2023年11月に読んでおもしろかった4冊の本と、2つの漫画と、1本の映画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2023年8月版です。ここで取り上げた以外の本や映画については、Twitter(X?)やインスタグラムのほうでも紹介してますんで、合わせてどうぞー(最近はほぼインスタがメインですが)。
宗教の起源
みんな大好きロビン・ダンバー先生が、進化論ベースで宗教を語った本。なので、各宗教の教義や宗教の功罪といった要素はまるっと無視して、「ヒトの進化に宗教はどんな機能を果たしてきたのか?」が大テーマになってます。
で、ここで展開される結論は、「ヒトが進化で備えた生物学的な機能が自然と宗教を生み出したのだ!」というもので、思わず「ですよねー!」と言いたくなりました。ざっくり言えば、「トランス状態」や「超越的な信念」を抱くように進化した、人類の神経生物学的なメカニズムが宗教のはじまりだよねーって話でして、個人的には、「宗教は科学の未発達な時代が生んだただの副産物」って考え方よりはだいぶ説得力を感じました。
また、本書の議論はそこで終わらず、「じゃあ、なんで素朴な神経メカニズムが生んだ原始宗教が、精巧な教義を持つ世界宗教に展開したの?」ってとこまで進めてくれるのがまた面白いポイント。ここでの議論についても、みんな大好きダンバー数を駆使した説明がなされていて、やはり説得的でありました。
宗教に興味がない方でも、「自分の神経にはこういう基盤があるんだなー」って知識を学べるだけでも、ヒトへの理解が進んで良いのではないでしょうか。オススメ。
Big Fiveパーソナリティ・ハンドブック
まいどおなじみ「ビッグファイブ」の性格分類に関する各論がまとまった本。
「各次元の定義」という基本的なところから説き起こし、「子どもが成長する際に性格は変わるのか?」「他の性格分類と比較したら?」「動物にもビッグファイブってあるの?」「ビッグファイブが予測できることってなに?」「ビッグファイブって伸ばせるの?」などなど幅広いテーマが取り扱われていて、ヒトのパーソナリティに興味がある人なら、どこかに必ずひっかかるポイントがあるでしょう。これだけ広範な話題を一冊にまとめてくれただけでも十分な価値がありましょう。私の場合は、HEXACOや価値観との比較のあたりが勉強になりました。
まぁテーマが幅広いだけに各論はあっさりなんですけど、大事な結論はコンパクトにまとまってるし、より深掘りしたけりゃ引用されてる文献をたどれば良いだけなので、一冊あると便利っすね。
ブランクスペース
空想を実体化できる能力を持つ女子高生の話。前知識ゼロで読んだら、めっちゃ好みの傑作でした。
「ビッグフィッシュ」のような「想像力」をテーマにした物語で、イメージが実体化した物体を透明の存在として表現することで、想像力が現実におよぼす影響、想像力が持つ癒やしの効力、想像力が必然的に備える残酷な側面など、想像力が持っているいろんな側面を表現できていて凄い。
中でも本作では、人間の関係性やコミュニケーションの間に想像力が注ぎ込まれ、それによって実在以上のリアリティを獲得していく過程が示されてまして、「こんなテーマが漫画になるんだなー」って驚きがありました。ある点では、「無(最高の状態)」に近いポイントを描いてますんで、「脳が生み出すリアルに踊らされる人間」みたいな話題が好きな方であれば、お楽しみいただけるんじゃないでしょうか。
普遍の鍵
16世紀から17世紀にかけてヨーロッパで勃興した、「世界の本質を理解してやるぜ!」って知的運動の歴史を教えてくれる本。というと、妄想のようにしか思えませんが、ベーコン、デカルト、ライプニッツといった当時の一流知識人が「普遍の鍵」探しにのめり込む姿が描かれていて、「こんなムーブメントがあったんだなぁ……」と。
で、「普遍の鍵」を見つけるために過去の偉人が目をつけたのが論理学、分類学、記憶術といったあたりで、ざっくり言えば「世界の本質をうまくコーディングできれば、そこから演繹的にすべての情報を展開できるじゃん!」みたいな発想だとお見受けしました。この発想に魅入られた人たちのあれやこれやを、膨大な資料をうまくさばきながら提示しているし、科学的な思考の成り立ちを別の角度から文脈かしているしで、これを書くのは地獄の作業だったでしょうな。
