2024年12月に読んで良かった5冊の本と1本の映画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年10月版です。今月読めた本は24冊で、そのなかから特に良かったものをピックアップしておきます。
ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。
ポイント経済圏20年戦争 100兆円ビジネスを巡る五大陣営の死闘
日本の共通ポイントサービスの20年にわたる競争と進化を詳細に描いた一冊。ここ数年のビジネス系ノンフィクションではトップクラスに面白かったです。
Tポイント、楽天ポイント、dポイント、Ponta、PayPayポイントなど、主要なサービスの成長戦略やマーケティング手法が勉強になるのはもちろん、企業の裏側で行われた人間ドラマが濃厚に描かれてまして、関係者の苦労、成功、裏切りなどのおもしろストーリーが満載で、リアル池井戸ドラマって感じ。
特に印象的だったのは、Tポイントがどのように生まれたのか、そしてその後楽天との熾烈な競争にどう挑んだのかを中心に描かれている部分。これだけの金が動くのだから、さぞや合理性を突き詰めた意思決定が行われたのかと思いきや、トップ同士のウェットな関係でデカい商談がガンガンに決まったりしてまして、「経済は感情で動く!」ってのをあらためて痛感させられますなぁ。大口顧客の開拓をやってる人などは、死ぬほど参考になるんじゃないでしょうか。
ポイントサービスの運営コストや顧客データの管理権限を巡る企業間の衝突、さらにはコンビニ業界への進出をめぐるエピソードみたいに、ポイントカードの舞台裏も満載で、いったん本書を読むと、もはやポイントカードを同じ目では見られなくなりますね。ビジネス戦略やマーケティングに興味がある人だけでなく、企業間の駆け引きモノが好きな方にも激しくおすすめ。
カルトのことば なぜ人は魅了され、狂信してしまうのか
カルト集団が人々を引きつけ、支配する際に用いる「言語」の力を分析した一冊。著者はニューヨーク大学で言語学の学位を取得した作家さんらしい。
本書では、私たちが普段意識せずに使う「言葉」が、いかにしてカルト的な魅力を作り上げ、時には危険な力を持つのかを掘り下げてまして、新興宗教やマルチ商法みたいな明確にうさんくさいものから、フィットネスジム、ソーシャルメディアのカリスマなども、「カルト的」とみなした上で、彼らがどのように特有の言葉遣いで人々を魅了し、狂信へと導くのかを解明しておられます。
そのため、ガイアナ人民寺院やサイエントロジーのような“定番”から、クロスフィットやソウルサイクルなどの“意識高い系フィットネス”まで俎上に上がっているのが面白いところ。私もクロスフィットの世界にはなじみがありますし、ちょっと前までは暗闇ボクシングに通っていたので、著者がここに目をつけた理由はよく分かりました。
議論の中で、著者はカルト的な言語が持つ「3つの働き」として、以下を挙げておられます。
- 特別感の醸成: メンバーに「自分は選ばれた存在だ!」と感じさせようぜ!
- 依存の形成: 指導者への依存心を育み、集団外での生活が不可能だと思わせようぜ!
- 行動の変容: 従来の価値観や自己認識と相反する行動を取るよう説得しようぜ!
ってことで、確かにその手のコミュニティで使われる言葉づかいが、うまく分類されれてるなーとか思った次第です。カルト的なリーダーが、「疑問を封じる表現」や「過剰なユーフェミズム(婉曲表現)」を使って、いかに人々の批判的思考を奪うのかも詳しく分析されていて勉強になりますねー。もちろん、このタイプのワーディングが必ずしも悪いわけじゃないし、著者も「カルト的な集団」と「カルト」は違うと断っているので、そこらへんは注意したいところですが。
ちなみに、私としては、この手の言葉を使うのが恥ずかしいタイプなので、「自分で勝手にいろいろやるから、参考にしたい人は使ってみてよ」ぐらいのスタンスでやっております。
一方で「カルトのことば」が強力なのもわかっているので、たまに人から頼まれて「人生を変える」みたいな言い回しを使わざるを得ないことがあると、後から恥ずかしくて悶えちゃう感じ。この塩梅は今も悩みますね。
就職氷河期世代 データで読み解く所得・家族形成・格差
バブル崩壊後の厳しい就職環境を経験した「就職氷河期世代」の実態を、豊富なデータを基に分析した本。なにせ自分が就職氷河期世代ド真ん中なので、当事者意識バリバリで読みました。
官公庁のデータを使って氷河期世代を経済学的に分析してまして、中には世間のイメージと異なる結果も出てておもしろいです。たとえば、
- 少子化はバブル崩壊以前の1980年代後半から始まっており、就職氷河期世代の経済的困窮が少子化を加速させたという説にエビデンスはない。
- 就職氷河期「後期世代」(1999~2004年卒)の方が、団塊ジュニア世代よりも40歳までに産む子供の数が多い。
- 学校卒業時の景気状況と世代の出生率にはっきりとした相関はない。
- 氷河期世代を「前期世代」と「後期世代」に分けると、後期世代が特に年収の低下や雇用の不安定化に苦しんでいる。さらに、この所得格差が引退後にも深刻な影響を及ぼす可能性がある。
みたいな感じ。中でもバブル世代→氷河期前期→後期の順に年収が下がり、そのせいで同年代での格差が拡大してるって分析は、個人的な実感に照らしても「やっぱりなぁ……」みたいな印象っすね。それと同時に、一番割りを食ってるはずの後期世代のほうが、実は40歳までに生む子供の数が多いってのも不思議なもんですね。就職時の景気と出生率にもはっきりした相関がないらしく、これも驚きでありました。
せんじつめると、私と同世代ぐらいの人たちは、これから低収入&低貯蓄にも加えて、介護の負担までのしかかってくるようで、ちょっと考えただけでもヤバめ。にも関わらず、この世代への再分配政策や引退後の福祉の議論って進んでないあたりに、めっちゃ辛い気分にさせられました。おすすめ。
SAME AS EVER この不確実な世界で成功する人生戦略の立て方
変化の激しい現代社会をどう生きればいいんだ!みたいな話をまとめた本。
「現代を生き抜くには?」って問題をテーマにした本はたくさんあって、だいたいは「未来を予測する精度を高めようぜ!」「これから必要なスキルを鍛えようぜ!」みたいな話になることが多いんだけど、本作の切り口はちょっと違っていて、
・未来は変化が激しすぎるし、どんな専門家でも予測は無理!将来に必要なスキルとかも、みんな偉そうなこと言うけどだいたい間違うし!
