「自分には才能がない!」と思ったときに知っておきたい脳の話
『天才と詐欺師――人間の可能性を解き放つ神経科学(The Genius and the Impostor: The Neuroscience of Unlocking Human Potential)』って本を読みました。著者のジョシュ・タークネットさんは有名な神経科医であり、神経科学と学習、人間のパフォーマンスなどを研究している先生らしい。
で、本書が扱うテーマは、
私たちは、自分の脳が持つ学習能力を、かなり過小評価しているんじゃないか?
という問題であります。タークネット先生によれば、人間の脳には、大きく分けて二つの働きがありまして、
- 経験に応じて新しい知識や技能を身につけていく「天才」
- 「自分はこういう人間だ」「これは自分にはできない」といった物語を作り、自分の可能性に制限をかける「詐欺師」
って感じで分類しております。これは、脳のなかに独立した人格がいるって話ではなく、人間には「経験によって脳を変化させる学習システム」があり、同時に「自分の行動や人生に一貫した説明を与えようとする働きも備わっている」という比喩っすね。
なので、自分の頭に浮かぶ評価を事実として扱わず、「これは本当に能力の限界なのか? それとも脳が作った物語なのか?」と考えることで、もっと学習能力を引き出せるんじゃないの?ってのが本書の主張になっております。ちょっと「無(最高の状態)」にも近い考え方っすな。
というわけで、今回も本書から勉強になったところをチェックしてみましょうー。
本書の基本的なメッセージは、「あなたの脳は、普段から天才的に複雑な作業をこなしているのに、その能力を本人が認識できていない」というものである。
たとえば、私たちは文章を読むとき、文字の並びを単語に分け、それぞれの意味を引き出し、文法に従って組み合わせ、さらに書き手の意図や感情まで推測している。これだけ複雑な処理を、ほぼ瞬間的かつ自動的に行っているにもかかわらず、本人には大したことをしている感覚がない。混雑した場所で友人の顔を見つけたり、会話をしながら障害物を避けて歩いたりするのも同じである。脳内では膨大な情報処理が行われているのだが、あまりに自然にできるため、私たちはその難しさを認識できない。
これは、自分の得意なことを見つける際にも重要な視点となる。人間の脳は、特定の問題を何度も処理すると、その作業に適した神経回路を作り、以前は集中しなければできなかったことが、ほとんど意識せずにできるようになる。しかし、本人は、その「努力が消えた状態」を「大した能力ではない」と解釈し、「こんなの誰でもできる」「別に難しくない」と思ってしまう。
つまり、努力を感じないことは、課題が簡単である証拠ではなく、自分がすでに習熟している証拠かもしれない。自分の強みを探すなら、苦労して達成したことだけでなく、「なぜか自分には簡単にできること」にも目を向けたほうがいい。
- 一方で、私たちの可能性に制限をかけるのが、本書で「詐欺師」と呼ばれる脳の働きである。この話を説明するために、著者は1960年代から行われた「分離脳」の研究を取り上げている。これは、重度のてんかんを治療するために、左右の大脳半球をつなぐ脳梁を切断した患者を対象にした研究である。
代表的な実験では、言語化を担う左半球には見えない形で、右半球だけに「歩け」という指示を見せた。すると、患者は実際に立ち上がって歩き始めた。ところが、なぜ立ち上がったのかを尋ねられると、本人は「わからない」とは答えず、「教会の鐘が聞こえたので、窓の外を見ようと思った」などと、もっともらしい理由を作った。
このような研究から示唆されるのは、人間の脳には、自分の行動を客観的に報告するというより、「なぜ自分はこうしたのか?」を説明できる物語にまとめようとする働きがあることである。この内なる語り手は、必ずしもウソをつこうとしているわけではなく、限られた情報からもっともらしい説明を作っているだけである。
しかし、その説明が正しい保証はなく、「人前でうまく話せなかったから、自分はコミュニケーション能力が低い」「数学のテストで悪い点を取ったから、自分は文系の人間だ」といったように、なんとなくの結論を出してしまう。これらは、脳が後から作った説明である可能性が高いにも関わらず、その物語を何年も繰り返しているうちに、私たちは、それを自分の本質だと思い込む。これが、本書における「詐欺師」の働きである。
