2025年3月に読んで良かった5冊の本と1本の映画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2025年3月版です。いま新著の作成で死んでまして、今月読めた本は14冊ぐらい。そのなかから特に良かったものをピックアップしておきます。
ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。
SLOW 仕事の減らし方
ゆっくりやったほうが良い仕事ができるぞ!という本。近年のビジネス書でよく見かけるようになった「忙しぶるのはオワコン!もっとスローで持続可能な働き方をしよう!」ってテーマを扱っていて、「エッセンシャル思考」や「限りある時間の使い方」の流れに連なる一冊ですね。
本書の主張はシンプルでして、
- タスクの9割は捨てても仕事は回るぞ!:自分で「やるべき」と思い込んでいる仕事のうち、本当に成果につながるタスクはごく一部。人間の意識が集中できる範囲には限りがあるんだから、「あれもこれも」でやってたら死ぬぞ!みたいな話。
- もっと“ぼんやり”しようぜ!:意図的に“ぼんやりタイム”を確保して脳を整理しないと創造性は高まらないんだから、もっとぼーっとしようぜ!みたいな話。
- 働くのって週4日ぐらいでいいだろ!:有名企業が週4日制を導入した例を引用しつつ、労働時間を減らした方が仕事のパフォーマンスや従業員の満足度が改善したぞ!みたいな話。
って感じになってます。最初はエピソードメインですが、中盤から具体的なワークフローの改善策やワークライフバランスを取り戻す方法を提示してくれまして、個人的にも「プル型ワークフロー」や「季節ごとに生産ペースを変える」など仕組みはさっそく導入してみようと思ったりしました。概論にとどまらず、ちゃんと“使える”本になってるのが良いですね。
ただ、全体としては、著者であるカル・ニューポート先生の思想の“総まとめ”みたいな本になってますんで、前作の「DEEP WORK 大事なことに集中する」や「デジタル・ミニマリスト」をお読みの方にはおすすめしません。「質の高い仕事」「本当に重要なことだけにフォーカスする」といった過去のテーマは本作でも繰り返されてるので、類似の著作をよく読むような「生産性オタク」には物足りないでしょう。
一方で、ニューポート先生の過去作に見られた「自由度が高い知的労働者しか使えないよなー」って問題は克服されてるし、スロームーブメント系のマニフェストとしての完成度も高いので、ここらへんのテーマに興味がある人には入り口として良いのではないでしょうか。個人的にも、本書が扱うテーマは「わかっちゃいるけどできていない」の典型なので、ちゃんと取り組まないとなぁ……と。
なぜ人はアートを楽しむように進化したのか
アートが楽しい理由を、神経美学の視点から解説した本。「なんでヒトは美しさを感じるのか?」って脳のメカニズムと、「その感覚が進化的にどのような意味を持つのか?」ってのを丁寧に解説してくれて有用でした。対称性や平均性が顔や身体の美しさをもたらす理由とか、数学のような抽象表現にまで人間が美を感じられる謎まで考察されてて、勉強になりますねぇ。
似たような本は過去にもあったんですが、本書は現代のコンセプチュアルアートの解明まで取り組んでいるのが良いところ。当然ながら、現代のアートは必ずしも美しいものばかりじゃないし、意味が不明だったり時には不快な作品すらあるわけですが(『ピス・クライスト』とか)、そういった作品が評価される理由をちゃんと科学の視点で説明しようとした本って少ないですからね。
ちなみに、コンセプチュアルアートについては、著者さんは『生まれつきの本能』と『文化的な影響』の両方から生まれたと考えていて、昔に比べて進化的な制約(生存や繁殖に役立つかどうか)が弱くなった末の産物みたいに説明されておりました。個人的には、“ナゾトキ”に近い認知的な喜びや、社会的な地位の“みせびらかし”にかかわる要素が強いようにも思いますが、ここらへんは複数の要素がからみあってて、なかなか「これだ!」とは言いづらいでしょうな。
ちょっと幅広いテーマを詰め込みすぎてるとこが難点ながら、美学、快楽、芸術という巨大なテーマを捉えようとしたナイスな本なので、「アートってなんじゃろ?」ってとこに興味があるかたは読んで損なしでしょう。
これからのAI、正しい付き合い方と使い方
AIと積極的に共存しようぜ!という本。AIを怖がったり敵視するのではなく積極的に活用するために、本書では「Co-Intelligence」って概念を提案した上で、人間が主導権を握りつつ協働する重要性を強調しておられます。AIと人間が補い合えば、新たな知的パフォーマンスを生み出せるのでは?って考え方でして、これはめっちゃ賛成っすね。
まあ現在は進化のスピードが速すぎるので、「こうすべき!」って指針を出すのは難しいんだけど、ここで提案される「AIを活用するための4つのルール」は大変勉強になりました。いわく、
- AIを会議に招け!:まずは徹底的に試し、AIの能力・限界を自ら体験せよ。
- 人間を常にループに入れろ!:重要な判断・制御は人間が握り、人間の強み(価値観など)を生かすことでアウトプットの質を高めよ。
