2023年8月に読んでおもしろかった5冊の本と、2本の映画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2023年8月版です。ここで取り上げた以外の本や映画については、Twitter(X?)やインスタグラムのほうでも紹介してますんで、合わせてどうぞー(最近はほぼインスタがメインですが)。
コード・ブレーカー 生命科学革命と人類の未来
世紀の大発明こと「クリスパー・キャス9」の誕生を、ジェニファー・ダウドナ博士を主人公に描くドキュメンタリー。
RNAが生命科学の最前線に躍り出るプロセスをストーリー形式で描き、それにともなって起きた裁判劇の顛末も押さえつつ、ゲノム編集による倫理の問題にも触れ、最後は新型コロナワクチンの開発ストーリーで終わる盤石の構成で、生命科学のフロンティアで起きた盛り上がりをワクワクしながら読ませていただきました。
近年の科学的発見のストーリーは、おのずと群像劇になることが多いんですが、そこを手際よくさばいていくあたりは、さすがアイザックソン先生ですねぇ。
あと、ダウドナ先生が、子供時代のヒーローだったジェームズ・ワトソン博士と直に面会し、「かつての英雄が現在はこんなことに……」と煩悶するシーンに、しみじみしてしまいました。人生ですなぁ。
文學の実効 精神に奇跡をもたらす25の発明
「文学とは人間の心の問題を解決るために生まれたテクノロジーなのだ!」って主張を、おもに神経科学の考え方をベースに解説していく本。『フランケンシュタイン』『紅楼夢』『ボヴァリー夫人』といった幅広い作品が取り扱われていて、「この作品からどんな『効能』を引き出すんだろ」と考えながら読みすすめるだけでも楽しいです。
まー、それぞれの作品ごとに効能をひとつずつ述べていくスタイルなんで、「それだけかなぁ……」と思うところはあるし、いくつかの説明は「さすがに無理矢理じゃないですか?」と思うところもあったりするんですけど、ところどころで新しい切り口を提示してくれるので、読み方の参考になりました。
ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』が自己受容に役立つとか、『イリアス』が勇気を鼓舞する物語だとか、ヴァージニア・ウルフが心の平穏を見出すための技術だとか、その視点で考えたことがなかったもんなぁ……。
グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない
かの有名なハーバード成人発達研究をベースに、幸福な人生を送る方法を示す本。「ヒトの幸福は結局は人間関係」ってのはブログでもよく書いているし、どのポジティブ心理学の書籍にも書いてることですけど、なにせ本書はネタ元となるデータの信頼度が高いので、安心して読めるのがよいですね。
もちろん、たんに「人間関係が大事!」と主張するだけでなく、ソーシャルフィットネスを改善するために、いかに自分自身を見つめ直すかってプロセスも紹介されてたりします。各年代のライフステージごとに特有の問題をピックアップし、それぞれに適した身の処し方を提案してくれるのもありがたいですな。
特に主張されるのは「自己中心性」の問題で、個人的なニーズや欲望を重視する傾向こそが、人間関係を悪くする最大の原因のひとつだってポイントが強調されておりました。私のようなアラフィフは自分の人生に停滞を感じ始めることが多い世代なんで、ここらへんは押さえておきたいですねぇ。
「感情」は最強の武器である―「情動的知能」という生存戦略
自己啓発書みたいなタイトルですが、実際には、「感情の進化的な機能」や「感情が生まれるメカニズム」などを掘り下げていくタイプの、ゴリゴリの科学書なんでご注意ください。
その内容は、従来の心理学が扱ってきた論点にはふみこまず、どちらかといえば脳科学や生物学からの知見が多い感じ。身体感覚から感情が生まれる「コア・エフェクト理論」や、感情が行動を引き起こす上でいかに重要な役割を果たしているのかを中心に触れられていて、最後には、私たちの合理性と意思決定が、古代に作られた感情の鎖の上を歩いている事実を明らかにしていく流れ。確かに、いま感情について考えるなら、こういったアプローチのほうが得るものは多そうですよね。