まぁ割と専門性が高い本ですし、これを読んで論理力や記憶術が身につくわけでもないですが、こういった本ってのは、「昔から人類はいろんな無理ゲーに挑んで、その中で生まれたちょっとした成果が今につながってるんだなぁ……」と思わせてくれるから好きなんですよね。そこらへんの、人類の変わらぬ営みに触れるのが好きな方はどうぞ。
だらしない夫じゃなくて依存症でした
アルコール依存の夫婦を通して、依存症のリアルを描いた漫画。なにかから逃げるために特定のものにハマっていく心理の描写に説得力があるし、それに対して家族がどう対応すべきかや、日ごろの言葉づかいの選び方まで細かく記されているしで、感動と実用のバランスが取れた作りに感心させられました。
まぁ「回避のために刺激に依存する」って現象は、多かれ少なかれ誰にでも心当たりがあるはずなんで、依存症とまでは行かずとも、共感できるポイントがあるんじゃないでしょうか。私の場合は、自助グループに参加した夫が、自分の弱みをさらけ出すシーンでジンワリさせられました。
にしても、あらゆる依存症に言えることですが、本作でも、やっぱ自分が背負ったものを抑圧し続ける姿勢が問題を生んでるよなーって印象で、これが本人だけでなく周囲まで巻き込んでくのが切ないっすね。
なぜ私だけが苦しむのか
早老症の息子さんをなくしたラビが、人生の不条理について考える本。著者が敬虔なユダヤ教徒なので、当然テーマは「なんで神様って人間にこんなヒドいことをするの?」ってところに向かいまして、「カラマーゾフの兄弟」と似たような問題意識が展開されておりました。
なので、読み始めてしばらくは「無神論者には関係ないかなー」とか思ってたんですけど、旧約聖書の表記の矛盾などを熟考するうちに、「祈りはコミュニティを結びつけるために行うもの」とか「神はいるけど、頼りにしてきた者に力を与える」といった感じで、依存症の自助グループなどで確立された知見に接近していくあたりに、ちょっと感動してしまいました。まさに「分け登る麓の道は多けれど」っすね。
まぁ、もとより答えのないテーマに挑んだ無理ゲー本なわけですが、それでも徹底的に考えることには意味があるんだなーってところを教えてくれる良書。
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
1920年代のアメリカで起きた先住民の大量殺人事件を描く話。
上映時間が3時間 26分もありながら緊張感が途切れず、最後までひきつけられてしまうのがまず凄い。『ミッション・インポッシブル』のような「3時間が体感では30分!」って感じではなく、ちゃんと長尺を感じさせながらも、エンディングまですべてのシーンが魅力的という、あまり類例のない映画体験になっておりました。
すばらしいポイントは多数ありますが、先に「花殺し月の殺人」を読んでいたので、連続殺人の謎を追うミステリー仕立てだった原作とは異なり、ずっと加害者側の視点から描かれる描写のスタイルにビックリ。しかもレオ様が演じる主人公が、なんの信念も意思もなくダラダラと悪に染まっていく小悪党キャラで、これにもまたビックリでした。
この主人公は、カーネマンがいう「システム1」だけで動く人間として設定されていて、家族への愛情もそれなりにあるんだけど、目の前の小さな欲に流され続けるだけの男なので、目の前で人が死なない限りは、殺人への具体的な想像力も働かないレベル(だから愛妻にも毒を打てる)。とにかくやることなすことが、システム1の奴隷だったりします。システム1太郎ですな。
が、だからといって、すべての犯罪を指示する悪の帝王が、カリスマ性にあふれた知能犯かと言われればそんなこともなく、主人公に指示を出すボスもまた、システム1の働きに従ってずさんな殺人を繰り返すだけの人物でしかないのがリアルですね。このボスが犯罪集団の上に立てたのは、あくまで下の人間よりも共感力がないぶんだけ大胆な犯行ができたからで、結局は作り笑顔がうまいだけのサイコパス爺さんなんですよね。強気なサイコパスが気弱なシステム1男を操作する構図ってのは、「ウシジマくん」でも何度か見かけましたな。
でもって、本作の何が素晴らしいって、このようなしょうもないキャラの行動が積み重なって、最後はマイノリティの大量殺人につながっていく様を描ききってくれたところです。まさに「悪の凡庸さ」を地で行くような展開で、本当の地獄ってのは、ごく平凡な小悪党がたまたま上手くいっちゃうせいで起きるのだ!という真理を突きつけられて、終映後はひたすら悶々とさせられました。
にしても、80歳にもなってキャリアハイレベルの傑作を作るんだから、スコセッシ先生はパネェですね。