- さらに本書では、「私たちの脳は、一日中同じ状態で働いているわけではない」という点も強調されている。朝にメールを書いているときの脳、昼食後に眠くなっているときの脳、風呂に入っているときの脳では、利用しやすい知識や思考のパターンが異なる。
たとえば、人の名前が喉まで出かかっているのに、どうしても思い出せないことがある。必死に記憶を探っても答えが出ないのに、諦めて別のことを始めると、一時間後ぐらいに突然その名前が浮かんでくる。これは、名前の記憶が消えていたわけではなく、思い出そうと力んでいるときの脳が、その情報にアクセスしにくい状態になっていただけである。
つまり、ある瞬間に能力を発揮できなかったからといって、それが自分の能力全体を示しているとは限らない。状況や感情、疲労、注意の向け方などによって、使える能力は変わる。
興味深い事例としては、著者が診察した63歳の自動車販売員のエピソードがある。彼は、認知症によって言語機能が低下し始めたのと同じ時期に、突然、非常に細かく美しい絵を描くようになったという。本人は美術教育を受けた経験がなく、それまでは人前で簡単な絵を描くことすら恥ずかしがっていた。しかし、脳の一部が変化したことによって、別の能力が表に現れたらしい。
もちろん、これだけで「誰の脳にも隠れた芸術的才能が眠っている」とまでは言えないが、普段の脳の働き方がすべてではない例だと言える。
最後に本書が取り上げるのが、「年齢を重ねても脳は変化できるのか?」という問題である。かつての神経科学では、成人の脳はほとんど変化しないと考えられていたが、その後の研究により、成人後も経験や訓練によって神経回路が変化することがわかってきた。
もちろん、加齢によって学習速度が落ちやすくなる能力もある。しかし、「若いころを過ぎたら、新しい知識や複雑な技能を身につけられない」というほど単純ではない。
では、なぜ50歳の学習は、5歳の学習より難しく感じられるのか。著者によれば、その理由のひとつは、大人の脳が「変化できなくなった」のではなく、「変化する必要が少なくなった」ことにある。
子どもは、言葉、歩き方、食事、人付き合い、周囲のルールなど、生きるために必要な能力を短期間で大量に身につけなければならない。子ども時代は、脳にとって巨大な建設工事が続いているような状態だと言える。
一方、大人になるころには、日常生活に必要な基本的な技能が完成している。脳は非常に効率を重視するため、現在の回路で問題なく暮らせているなら、わざわざ作り直そうとはしない。つまり、大人の脳が変化しにくいのは、すでに環境へ効率よく適応した結果でもある。
そのため、大人が新しいことを学ぶには、脳に「これは回路を作り直す価値がある!」と判断させる必要がある。たとえば、60歳でウクレレを習い始めても、それ自体は生存に欠かせない課題ではないため、脳も自動的には変化してくれない。
そこで重要になるのが、好奇心や具体的な目的である。具体的には、「脳に良さそうだから楽器をやる」よりも「この曲を自分で弾いてみたい!」と考える、「英語ができると便利そうだから勉強する」よりも、「好きな作家の本を原文で読みたい!」と考える、といった具合である。
学びたいことが自分の関心や生活と結びつけば、練習を繰り返す理由が生まれ、その結果として脳の回路も変化しやすくなる。
また、著者は「可塑性そのものも可塑的である」と指摘する。何も学ばない期間が続けば、脳は使われていない学習能力を維持する必要がないと判断し、新しいことを覚えるのがさらに面倒に感じられるようになる。
しかし、逆方向の変化も起こる。小さくても新しいことを学び続ければ、「試す」「間違える」「修正する」というプロセスに慣れ、次の学習にも取り組みやすくなる。大事なのは、いきなり大きな目標を達成することではなく、現在の能力より少しだけ難しい課題を選び、失敗から情報を得て、繰り返し調整することである。
ということで、今回は『天才と詐欺師』って本の話でした。もちろん「誰のなかにも天才が眠っている!」って話ではないものの、本書が言う「現在の自己評価だけでは、まだ試していない能力まで判断できない」というメッセージは、覚えておいて損はないでしょうな。「自分には才能がない」「もう年だから遅い」といった考えも、過去の経験をもとに脳が作った説明である可能性は常にありますんで。そんなときは、「本当に無理なのかを判断できるほど、まだ試していないのでは?」と思い直して、小さく実験してみるといいんでしょうな。



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