「無」が最高の状態だってのはやっぱ正しそうだよなー、という実験の話
「無(最高の状態)」では「自己の感覚をなくすのが幸福への道だよー」みたいな話をしております。人間の悩みは”自己”の感覚から発生することが多いので、「無我にいたるといろいろ解決していいっすよ」みたいな感じっすね。
でもって、近ごろトゥールーズ大学などから出た研究(R)は、まさに「無我こそ幸せへの道なのだ!」って結論になってておもしろかったです。
これがどんな調査だったのかと言いますと、まずは研究チームのコメントを見てみましょう。
西洋人は、幸福になるためには、快楽や資源の蓄積、欲求の充足、人生の目標の達成などが必要だと考えがちだ。
しかし、快楽や業績を追求する行為は、実際には幸福の質と安定性を低下させる可能性がある。特に、自己へのこだわりが強い場合、つまり自分の幸福に強くとらわれている場合はそうなりやすい。
「無(最高の状態)」でも書いてるとおり、いまの心理学は「幸福にこだわるほど幸福から遠ざかりやすいよー」って見解が一般的でして、そのへんを研究チームも指摘しておられました。確かに、自分の幸せを渇望するほど悪いことが起きたときに不幸を感じるだろうし、逆に良いことが起きたときには満足できなくなるでしょうしね。
ってことで研究チームは、この調査で「無我/自己中心性幸福モデル(SHSHM)」ってのを提唱してます。一般的には「幸福とは自分の人生の満足を追求することだ!」って考え方に対して、「自分とかにこだわんない方がいいんじゃないの?」というカウンターを当てようとしてるわけですな。
では、このSHSHMがどんな考え方なのかと言いますと、基本的に「無我」と「自己中心性」は、自己を基盤とした心理的な機能の2つの側面であり、幸福に与える影響がそれぞれ違うと想定してるんですよ。具体的には、
- 自己中心性:自己中心性は「自己へのこだわり」みたいなことで、「自分は独立した自律的な存在だ!」という感覚をともなう。この考え方では、自分にとってプラスの結果を最大化することで喜びを得ようとするため、外部からの刺激に左右されて幸福度が変動する。
- 無我:「自分は周囲と依存しあって生きてる存在だ!」という感覚をともなう。そのおかげで、外部からの刺激に幸福度が左右されにくく、内面の平和がながつ続きしやすい。
といった分け方になります。ここらへんの「無我」のとらえかたは、「無(最高の状態)」の6章で書いた「縁起性」に近いところがありますね。
ってことで、研究チームはSSHMの妥当性をテストするために、以下のような調査をしております。
- 64人の男女を集めて、1日5回ずつ、スマートフォンを使って短いアンケートに答えてもらう。調査対象者は18歳から62歳までの成人で、女性(81%)とフランス人が大半を占めていた
- 実験期間は2日間で、すべての参加者には、「心の平安や満足感(本物の幸せ)をどれぐらい感じているか?」や「他者との調和や自分自身との調和感をどれぐらい感じているか?」などのアンケートに答えてもらった
まぁかなり小規模な実験なので、これをもって「無我のパワーが証明された!」とか言える話じゃないんですけど、過去の類似研究と比べたらかなり良い感じではないかと。
で、データをまとめてみたら、こんな結果になりました。
- 本物の幸福感、調和感、無我という3つの要は、すべて正の関係にあった
- 無我のレベルが高い人ほど幸福度が高い傾向があった(つまり、無私の心を感じていると答えた人ほど、幸福感を感じている傾向があった)
- 「他者との調和」を感じることも、幸福度の高さを予測していた
- 他者との調和は、無我と幸福の効果全体の86%を説明し、調和を考慮すると有意ではなくなった
ってことで、予想どおり無我の人ほど幸福度が高かったんだけど、それは他者との調和によるところがかなりデカいのかもしれないんじゃないか?と考えられるわけっすね。
研究チームいわく、
今回の研究により、無我の経験と幸福感には相関があることがわかった。
簡単に言うと、自分が他人や環境から切り離されていると思うと(自己中心的な経験)幸福度が低くなるのに対し、自分が他人は世界と密接につながっていると思うと(無我の経験)幸福度が高くなるということだ。
幸福に重要なのは喜びや達成感だけではない。幸福への鍵のひとつは、世界や他人との関わり方なのかもしれない。
とのこと。もちろんこの研究デザインだと因果関係はサッパリなんで、そこらへんは今後の調査に期待っすね。まぁ最近のポジティブ心理学の知見なんかを見てても、「なんだかんだで幸福度のためには世界との関わりが一番重要」って報告は多いので、今回の調査結果にも納得しちゃうわけですけども。