「賢い人ほど不幸になってしまう理由はなんなの?」を調べた本を読んだ話
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「そんなに賢いのに、なぜ幸せじゃないの?(If You're So Smart, Why Aren't You Happy?)」って本を読みました。著者のラジ・ラグナサン博士は、テキサス大学でマーティングの心理学を教えている先生で、個人的にも心理学のトップジャーナルでよく名前を見かける印象であります。
でもって、本書は、タイトルのとおり「頭が良い人たちの多くが、内面ではまったく幸せを感じていないのはなぜ?」って疑問を掘り下げた内容になります。博士の調査によれば、MBAを修了した知性的な人たちの15年後を調べたら、彼らのキャリアと幸福が無関係だったことに気づいたんだそうな。
そこで、博士は「頭のいい人が不幸になりがちな理由」を調べはじめ、以下のような教訓を引き出しておられました。
- もしあなたがいま幸福を感じていないなら、それは7つの大罪と関係があるかもしれない。これは聖書の罪ではなく、幸福を邪魔する悪い習慣のことである。
第一の罪は、「幸福を軽んじる」という人間が生まれ持つバイアスのこと。ほとんどの人は「幸せになりたい」という願望を持つが、それにも関わらず、ヒトは幸せに優先順位を与えない傾向がある。
著者自身の研究によれば、これは幸福が抽象的な概念であるのが原因だと考えられる。そのため、たいていの人は、幸福よりも、金、名声、成功といった、具体的なイメージを浮かべやすい傾向があった。
- そこで私たちは、幸せの優先順位を決める前に、「自分にとっての幸福」を定義する必要がある。そのためには、「『幸せ』と聞いて連想される感情を自問自答してみる」と良い。そうすることで、自分の幸福にとってどのような感情が必要なのかをより理解できるようになる。この作業を行うことにより、「パートナーとの関係こそが自分の幸福の中心にある」と気づいた被験者もいる。
このことを念頭に置いて、日々の生活に幸せをもたらすことを記録する日誌を作ってみるのも良い。思い出に残るような瞬間について考え、その時に何をしていたのか、誰と一緒にいたのか、何がそのポジティブな感情につながったのかを書き留めておく。
このような出来事を書き出すことで、自分の生活の中でどのようなことに集中し、時間を作るべきかが明確になり、それによってより多くの幸福を取り込むことができる。
- 第二の罪は、他人に対して優越感を抱こうとする行為のこと。人はマウンティングを取るのが好きなので、時にはそれを人生の目標にすることすらある。
しかし、優越感を感じるためには他人と自分を比較しなければならず、常に勝ち負けの世界で生きることを余儀なくされてしまう。研究によれば、他人と自分を比べれば比べるほど、あらゆる失敗や他人から見た自分の姿に執着するようになるため、幸福度が低下することが示されている。
この問題を避けるためには、フローを追求するのが良い。これは「ある活動に完全に没頭した至福の状態」のことで、スポーツ、読書、パズルまで、時間を忘れて没頭できるものなら何でもいい。フロー状態では、完璧な集中力とその瞬間を純粋に楽しむことができ、深い満足感と楽しみを味わうことができる。
自分が優越感を追い求めていることに気づいたら、自分がフローに入れる活動を見つけたほうがよい。
- 第三の罪は、他人とのつながりを回避することである。心理学者メアリー・エインズワースが行った研究では、親の愛情を奪われた新生児は、大人になるにつれ親密さをける傾向があり、それによって孤独感にさいなまれ、幸福度が大きく低下する傾向があった。しかし、人と人とのつながりで幸福度が上がるのは間違いなく、最も強い人間関係を築いている人たちほど幸福度が高い事実が示されている。
そして、有意義なつながりを育むためのベストな方法は、「利他の精神を持つこと」である。他人を助けることで、私たちは大きな達成感を得られ、それによって自己イメージが向上し、他人とつながる能力が高まるだけでなく、魅力的な人間になれる。たとえば、20人の幼児にお菓子を配った研究では、もらったお菓子を他の子どもと分かち合った後はさらに嬉しさが増したことがわかった。
- 第四の罪は、支配欲が強すぎることである。多くの人は、自分の環境を完全にコントロールできているときに、最も心地よく感じる心理を持っているが、コントロールにこだわりすぎると不幸が起きやすい。
心理学者のロバート・ヴァレランドが行った研究では、外部の事象をコントロールしたい欲求が強い参加者を、過密で居心地の悪い部屋に置いた。すると、予想どおり、これらの参加者は他の参加者よりも不幸レベルが上がった。
そのため、幸せになるチャンスを増やすには、外部の環境ではなく、自分の思考や感情をコントロールすることに集中するのが良い。責任を持って自分をコントロールすることで、不幸にならずにコントロール欲求を満たすことができる。
- 第五の罪は、不信感を持ちすぎることである。残念ながら、人間には「いつ他人に裏切られるかもしれない……」と心配する自然な傾向がある。このような心理は、原始の人類は、他人を不信に思うことで生存の可能性を高めることができたからである。警戒心が強ければ、裏切りの可能性を避けられ、子孫を残す可能性が高まるからである。
しかし、より幸せな人生を送りたければ、理解と寛容を学ぶのが一番だと言える。もし誰かに裏切られたのなら、復讐を考えるのではなく、痛みを最小限に抑え、相手の立場を理解するよう努めるほうがメンタルは改善する。
そのためには、憎んでいる人の立場になって考えてみて、少しでもその人の行動や動機を理解できないかどうか試してみるとよい。 「あの人の行動には遺伝や生い立ち、あるいは彼自身の恐れが関係しているかも?」と考えることで、相手を赦すことがずっと簡単になり、憎しみや怒りを手放せるようになる。
- 第六の罪は、自分の人生にに対して情熱的すぎるか、無関心すぎることである。これは、情熱を必死で追求しすぎるか、情熱に全く無関心であるかのどちらかを意味する。
情熱的すぎる人は、目標に対して頑固なせいで融通が利かず、それ以外のことはすべて悪いものだとみなし、人生に待ち受けている多くの変化や現実に適応できなくなってしまう。
逆に、情熱に無関心な人は、何が起こってもまったく気にしないため、自分の人生に興味や好奇心を持てず、どうでも良い友人を選んでしまったりする。そのため、幸福度を高める二は、情熱を冷静に追求する姿勢を身につける必要がある。そのためには、自分がちょっとだけ怖いと思うことを定期的に行い、さらにそれに忍耐強く取り組むように心がけることが大事。このような作業をくり返さないと、人生で有意義な瞬間を得るのは難しい。
- 第七の罪は、本能を無視することである。現代人は日常のタスクに飲み込まれてしまい、自分が本当は何を欲しているのかがわからなくなっているケースが多い。これでは、自分が抱える本当の欲求を満たすことができなくなってしまう。
この問題をクリアするためには、マインドフルネスの練習が良い。何かネガティブなことが起きたら、目の前の世界から一歩引いて深呼吸をし、吸う息と吐く息に集中してみると、自分の心の動きをより理解しやすくなる。