いちおう、最後の方には自己啓発っぽいパートもあって、著者のムロディナウ先生が信頼する尺度から、羞恥心、不安、怒り、喜びのレベルを評価し、自分自身の感情プロファイルを作るようにおすすめされておりました。ここらへんはちょっと舌っ足らずな印象で、「このプロファイルをどう使えばええんや!」と思う人も多いそうなんで、あんま期待せずにどうぞ。
ChatGPTの頭の中
ChatGPTの本はすでにいろいろ出ているものの、「こんなに変化が速いものを書籍で追っかけてもなぁ……」という気になることもしばしば。しかし、本書は、過剰な専門用語を使わずに、「ChatGPTってなんで動作するの?」っていう根本のポイントを説明してくれていて、ナイスでした。下手に使い方の本を買うよりは、こっちを読む方が、実は使い方の幅が広がっていいんじゃないでしょうか。
ちなみに、本書の結論をざっくり言うと、「ChatGPTのプログラムの構造は単純なんだけど、いろんな要素が奇跡的に組み合わさってなぜかうまくいってるんだよなぁ」って感じで、ファジーさが残ってるあたりがめっちゃおもしろいっすね。
また、本書の後半では、ChatGPTの制約と知性の欠如を間接的に批判するパートに移りまして、これもまた勉強になりました。ChatGPTを使っていると、ビックリするぐらい正確な答えが出てくることがあれば、「なんてうまいデタラメを作り出すんだ……」と思うこともあるんですが(この感じ、伝わりますかね)、その理由がなんとなくわかったかなーと。
ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE
このシリーズについては、いつもトム・クルーズ先生の姿勢に襟を正しながら見ているわけですが、結果としては、いままで個人的にシリーズベストだった「フォールアウト」の次ぐらいに好きでした。
なにせ全部で2時間40分もあるのに、1分もダレ場がないのがすごい。通常、これだけ尺が長いとストーリーのおもしろさで引っ張るのが普通ですが、本作はただの「鍵の奪い合い」が最後まで続くだけでして、それにもかかわらず最初から最後までずっとおもしろいんだからビックリです。
ここらへんは、あらためて考えると、演出と編集がうまいとしか言いようがない感じ。シーンごとにミッションの性質が変わるし、アクションのモードも別物になるしで、とにかく見せ方のテクニックが見事なんですよね。
また、いつもながら女性キャラの活躍がみんなすばらしく、特に敵方のサイコ顔ペイント女優さんが最高でした。ここらへんも含めて良いシリーズですよね。
バービー
バービーの世界を「家父長制社会の鏡写し」として定義して、そこから実社会をとらえ直すフェミ映画にする発想がまずすごい。でもって、その発想を「マトリックス」に仮託して、実存の問題にスライドさせていく展開もすごい。
というと、ポリコレが嫌いな人は抵抗を感じそうですが、基本はぶっ飛んだコメディになっていて説教くささを感じさせないし、たんに「マンスプレイニング」をいじるだけでなく、「極端なフェミニズム」や「男社会を作る女性の共犯関係」までバカにしているのがすごい。フェミに関する極端な意見を端からやり玉にあげていくので、最後には全方位にバランスが取れた感じになるという。うーん、頭いい。
そのうえで、最後は「ファイトクラブ」よろしく、「仕事の中身でお前は決まらない。預金残高とも関係ない。持ってる車も関係ない。財布の中身も関係ない。クソみたいなファッションも関係ない」って展開になり、バービーが自分で選んだ人生を生き始めるラストもナイス。ここまでいろんなものをバカにしといて、最後は老いも若きも男も女もエンパワーメントしていくんだから大したもんですなぁ。
おそらく、一部には「男をバカにしている!」と批判する向きもありましょうが、ちゃんと「男らしい行き方」の生きづらさも描かれているし、女性が解放されれば男も楽になるんだぜーって視点があるので、バランスは取れてるんじゃないでしょうか。あ、あと、ライアン・ゴズリングが超かわいかったです。