自分で自分を操る「ナッジ」のテクニックでベストなものは何なの?のメタ分析のお話
久々に「ナッジ」のお話です。ナッジについては「無理せず自然と健康的な食事の量を増やせる最強の方法はこれだ!というメタ分析の話」でも取り上げてまして、要点を引用しておくと、
ナッジってのは「実践 行動経済学」で有名なリチャード・セイラーさんが考案した概念で、「本人が自分から望ましい行動を取るように誘導するテクニック」ぐらいの意味です。たとえば、
- 野菜を食べる量を増やすためにサラダを目のつく場所に置いておく
- ドナーを増やすために「臓器移植に反対なら〇をつけてください」という形で質問をする
- レジ前にお菓子をおいて「ついで買い」をうながす
みたいなのがよく挙げられる事例っすね。とにかく、なにも強制せずに相手が良い行動を取らせるのがポイントであります。
みたいになります。「本人の意思とは無関係に望ましい行動を取るように誘導するテクニック」みたいな感じっすね。
でもって、新しい研究(R)では、「ナッジにもいろんな方法があるけれど、一番効き目があるのはどれなの?」ってとこを調べてくれてて勉強になりました。2021年の9月にも似たような調査を紹介してるんですが、今回ジュネーブ大学が行った研究は、過去15年間に発表された文献から214の論文を集めて2,149,683人分ものデータをチェックした上に455もの効果量を調べてまして、これまでで最大規模の調査になってます。非常によろしいですねぇ。
で、まずは研究チームによる「ナッジ」の説明を引用しておくと、こんな感じです。
行動科学の分野では、これを「選択アーキテクチャ」の修正と呼んでいる。
たとえば、社員食堂では健康に良いメニューをわざと上位に配置することで、顧客の選択の自由を侵害することなく、健康に最も有益な選択肢を選ぶように促すことができる。その結果、この種の介入は、科学界と公的機関の両方から関心を集めている。
ってことで、私たちに自由な選択を許しつつも、特定の方向に誘導するのがナッジなんだ、と。まことにおっしゃるとおりですね。
そこで、ナッジの効果を検証するにあたり、研究チームは、多くの文献で調べられているナッジを3つのグループに分類してます。具体的にはこんな感じ。
グループ1 情報提供系
- 内容:意思決定に関連する情報へのアクセスが制限されている人のために、良い情報をもっと手に入りやすくしたり、理解しやすくしたり、個人的な関連性を高める
- 使えるテクニック:
- 情報の翻訳:すでに入手した情報の処理を容易にするため、および/または意思決定者の視点を変えるために属性を適合させる(ダイエットしたい人に効果的な減量法を提供したり、体重が減るメカニズムを分かりやすく説明したり、そのまま太るとどうなるかを伝える)
- 情報の可視化:関連情報へのアクセスを提供する(ダイエットに関する情報を、政府がYouTubeで提供したりとか)
- 社会的参照点の提供:状況の曖昧さや行動の不確実性を軽減するために、社会的規範となる情報を提供する(社会的に成功している人ほど体型に気を使ってるぞ!みたいな情報を提供したりとか)
グループ2 構造変更系
- 内容:選択肢を評価・比較する能力が限られている人のために、選択肢の配置や選択肢の効用を変えてみる。または、環境や意思決定の形式を変える
- 使えるテクニック:
- 選択肢のデフォルトを変える:特定の行動をうながすために、望ましい行動をデフォルトを設定する(健康的な食事をしてもらうために、定食にはデフォルトで大量のサラダをつけてみたりとか)
- 選択肢に関連する努力の変更:望ましい選択の摩擦を取り除くために、物理的または金銭的な努力を調整する(健康的な食事をしてもらうために、サラダを食べ放題にするとか、サラダを一番手に取りやすい位置に置いておくとか)
- 選択肢の範囲や構成の変更:評価を容易にするために、選択肢のカテゴリーやグループ分けを変更する(健康的な食事をしてもらうために、「1日分の野菜が手軽に取れるサラダ」みたいなカテゴリーを作ったりとか)
グループ3 決定支援系
- 内容 :注意力と自制心の低下を防ぐために、意思決定や自己規制をサポートする
- 使えるテクニック:
- リマインダーの提供:情報過多による不注意を克服するために、望ましい行動の注意喚起を高める(ダイエット法はいろいろあるけど、とりあえずこれをやっとけばいいよ!みたいな情報を伝える)
- コミットメントの促進:自制心の欠如を補うために、自己または公的なコミットメントを奨励する(ダイエットの目標をSNSで公開したりとか)
ということで、確かに数あるナッジのテクニックをこの3つにまとめるのは納得感ありますね。
でもって、最終的にどんな傾向が見られたかといいますと、
- 全体的に見ると、ナッジは全体的に行動を変える効果があり小~中程度の効果量を持つ(Cohen's d = 0.45. 95% CI [0.39, 0.52])
- 3つのグループのナッジはいずれも効果があるが、なかでも効果が高いのは「構造変更系」のテクニックだった
- また、ナッジの使いみちには、健康、貯金、運動など色々あるけど、なかでも効果が高いのは「食品選び」の分野だった。その効果量は他の使いみちよりも最大で2.5倍大きい
- ただし、各テクニックの効果にはかなりのばらつきがあり、大多数のテクニックが小~大の効果量を持っている一方で、約15%のテクニックが小~中の効果で裏目に出ることもわかった(すなわち望ましい行動が減っちゃう、あるいは逆転させる可能性もある)
- ナッジの効果は、テクニック使われる場所や集団の種類には左右されない
だったそうな。そこまで激しい効果はないものの、やっぱりちゃんとした成果は期待して良さそうっすね(人によっては逆効果になるかもなんで、効果をモニタリングする必要はあるでしょうが)。
構造を変える系のテクニックの効果が高いのも非常に納得でして、要するに「できるだけ面倒臭さを減らすような設計が大事」って感じですね。ちなみに、自分でナッジを使う際は、「自分で自分を動かす「セルフナッジ」を使いこなす4つのパターンとか」などを参照していただければ幸いであります。