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NASAが開発した「最強のトレーニング測定法」は、自己診断だった件

 

スマートウォッチ、心拍センサー、筋肉の酸素飽和度をリアルタイムで測定するウェアラブルなど、ここ数年、トレーニングの世界では「手軽にデータを計測しようぜ!」みたいな流れが加速しております。

 

「この心拍数ゾーンで走れば、脂肪が最も燃える!」

「リカバリーにはHRV(心拍変動)の数値を参考に!」

「運動中の乳酸閾値をリアルタイムで可視化!」

 

みたいなスタイルで運動をするのは、いまや普通になりまして、私もGARMINを使って心拍数やHRVを計測してたりします。

 

しかしながら、新しい研究(R)では、「結局は人間の主観が一番だぜ!」みたいな結論になってまして、なかなか面白かったです。

 

 

テクノロジー vs. 主観、どちらが「本当に効いたトレーニング」を測れるのか?

これはイタリアのウーディネ大学が行った実験で、研究チームがテーマにしたのは「トレーニングの負荷をもっとも正確に測れる方法は何か?」という問題です。

 

研究の内容がどんなものだったかと言いますと、被験者はトレーニング歴のあるランナー12人で、みんなに4種類の異なるランニングを実施してもらったんだそうな。その際に、運動の疲労度(APD)を測定するために、VO₂maxで限界まで走るタイムトライアルをトレーニングの前後で行い、どれくらいパフォーマンスが落ちたかを記録したとのこと。これにより、実際にそのワークアウトがどれほど身体に負担をかけたかを把握できるわけです。

 

その上で、いくつかの「トレーニング負荷チェック」を使って、どれが一番APDに一致するかを比較してみたら、結果はこんな感じになりました。

 

  • TRIMP系(心拍数をもとにトレーニングの負荷をチェックする方法) → まったく一致せず。むしろ真逆
  • HRV(心拍変動でトレーニング負荷をチェックする) → ほぼ無関係
  • RPE(自分の主観だけで「どれだけ身体が疲れたか?」を判断する) → やや相関があった
  • NASA-TLX(NASAが開発した質問表) → 高い相関性があり、最もAPDに近い形で一致した

 

ということで、心拍、心拍変動、主観的努力よりも、「NASA-TLX」が最もトレーニングの負荷を正しく計れたらしいんですな。これはNASAが1980年代に開発した質問票で、もともとは宇宙飛行士の作業ストレスを評価するために作られたものなんだそうな。これがどのようなものかと言いますと、以下の6つを主観で採点するだけです。

 

  • 精神的にどれだけつらいか?

 

  • 身体的にどれだけつらいか?

 

  • 時間的なプレッシャーをどれぐらい感じているか?

 

  • 自分のパフォーマンスにどれぐらい満足しているか?

 

  • どれぐらい努力して運動したか?

 

  • フラストレーションをどれぐらい感じたか?

 

これら6つの指標を、それぞれ1〜100の点数で評価するだけでいいらしい。ただのアンケートみたいなもんですな。「これが、最新の心拍アルゴリズムよりも正確だと!」って感じですが、どうやら最新のマシンで細かい数値をいろいろと計るよりも、100点満点の自己採点のほうが優秀なのかもですな。うーん、おもしろい。

 

なかでも成績が悪かったのはTRIMP系で、これについては「一番ラクな運動をした時に最も負荷が高いと評定され、長めの高強度走をやったときにが最も負荷が軽いと判断された」というんですな。なんとも体感とはまったく真逆の評価でして、心拍数だけ見ても運動の“本当のしんどさ”はわからないってことですね。

 

 

 

「一番疲れたトレーニング」が「一番効いたトレーニング」なのか?

さて、ここで少し視点を変えてみましょう。今回の研究が示したのは、「最も疲労度(APD)を正確に測れるのはNASA-TLXだ」という事実なんですけど、ただしここで難しいのは「疲れた=運動の効果がある」って意味にはならないことです。

 

もちろん、トレーニングの目的ってのは、身体にストレスを与えた上で、それに対する適応を引き起こすことではあります。なんだけど、ただ疲れるだけのワークアウトが、フィットネスの向上につながるかは別問題なんですよね。たとえば、坂道を何本も全力で走れば筋繊維がダメージを受けて、APDも高くなるはずでしょう。でも、それで心肺機能が高まるとは言えないですからね。

 

つまり、「APDが高い=良いトレーニング」とは一概に言えないので、NASA-TLXの予測力が優れていると言っても、それが“使える”指標とは限らないわけです。

 

では、トレーニングの何を測れば良いのかってことでですが、この研究から得られる最大の知見は、「トレーニング負荷には、少なくとも2種類の質的な違いがある」ってことなんでしょうな。どういうことかと言いますと、

 

  • 主観的強度:どれだけしんどく感じたか

  • 継続時間:どれだけ長く続けたか

 

って2点があるんじゃないかと。この視点からすると、TRIMPのような心拍ベースの指標は、とかく「長時間やった運動」に偏りがちなんですよね。一方でNASA-TLXは「どれだけ集中力を必要としたか」「身体や頭にどれだけ負担がかかったか」を評価するので、瞬間的な強度に応じて点数が高くなるはずなんすよ。

 

つまり、それぞれ別の側面を測っているので、どっちが正しいかじゃなくて両方を見たほうがいいという話ではないのか、と。もちろんApple WatchやGarminを使うのは悪くないんだけど、それだけでは見落とす部分も多いよなーってことですな。

 

ということで、たまには心拍数や消費カロリーの数値を見るのをやめて、トレーニング後に、以下のような自問をしてみると良いのではないでしょうか。

 

  • 今日の運動、身体的にどれくらいきつかった?
  • 頭がどれくらい疲れた?
  • フラストレーションは?
  • 集中力は保てた?
  • 頑張れた感覚は?

 

みたいに、NASA-TLXの6項目をざっくり意識してみるだけでも、トレーニングの質を把握するのに役立つんじゃないでしょうか。どうぞよしなに。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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