私たちの生産性が異様に高まる時期には、いったいどんなことが起きているのか?みたいな話
こないだゴッホ展を見に行って「夜のプロヴァンスの田舎道」の最強ぶりに驚いたわけですが、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院が、近ごろ「ゴッホが名作を量産した時期になにがあったのか?」みたいな調査(R)をしてておもしろかったです。
この研究チームがずっと取り組んでいるのは「ホットストリークはなぜ起きるか?」って問題で、要するに「芸術、文化、科学などの分野でインパクトのある作品が連続して生まれるすごい期間はなぜ発生するか?」みたいなことですね。例えば、ロバート・ゼメキスが「バック・トゥ・ザ・フューチャー三部作」やら「フォレスト・ガンプ」やらを生み出した時期みたいに、ひとりのアーティストが後世に残る作品を連打する期間があるじゃないすか。これを「ホットストリーク」と呼ぶわけですね。
同チームは、2018年にもアーティスト、映画監督、科学者などの経歴をもとに、ホットストリークを定量的に調べる論文(R)も出してまして、一貫して「すごい作品を連発する条件とは?」みたいな問題を掘り下げてくれております。「高い生産性をいかに維持するか?」って観点からすれば、アーティストじゃない人でも十分参考になる研究じゃないかと思うわけです。
ってことで今回の研究では、ゴッホだけでなくジャクソン・ポロックのような戦後作家も含む2,128人のアーティストのキャリアを分析。深層学習アルゴリズムを使って80万枚におよぶ作品データを掘り起こし、さらには映画監督のホットストリークを分析するために、インターネット・ムービー・データベース(IMDb)から4,337人の監督による79,000本の映画に関するデータも抽出し、ついでに20,040人の科学者のキャリア履歴も抽出して、みんなの学術論文がもたらしたインパクトも研究しております。
さて、上記の膨大なデータからどんな傾向が確認されたかと言いますと、
- ホットストリークの前には多様なスタイルやトピックを探求する傾向があり、ホットストリークが始まると一点に集中する
だったそうです。要するに、最初のうちはみんないろんなことを試してみて、それが良い作品を生む土台を作るんだけど、いったん確変状態に入った場合は、いままでの経験を活かしてひとつの表現や研究に打ち込む傾向があるんだってことですね。これは絵画、映画、科学という3つの分野すべてにおいて見られた現象で、時代を超えた普遍的なパターンなんだそうな。
具体的な事例で言いますと、以下のような感じです。
- ジャクソン・ポロックの場合は、長年にわたっていろんな絵画のスタイルを模索して実験を繰り返した後、かの有名な「ドリップ・テクニック」にしぼったあとで3年間のホットストリーク(1947年~1950年)が発生した
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1888年以前のゴッホの作品を見てみると、静物画や鉛筆画、肖像画などが多く含まれていて、世間的に有名なゴッホスタイルとは全くことなるものが多い。しかし、芸術的なブレークスルーが起きたあとは、「夜のカフェテラス」や「ひまわり」のようなスタイルで名作を連打した
確かに、ゴッホ展を見てますと、よく知られているような鮮やかな色使いの作品は一定の時期に集中していて、それまではミレーに近い地味なアースカラーばっか使ってるんですよね。しかし、この時期の長い実験があったおかげで、ゴッホは後年のスタイルをものにできたわけっすな。
研究チームいわく、
私たちは、ホットストリーク発生の最初の規則性を特定できた。この規則性は、多くのクリエイティブなジャンルに共通して見られるものだ。今回の発見は、実験と実践のバランスがとれた創造的戦略が特に強力であることを示唆している。
とのこと。簡単に言えば「ホットストリークを生み出すには、『探索』(多様なスタイルやテーマを研究すること)と『開拓』(狭い分野に集中して深い専門知識を身につけること)をくり返すべし!」ってことでして、確かに長生きしてるアーティストほどこの傾向がある気はしますね。
当然ながら、この知見は逆もまたしかりでして、
- 幅広い研究のあとに焦点を絞らないと、ホットストリークの発生率は大幅に下がる
- 狭い範囲に焦点を当てたアプローチを採用した後に多様な探索を行わない場合も、ホットストリークの発生率は大幅に下がる
みたいな傾向も確認されてたりします。「探索」と「開拓」のくり返しによって創作の寿命が伸びるってのは、たんにアートの世界だけでなく、近年のビジネスやプライベートでも当てはまりそうな知見じゃないかと思った次第です。これは意識して暮らそう……。