小説がもたらす脳への贈り物#2:創造性アップから人間関係の改善まで
前回の続きでーす。
このシリーズでは、2月2日に翻訳家の岸本佐知子さんと対談イベントをするので、それに絡んで「小説を読むと脳にどんな変化が起きるのか?」「小説にはどんなメリットがあるのか?」ってあたりを調べ直し、フィクションを読むことの効能を大量にまとめております。イベントではここらへんの話もしていくかもしれません。
また、小説好きの皆さまにおかれましては、今後の読書のモチベーションアップに使っていただければ幸いです。
小説の効能6.創造性が上がる
トロント大学などが2013年に行った研究(R)では、学生たちに短いフィクションかノンフィクションの文章を読んでもらい、その上でメンタルの変化を測定したんだそうな。その結果がどうだったかと言いますと、「フィクションを読んだ人の方が【認知的完結欲求】が下がった!」って感じだったらしい。認知的完結欲求については、「現代における大問題【すぐに手軽な答えを求める態度】を鍛える方法とは?」を読んでいただければと思いますが、簡単に言えば「問題に対して確固たる答を求め、曖昧さを嫌う欲求」のことです。
この欲求が下がることのメリットはいくつも報告されていまして、その中には「創造性アップ」も含まれてたりするんですな。研究チームいわく「この調査結果は、フィクションを読むことが創造性を含む一般的な情報処理手順の改善につながる」ってことでして、認知的完結欲求の低下が創造性につながる可能性を指摘しておられました。
このような現象が起きるのは、一般的に良い小説ほど「明確な結論」を出さず、読み手を宙ぶらりんの状態に置くことが多いからです。はっきりと結論を出さないストーリーに触れ続けることで、「すぐに答えが欲しい!」って姿勢がやわらぎ、それが創造性の高まりにつながるわけですな。
小説の効能7. 言葉を使うのが上手くなる
これは直感的にもわかりやすいメリットですね。2013年のエモリー大学の研究(R)では、フィクション(ロバート・ハリス『ポンペイの四日間』)を読んだ後の被験者の脳と、本を読まなかった被験者の脳を比較したところ、
- 小説を読んだ人の脳は、何も読まなかった人よりも言語の理解に関連する脳の部分が激しく活性化していた!
って感じだったそうな。小説が言語力の脳トレになるってのは、わかりやすい結論ですね。
さらに、2015年の研究(R)によると、平均よりもたくさん読書している人は、一般的な読書家よりも語彙力が大幅に向上していることが分かったらしい。語彙が増えればそれだけ会話能力も上がるわけで、これもありがたいメリットですな。
ちなみに、これはまだ未確定な話ですが、多くの研究を見ていると、ノンフィクションよりもフィクションのほうが語彙力が上がりやすいようでして、会話力を高めるためにも小説は有効かもしれないっすね。
小説の効能8. 人間関係の改善
2018年に行われたハーバード大学などが行ったメタ分析(R)では、「小説を読むと社会的スキルにはどんな変化があるの?」ってところを調べた14の研究を分析。その結果、ノンフィクションを読んだ場合と、全く読まない場合と比較して、フィクションを読む人は、他人の感情を感じ取る能力、相手の信念を判断する能力、他人の視点を取り入れる能力、異なる状況で人がどのように反応するかを推測する能力などのパラメータがいずれも高かったんだそうな。
もっとも、データを見ていると、小説による社会的な認知能力の向上はわずかなんだけど、統計的には確実に有意に向上しているんで、もっと長い作品を読めばさらに大きな効果があるかもしれないですな。 実際、このメタ分析によると、文学小説やSFを1冊丸ごと読んだ人のほうが、社会的認知が最も大きく改善したらしいですしね。
ちなみに、2013年の研究(R)とかだと、社会的なスキルが改善するのは読者が物語に「感情移入」した場合のみだったそうなんで、完全に没入できるような小説を選ぶのが大事なんでしょうな(Emotional Transportation Measureで測定している)。
小説の効能9.睡眠の質が向上する
読書がストレス解消に良いなら、当然ながら睡眠の質も上がりそうな気がするわけです。事実、2021年に出た研究(R)では、研究チームが読書と睡眠のパターンを調査したところ、全体的には「就寝前にベッドで本を読むと参加者の睡眠の質が向上する!」って結果が出てまして、やはり読書のリラックス作用が睡眠にも作用するのかなーって感じですね。
この研究で使われたプロトコルは、
- 眠る直前に15~30分間本を読む。これを7晩続ける。
- いつもと同じ時間に就寝・起床するのを守る。
みたいになってます。これでよく眠れるようになるなら、読書家は試してみるしかないでしょうな(他に類似の研究が少ないから、どこまで推奨すべきか謎だけど)。
小説の効能10. 偏見がなくなる
面白いもんで、「ハリー・ポッターを読むと偏見が減るよ!」なんて報告(R)もあったりします。この研究は「小説版のハリー・ポッターが、移民、同性愛者、難民のように偏見をもたれがちな集団への態度を改善できるのか?」ってところをチェックしたものでして、小学生、高校生、大学生の3グループを対象に実験が行われております。
その結果は研究チームの予想どおりで、ハリーポッターの読み聞かせを行ったグループは、主人公と自分を同一化し、逆に悪役から自らのアイデンティティを切り離すことができ、それによってより寛容で、偏見がなく、心が広くなったんだそうな。小説によって他者の視点に立つ能力が育ち、おかげで現実社会の偏見も減ったみたいっすね。これもフィクションならではのナイスな効果だと申せましょう。