怒りが快楽になる理由:復讐の科学と“許し”の脳内作用とは
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『復讐の科学(The Science of Revenge)』って本を読みました。著者のジェームズ・キンメル先生はイェール大学の精神科医で、本書のテーマは「復讐は感情ではなく、依存症である!」ってものになっております。テレビドラマや映画では“復讐”がカタルシスとして描かれがちだけど、これを脳科学から見ると依存症のように近いものでしかないんじゃない?って主張をしているわけですな。
ということで、いつも通り本書から勉強になったポイントをピックアップしてみましょうー。
- 復讐は感情ではなく「行動依存」であり、そこには脳の神経化学が深く関与している。たとえば、電車で誰かに席を奪われてイラッとして、その人物に一言言いたくなった時、私たちの脳内では前部島皮質という「痛みの受信機」が活性化し、その状態から離脱したくて脳は報酬を求めはじめる。つまり、脳は快楽を欲しがり出す。
そして、復讐を想像するだけでドーパミンが放出され、あたかもコカインやオピオイドを摂取しているかのような「快感回路」が活性化。復讐によって一瞬のカタルシスを得た後に、多くの人は深い自己嫌悪と空虚感に襲われることが多く、そのせいで脳は「もっと強い復讐」を求めるようになる。この繰り返しによって依存症が生まれやすくなる。
- 上記のメカニズムは、「なぜ暴力がなくならないのか?」という問いへの回答にもつながる。従来、暴力とは“個人のモラル”や“社会の構造的問題”として語られてきたが、暴力が依存症であるならば、“治療可能な脳の病気”であるとも考えられる。この視点の変化は、1990年代に薬物依存が「生物学的病気」として扱われるようになった時と同じで、かつては薬物依存を「病気」と捉えることで、以下のような変化が起きている。
- 社会の理解が進んだ
- 資金と研究が増強された
- 行動療法・動機付け面接・抗欲求薬といった治療手段が整った
- 再発防止の手がかりが得られた
- そのため、「復讐は依存である」という考え方が普通になれば、認知行動療法を通じて“その瞬間だけの快楽”を断ち切ることができるようになり、心理教育やセルフコントロール療法を使って、暴力的な行動の予測と予防が可能になるはずである。
- その点で、現代のアメリカ全体が「復讐中毒国家」になっていると、キンメル先生は指摘している。映画やドラマでは復讐ヒーローが大活躍し、政治の場では「やっつけろ」論が飛び交い、SNSでは「炎上」や「晒し」が常態化し、裁判制度ですら復讐を正当化する装置に見えなくもないという状況は、これらすべてが復讐欲求をエンパワーし、正当化し、「欲しいものは奪う権利だ」と脳に学習させる働きを持っている。つまり、社会全体が復讐の“快楽回路”を支える構造になっており、個人だけでは依存から抜け出すのは難しいと考えられる。
- ではどうすれば?いいのかってことで、ここで登場するのが「フォギビング(許し)」という選択肢。多くの人は「許す=負けを認める」だと思いがちだが、キンメル先生いわく、「許しは相手への贈り物ではない。自分の脳に対する“再生のメカニズム”である」とのこと。最新の神経画像研究によれば、許しを想像するだけで痛みネットワーク(前部島皮質)の活動が低下し、それと同時にドーパミン回路の興奮が抑えられ、さらには意思決定の脳部位(前頭前皮質)が強化されることがわかってきた。しかも、許しは「気分が良くなるからやる」だけではなく、ストレス、不安、PTSD症状、血圧や痛み、睡眠障害の軽減といった生理的効果も報告されている。つまり、許しとは「心の中にある快楽回路への接続を切る」神経レバーだと言える。
- では、どうやって「被害者としての怒り」から脱却すればいいかということで、キンメル先生は「ノンジャスティス・システム(NJS)」を提案している。これは、行動依存の治療法をベースにした12ステップの対策で、「脳内の復讐」を『治癒の場』に変えようとする特徴を持つ。このプロセスは、ざっと以下のようになる。
- 「自分を傷つけた人」を頭の中で思い描き、架空の法廷に出てきたところをイメージする。
- 法廷の中に、被害者(自分)、検察、弁護士、裁判官、陪審員、判決執行者なども用意する(すべて自分のイメージ)。
- 法廷で裁判を行い、その進行を紙に書き出してみる。その際に、誰がどんな証言をするか、どんな感情が浮かぶかを具体的に書く。
- ‘裁判が終わった後’に「相手を許す」という選択を下してみる。その後、胃の痛みは治まったか?怒りはどうなったか?を観察して、紙に書き出す。
- このステップを行うことにより、復讐の気持ちがリフレーミングされ、復讐の快感ループを“創造的な脳内プロセス”に再構築できる。簡単に言えば、このイメージを繰り返すことで、脳が「“復讐の快楽回路”は意味がない」と学び直してくれる。
- ということで、ここまで見たように「復讐=依存症」という視点に立つと、自分の怒りや執着の仕組みがクリアになりやすい。もし自分が復讐心を感じたら、その怒りを正義とすり替えてしまう前に、「これは脳内の快楽ループでは?」と一歩引いて観察してみることが、最初の一歩となる。何かにムカついたとき、「今、自分の前部島皮質が痛みに反応してるんだな〜」と自覚するだけでも、復讐ループから抜け出すきっかけになるかもしれない。