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「いい人」は本当に幸せか?──科学が明かす道徳と幸福のリアルな関係

 

道徳的な人は幸せなのか?」ってテーマを調べたナイスな研究(R)が出ておりました。直感的に考えてみると、

 

  • いつも他人に親切にしている人
  • 正直で、不正をしない人
  • 自分より他人を優先する人

 

みたいにモラルがある人ってのは、「人のために尽くせるのは幸せそうだな」とか思う一方で、「他人のために消耗しちゃって不幸そうだな」みたいな印象も持ったりするんじゃないでしょうか。「道徳的な人は幸せなのか?」って問題は、意外と答えがあやふやだったりするわけですな。

 

実はこの問題、数千年前から議論されているテーマでして、たとえばアリストテレスは「徳ある生き方こそが最高の幸福だ」と語った一方で、カントは「善い行いは義務であり、幸福とは関係がない」と述べてたりします。現代でも心理学の世界でも、「道徳的な人は自己肯定感が高まり、幸福感も上がる!」って説があったり、「道徳的な人は他人の苦しみに敏感すぎて、逆にストレスを感じやすい!」みたいに考え方がわかれてまして、さまざまな仮説が入り乱れてるんですよ。

 

ってことで今回の研究では、「他人から見た道徳性」を基準に、「道徳的な人は幸せなのか?」問題を掘り下げております。つまり、『私は正直な人間です!』みたいに自己申告制で答えるのではなく、「あなたの友人・同僚・家族が、あなたの道徳性をどう評価しているか」という客観的な基準を使って、幸福度との関連を調べたわけですね。過去の類似研究は、自己申告に基づいたものばかりだったんで、これはかなりナイスなポイントであります。

 

で、具体的には、以下のような3つの調査を行っております。

 

  • 研究1:アメリカの大学生(N=449)に協力してもらい、親しい人(両親や友人など)に「この学生はどれくらい道徳的か?」を評価してもらう。その後、学生自身に「幸福度」と「人生の意味」についてのアンケートに回答させる。

 

  • 研究2:中国のエンジニア711名を対象に、チーム内でお互いの道徳性を評価し合い、自分の幸福度を回答してもらう。これにより、文化や年齢、職場環境を越えた結果の一般化が可能になる。

 

  • 研究3:アメリカ人の参加者に「人生で最も道徳的だと思う人」「平均的な人」「最も非道徳的な人」を2人ずつ思い出してもらい、その本人たちを調査対象として招待。各人に幸福度を尋ね、その人をよく知る人にも道徳性を評価してもらう。

 

ってことで、道徳性と幸福の関係を多面的に調べてまして、なかなかよろしいのではないでしょうか。

 

でもって、その結果がどうだったかといいますと、

 

  • 3つの研究すべてにおいて、「他人から道徳的だと評価されている人は、より幸福であり、人生に意味を感じている!」という傾向が見られた

 

ってことで、「道徳的な人=幸福な人」って傾向が、かなり明確に確認されたんだそうな。もうちょっと細かく言うと、

 

  • 「親切さ」や「誠実さ」「公平さ」「忠誠心」といった性格特性が高い人ほど、ポジティブ感情、人生満足度、人生の意味スコアが高かった

 

  • 文化(アメリカと中国)や関係性(友人・同僚・家族)による違いはほぼなかった

 

  • 特定の道徳特性(例:親切さ vs 誠実さ)による違いもほとんどなかった

 

みたいになります。要するに、「総合的に見て道徳的である」ことそのものが、幸福と相関していたわけですね。うーん、おもしろい。

 

では、なぜ道徳性が幸福とつながるのか?ってとこが気になりますが、研究チームは、道徳性が幸福につながる理由として以下のようなメカニズムを挙げておられます。

 

  1. 自己認識と自己尊重が高まる:「自分はちゃんとした人間だ」と思えることで、アイデンティティが安定し、自己肯定感が強まる。

  2. 周囲との関係が良好になる:道徳的な人は、当然ながら人から信頼されやすく、好かれやすい。これが人間関係の質を高め、社会的つながりを通じて幸福をもたらす。

  3. 道徳的な行動そのものが報酬を生む:いわゆる“warm glow”効果ってやつで、誰かに親切にしたときのポジティブな感情が、直接的に幸福度を高めてくれる。

 

いずれも納得の理由でして、確かに道徳と幸福は結びつきやすいのかもしれませんな。

 

が、もちろん「道徳的であること」にもコストはありまして、たとえば、

 

  • 他人の苦しみに過剰に共感してしまう
  • 自分の行動を常に律しようとして疲れてしまう

 

って現象は確かにあり得るんですけども、この研究では、それを上回る「ポジティブな影響」が確認されたってことですな。

 

というと、「よし、明日からもっと道徳的に生きよう!」みたいに思う方もいるでしょうが、ここでめっちゃ大事なのが、この研究で測定されている「道徳性」ってのは、単なる一時的な行動ではなく、長期的・安定的な性格傾向としての“人格”だってところです。要するに、「たまに募金する」「今日だけ席を譲った」みたいな単発の善行じゃなくて、

 

  • ふだんから人に優しく接している
  • 嘘をつかない
  • 他人の目がなくても正直である

 

といった“日常のふるまいの積み重ね”としての道徳性を問うてますんで、根っこから「良い人」にならないと幸福度は上がらないわけっすね。

 

なかなか難しい話ではありますが、これを実践するには以下のような方向性がおすすめです。

 

  • 自分にとって自然な形で、道徳的な行動を少しずつ増やす(例:人に感謝を伝える、正直な対応を心がける)
  • 他人からどう見られるかではなく、「自分はどうありたいか?」を指針にする
  • 完璧な“いい人”を目指さず、「ほどほど道徳」を目指す

 

いずれにせよ、「道徳的であろう」とする気持ちそのものが、幸福度につながるはずなんで、ポジティブ心理学的な介入のひとつとしてやってみちゃいかがかと。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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