- AIを人として扱え!:人に話しかけるようにAIと対話し、議論を深めよ。しかし、AIの目的や役割をはっきり決めておくべし。
- 現在のAIは最悪だと仮定せよ!:AIの進歩は速すぎるので、現時点のAIを基準にしてはいけない。
みたいな感じでして、特に「AIを人として扱え」ってのは、字面の印象よりも射程距離が長いアドバイスなので、押さえておくとよさそうであります。結局は、AIを使う時も対人スキルが大事なんだなぁ……とか思いましたね。
また、本書は実践の描写も豊富で、大学の教授である著者が、学生にエッセイ作成をさせたり、自分の著書の章をAIに編集させたりといったプロセスを、読み手にも応用できるレベルまでかみ砕いてくれているのもナイス。実際に試してみたい手法が複数ありまして、ただの概念論に終わってないところも良かったですね。「AI万能論」にも「終末論」にも偏らず、専門的にもなりすぎずに“AIと共に発展する道”を示してくれてますんで、よほど深い専門性を求めるのでない限りは、幅広い方にお楽しみいただけるんじゃないでしょうか。
美術泥棒
実在した美術品ドロボウの半生を描いたノンフィクション。なんでもこの犯人は、恋人と共にヨーロッパ各地の美術館や教会から約8年間で250点以上の美術品を盗んだそうで、こんな話が1990年代にあったとは知らなんだ。
いろんな読み方ができる本ですが、まず窃盗のシーンがちゃんと面白いのが良いですね。犯行の描写がいちいち臨場感にあふれていて、アーミーナイフだけで美術品を盗み出す場面は緊張感バツグン。犯人が盗んだ美術品を売るわけでもなく、自宅の屋根裏部屋で盗品の鑑賞にふけってたってところも、独特なメンタリティが感じられて興味津々でありました。盗まれた美術品の顛末も衝撃的すぎますね。
で、個人的には、本書は「最も得意なことが犯罪だった人間」の行く末を描いたドキュメンタリーとして楽しみまして、犯人はこれだけの集中力と胆力を持ってるんだから、別のことに活かせたらまっとうな業績を残せただろうになぁ……とか思って切なくなりました。能力ミスマッチのせいで、犯人は最後にただの美術泥棒に転落しちゃうし、最愛の彼女からもすげなく見切られちゃうしで、美術品はあんなことになるしで、全体の喪失感がすごいんですよねぇ。
まあ全体的には、著者さんが犯人に共感しすぎているきらいがありまして、犯行をロマンチックに描きすぎてるかなーと思うとこも多いんですが、実話小説として読むとめっちゃ楽しいっすね。
万物の黎明
文化人類学と考古学の視点から、「近代の民主主義はヨーロッパが発明したものではない!」と主張する本。「自由」や「平等」みたいな概念を目にすると、つい私たちは「西洋が生んだ思想だ!」みたいに考えがちなんだけど、実際には先史時代からいろんな文化がそこにたどり着いてたよーって考え方が展開されてまして、従来の歴史解釈をガンガンに覆そうとする野心的な一冊になっております。
特に印象的なのは、
- アメリカ先住民の社会が高度に民主的であり、それがヨーロッパ啓蒙思想に影響を与えた!
- 狩猟採集民は決して単純な生活をしていたわけではなく、季節ごとに異なる社会構造を採用したりと、かなり高度な「社会実験」を繰り返していた!
- よく「農業革命が文明の始まり」というけど、実際にはそれ以前にも高度な都市文明が存在していたよ!
といった指摘でして、おわかりの通り『サピエンス全史』や『銃・病原菌・鉄』といった「売れ筋系ビッグ・ヒストリー」に真正面からケンカを売ってるわけです。このあたりの議論は実に面白く、考古学の最新研究を使いつつ、従来の「民主主義に進化する歴史観」を否定する手腕が凄すぎますね。これだけでも読む価値はあるでしょう。
ただ、その上で著者さんたちは、「人類はもっと自由で創造的な社会を作れるんじゃない?」って感じで話を進めるんだけど、「でも、それならなぜ最終的にヨーロッパ的な国家システムが勝ったの?」「なぜ狩猟採集民の自由な社会は消え、国家が支配的になったの?」って疑問が出てきたりはしました。通説を覆すのは良いんだけど、未来のビジョンをもっとちょうだい!って感じっすね(ないものねだりではありますが)。
ロボット・ドリームズ
孤独な犬とロボットの友情話。前知識なしで見たんで、海水で動けなくなったロボットが砂浜に置き去りにされたあとで、「ここから犬の大救出劇が!」とか思ったらさにあらず。シンプルな2Dキャラが、台詞もないまま『her/世界でひとつの彼女』や『パスト ライブス』みたいなテーマを掘っていくのでビビりました。つまり、
- いろいろあっても、平凡な暮らしは続くよねー
- 人生の選択肢は有限で、いろんなものを切り捨てるよねー
- 過去は取り返しがつかないから、今の人生を選ぶしかないよねー
みたいな話になってまして、ストーリーとルックスが単純なぶんだけ切なさ大爆発ですね。しかも、最後には別々の人生を歩むために離れ離れになった犬とロボットが……という『ラ・ラ・ランド』ばりの展開が待ってまして、ガンガンに泣かされてしまいました。「もしもあの時こうしていたら……」みたいに、人生の有限性について振り返ることが多い人ほど、ぶっ刺さる内容でしょう。おすすめ。