2024年5月に読んで良かった4冊の本と、2本の映画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年5月版です。今月はわりとゆっくり過ごしまして、読めたのは30冊ぐらい。そのなかから良かったものをピックアップしておきます。
ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。
ビジュアル・シンカーの脳 「絵」で考える人々の世界
ビジュアルで物事を考えるのが得意な脳を持つ人々の特別な才能をあきらかにした本。
「視覚的な思考を活かして大きな成果を残した偉人は多い!」って話は昔からあって、アインシュタインやダ・ヴィンチもそうだったと考えられているのは有名な話。抽象的な概念をビジュアルでイメージできるので、言語で考えるタイプよりも、ものごとを異なった側面を見抜くのがうまいんですよね(そのぶん、筋だった理屈を考えるのが苦手な側面があるのが弱点)。
その点で本書は、視覚的思考を持つ人々が見ている世界と、得意な分野を深掘りしてくれていて参考になりました。視覚的思考を持つ人々の才能を最大限に活かすための、新しいアプローチまで提案してくれてるのも良いですね。
また、本書には、自分の脳タイプを判断するテストがついているのもナイスなポイント。私の場合は、自分のことを「文章でメシを食ってるし、普通に言語思考なんだろうなぁ」とか予想してたのに、実はかなり極端な視覚的思考だと判定されて驚きました。
「別にイメージで考えてないのになぜ?」と思ったんですが、どうやらビジュアル・シンカーは、「オブジェクト・ビジュアライザー」(写真のような具象で思考する)と、「ビジュアル・スペーシャル」(抽象的なパターンで思考する)に分けられるらしい。
言われてみれば、本の構成を考えるときは、頭の中でテトリスみたいな図形を何度も組み替えていることが多いので、後者のタイプに当てはまるんでしょうな。ってことで、自分の脳の特性を知り、それを活かす方法を知りたい方にはオススメ。
現代化学史: 原子・分子の科学の発展
化学の歴史を詳細に追った本。18世紀から20世紀後半までの化学の進化を描いてまして、ラヴォアジェの化学革命や量子論の出現、DNA構造の発見など、科学史における重要なマイルストーンを網羅し、それぞれをわかりやすく教えてくれるのが良いですねー。
ノーベル賞受賞者の研究を軸にまとめているので、天才たちが難問に挑む姿を描くストーリー集としても楽しいし、適度に図と写真を使っていてわかりやすいし、なによりも廣田先生がひとりで書き上げているおかげで、説明の深度や文章に一貫性があるのがありがたいです。おかげで「化学史」という広大な分野が、飲み込みやすくなってるんですよね。
このクオリティで750ページ超もあり、それで4000円ちょっとなら激安でしょう。激しくおすすめ。
ある行旅死亡人の物語
尼崎市のアパートで孤独死した、身元不明の高齢女性の謎に迫るノンフィクション。何でも、身元が判明せず遺体の引き取り手がない死者を「行旅死亡人」と呼ぶんだそうな。
とにかく事件のミステリ性がバツグンで、
・女性が死んだ部屋には現金3400万円が残されていた
・女性の右手の指はすべてなかった
・同じ場所に40年住んでいたのに知人が誰もいない
・警察が「前例がない」というレベルで身元がわからない
という導入から引き込まれました。そこからさらに、女性の痕跡を丹念に追い、ネットで協力者を募りつつ、警察も探偵も見逃がした事実を積み重ねていくあたりが圧巻。リサーチの方法を学ぶって意味でも勉強になりました。
その上で、本来は忘れ去られるはずだった人生が掘り起こされ、行旅死亡人の記憶とともに存在感が立ち上がってくる感覚がナイス。私は「記憶の探索と存在の意味」みたいなテーマが大好物なので、全編に漂う無常観にグッと来ました。最後まで故人へのリスペクトにあふれているのも良いですね。
クララとお日さま
太陽エネルギー駆動のAIロボットが、病弱な少女の友人として仕える話。
親子の愛情、格差社会、宗教的な本能など、いろんなテーマをふくむ作品ですが、基本的にには「技術が進みまくった後にも残る“人間性”って何?」って問いをめぐる内容になっております。この疑問を考えるために、AIロボットの一人称視点を使って、アウトサイダーの立場からヒトの反応を描写していくわけですね。
その過程で、どんなことが浮かび上がってくるのかと言いますと、
- 人間はみな潜在的に孤独だよねー
- みんな独自の感情フィルターを通して世界を見てるよねー
- 各自の感情は記憶や観察を通して得られるよねー
- 人間の感情って、ポジティブとネガティブが混線してて切り離せないよねー
- ネガティブな感情がなかったら、ポジティブな感情も有意義にならないよねー
って感じ。全体的には、感情がヒトに与える影響力と、それがいかに人間を形成しているかを重層的に示してまして、「さすがですなぁ……」と思わされました。
しかも、「誰もが潜在的に孤独だ!」って真実を描きつつも、最後の方では、AIロボットに『未来への希望』と『人生の意味』の尊さを教えられる展開になりまして、こちらもまたもの悲しくも感動的。上述したポイントに共感する方であれば、確実にグッとくる一冊でしょう。
マリウポリの20日間
ロシアのマリウポリ侵攻後に、現地に残って撮影を続けた唯一のジャーナリストの記録。「傑作」という言葉を使うのがはばかられる作品ですが、これはまぎれもない傑作ですね。
4歳で命を落とした少女の姿に泣き、爆撃で両足を吹き飛ばされたサッカー少年に泣き、息子を失った両親の悲嘆に泣き、生家を破壊されて絶望する老婆の表情に泣き、空爆のなかで治療を続ける医師の姿に泣き……と、90分のあいだほぼ泣かされっぱなしの映像体験となりました。
そもそも、敵に包囲された街で起きた悲劇を、その内側から収めた映像ってのは見たことがなく、本作が世に出ただけでも感謝っすね。
殺戮の映像が延々と続くので、そこらへんが苦手な方にはオススメしづらいものの、とりあえず全人類に推奨。
悪は存在しない
自然に囲まれた土地に、ある企業がグランピング施設を作ろうとする話。めっちゃ面白かったです。
タイトルだけ見ると観念的で難しそうな作品に思えますが、だいたいのテーマを明確に言葉で教えてくれる親切設計になってたりします。おおよそのところで言うと、
- 「悪は存在しない」というタイトル(このタイトルは「自然」の寓意になってる)
- 「上の方でしたことは積み重なって最後に大きな結果になる」というセリフ
- 「やりすぎたら、バランスが壊れる」というセリフ
あたりを押さえておけば問題なし。あとは、このテーマがどんな風に展開されていくのかを楽しめばOKでしょう。
また、物語としては、最初は「田舎と都会の対立」を描いたベタなヒューマンドラマのように始まり、それが途中で「都会の人間もまたシステムの一部に過ぎない」という方向に展開し、そこからさらに「崩れた世界のバランスを取り戻す」って話になり……って感じで、どんどん抽象度が増していくのが面白いところ。
その結果として、クライマックスのあたりなどは、オジサンが組んずほぐれつしてるだけなのに、あたかも大自然を舞台にした神話劇を見ている気分にさせられるから凄いもんです。
ちなみに、巷で話題の「衝撃のラスト」については、壊れたバランスを主人公が治そうとしたものと解釈しました。