ジュライ 『いちばんここに似合う人』『あなたを選んでくれるもの』『最初の悪い男』など。短編集で、日常の中に奇妙なズレがある話が多い。読み終えても「これは何だったのか?」という感覚が残ることが多い。
- スティーヴン・ミルハウザー 『エドウィン・マルハウス』。 少年の視点で綴られるが、文体や構成が独特で、現実と虚構の境界が曖昧になったりする。
- ジャネット・ウィンターソン 『オレンジだけが果物じゃない』『さくらんぼの性は』など。自伝的要素を含みつつ、構成が断片的で、時系列が直線的ではないため、頭の中で整理しながら読む必要がある。
- レベル3(明確なストーリーの枠組みが崩れ始める):
- ルシア・ベルリン 『掃除婦のための手引き書』『すべての月、すべての年』。 エピソードごとに視点が変わり、ひたすらイメージの連なりで進む。ただし、現実から遊離したイメージは少なめ。
- マーガレット・アトウッド 『ダンシング・ガールズ』。フェミニズム的視点と寓話的要素が強く、テーマはくみ取りやすいものの、読み手によって受け取り方がガンガン変わる。
- レベル4(一読しただけでは意味が掴めず、曖昧な情報のまま終わる):
- レイ・ヴクサヴィッチ 『月の部屋で会いましょう』。 SF的なアイデアを散りばめつつも、明確な世界観がなく、夢の中にいるような感覚になる。
- ジュディ・バドニッツ 『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』。リアルとシュールが入り混じり、寓話的なストーリーが多い。
- レベル5(読み方の幅が無限大になり、確定した意味を持たない):
- リディア・デイヴィス 『ほとんど記憶のない女』『サミュエル・ジョンソンが怒っている』。極端に短い文章や、エッセイのような断片が続くため、物語の連続性がほぼない。ただし、なんらかの強いエモーションは呼び起こされる。