個人に最適なエクササイズは存在しない?最新研究の真実
フィットネスの世界では、「自分に向いてるエクササイズを選ぶのが良い!」って考え方があるんですよ。私たちの体は個人差が大きいので、人によってはHIITみたいな高負荷トレーニングのほうが効果が出やすく、人によっては長距離ランみたいに中ぐらいのツラさの運動を長くやったほうが効果が出やすい……って考え方ですね。なにごとにも個人差はあるので、十分にあり得る説のように思えるわけです。
この説のネタ元は2016年の研究(R)で、ブレンダン・ガード先生という筋生理学者が実験を行ったところ、
- スプリントのインターバルトレーニングと、一般的な持久力トレーニングを比べたら、 ある人はインターバルのほうが、またある人は普通のトレーニングのほうが体力が改善した!
って結果を報告したんですよ。つまり、トレーニングの効果を最大にするためには、自分がどのタイプのトレーニングに適しているのかを知る必要があるってことですな。
この研究をもとに、フィットネス界では「トレーニングは個別にカスタマイズすべし!」って考え方が流行りまして、一部のジムなどでもしばしば耳にするアドバイスのひとつになっております。私の場合は、長距離ランよりはHIITのほうが好きなので、この考え方は採用してないんですけど、「トレーニングの効果にも個体差があるんかなー」とかなんとなく思ってたんですよ。
が、このたびガード先生が新たに発表した研究(R)は、「スマン!あの論文まちがってた!」って結論になってて、特に海外のフィットネス界がザワついておりました。本人自ら過去の成果を否定するあたり、科学者マインドにあふれてて良いですね。
この研究は、24の研究から抽出された膨大なデータセットを用いて、2,230人を対象により厳密な分析を行ったもの。いずれの試験も、被験者が標準化され、指導された運動プログラムを行い、VO2maxを測定し、ちゃんと対照群が含まれてまして、分析の精度としては過去のものより格段に上っすね。
分析にあたっては、運動したグループと対照グループのVO2maxの変化について、エクササイズの違いによって効果の個人差がどれぐらいあるかを示す標準偏差を比較したとのこと。 もし運動の効果に個人差があるのなら、標準偏差は対照グループより運動グループの方が大きくなるはずですからね。
で、くわしい説明ははぶいて、分析の結果だけ申し上げますと、
- 全体的な結論としては、運動の種類によって効果に差があるという証拠はなかった!
だそうです。うーん、切ない。
まぁ、そうはいっても今回の結果は驚きではなくて、実は似たような報告はこれまでもあったんですよ。たとえば、2021年には、やはりガード先生が追試(R)を行っていて、参加者に4週間のトレーニングルーチンを2回やるように指示したところ(ウォッシュアウト期間は3カ月)、最初のトレーニングと2番目のトレーニングの効果が異なる人が割といたそうな。つまり、同じエクササイズをやった場合でも、実施したタイミングによって、エクササイズの効果の出方は異なるかもしれないわけですね。
また、もともとの試験には統計学者からの批判もあって、「エクササイズの効果にバラつきがあったとしても、それを測定誤差や食事、睡眠、ストレスなどのライフスタイル要因によるものではなく、運動によるものだとどうやってわかるの?」って指摘も昔からあったんですよ。確かに、エクササイズの個人差を調べた研究って、対照グループを作ってないもののほうが多かったりするんで、この批判はクリティカルなんですよね。
その点で、今回の試験は過去のものより信頼がおけるので、いまのところ「エクササイズの効果には個人差がある」って考え方には、これといった証拠がないと思っておいたほうがよさげ。もちろん、個人差が否定されたわけじゃないんだけど、最低でもエクササイズの種類による個人差を捕まえるのは、かなり難しそうだと考えたほうが良いんでしょうな。
ちなみに、個人の遺伝によって運動への反応が異なることを示した研究(R)もあるっちゃあるんで(VO2maxの改善には家族内でばらつきがあるらしい)、個人的には「運動に対する反応に個人差はあるだろう」とは思ってたりします。ただし、そうは言っても、今回の研究を見る限り「運動効果の個人差」ってのは、そこまで気にする必要がないレベルの違いなのだろうなぁ……とも思うわけです。
おそらく遺伝の個人差に気を使うぐらいなら、睡眠、食事、ストレスなど、エクササイズの種類とは関係がない行動や環境の変化に気を配ったほうが良いかなーってところです。この結論は個人的には朗報で、というのも「自分にとって最適なエクササイズの種類とかめんどうなことに気にせずに、自分がやりやすいトレーニングを続ける方が大事だ!」って話になりますからね。おそらく、たいていのトレーニングは、どれを選ぼうがほぼ間違いなく効果的だと思われますんで。