・だから未来の予測なんてあきらめて、普遍的な人間の本質を理解することが、賢明な判断への近道だよ!
みたいになってます。時代の変化ってのは人間の目を引きやすいので、つい「未来を予測するぞ!」って気になっちゃうんだけど、それは大間違い。一方で人間の行動原理は安定しているから、そこを学ぶほうが確実でしょ!って話ですな。個人的には、未来志向の能力がまったくないってのもありまして、この見方には大賛成でありました。
そのためにどうすべきかってことで、著者さんはニール・ファーガソンの「死者は生者よりも多い……私たちはこの巨大な知恵の蓄積を無視してはならない」って考え方を本書の核に置いております。世界がどれほど変化しても人間の本質は変わらないんだから、歴史から普遍的な真実を読み解こうぜ!ってことですな。
このポイントを、本書は23のショートストーリーで説明してまして、中でも大事だと思ったのは、
・幸福感を左右するのは現実そのものではなく期待と現実のギャップなので、期待値の管理が幸福の鍵
・成功には少なからず不快感や非効率性を受け入れる必要があるが、すべての妥協を受け入れるのも無理なので、そのバランスを取るのが大事
・スキルや競争優位性は「賞味期限」を持つので、進化論の考え方からすれば、未来に適応するには止まらずに走り続けるしかない
といった当たりでしょうか。短文にまとめると普通のことしか言って無さそうですが、それぞれを日常生活で活かすための具体的なアクションプランも示されてますんで、実用書としての結構も整っていてよろしいのではないでしょうか。
幻覚剤と精神医学の最前線
精神医学に幻覚剤がもたらすインパクトを追求した本。LSD、MDMA、マジックマッシュルーム(サイロシビン)といった物質が、うつ病、PTSD、依存症、さらには不安症や痛みの管理まで、多岐にわたる精神的および身体的問題の治療にどのように貢献できるかが詳述されております。
なかでも、サイケデリクスの作用機序はよく知らんかったので、「幻覚剤は脳のDMNをオフにすることで様々なメリットをもたらす!」って指摘は勉強になりました。拙著「無(最高の状態)」でも、「不安がちな人は瞑想でDMNを鎮めようぜ!」みたいな話をしてますが、これを幻覚剤で達成できるかもしれないわけですな。
実際、著者さんも「瞑想が20年かけて達成することを、幻覚剤は20分で達成するぜ!」と指摘されておりました。あくまで冗談交じりの表現ではありますが、この可能性にはワクワクさせられますなぁ。
それと同時に、本書は「幻覚剤は悪」という偏見に対し、その安全性と有効性を訴えるパートにも多くが割かれてまして、「マジックマッシュルームは最も安全だ!アルコールの方がよっぽど危険だ!」みたいな主張が展開されておりました。個人的にもこの見解には割と賛成っすね。
一方で、本書では幻覚剤のリスクに限定的にしか触れてない印象もありまして、例えば、「バッドトリップ」の危険性や、長期間にわたる副作用(持続的な不安感や視覚障害など)についての具体的な説明が少ないのは気になりました。一部の臨床試験で報告された幻覚剤の問題も、ちょっと影響を最小化しすぎじゃないですか?って印象もありますし。
とはいえ、本書が幻覚剤に対する正しい理解と利用法を広める一助になるのは間違いなく、特に治療抵抗性の精神疾患に苦しむ人々にとっては新たな希望になるんじゃないかと。今最も熱い分野のひとつなのは確実なので、押さえておくのが吉でしょう。
どうすればよかったか?
統合失調症を発症した姉と、その事実を認めず治療を拒んだ両親の25年間を、当事者である監督が記録し続けたドキュメンタリー。という概要を知るだけでも「これは必見だ!」って感じですが、いざ鑑賞してみると予想をはるかに超える奇跡の一作でした。
で、見る前は「統合失調症を掘り下げる内容なのかなー」ぐらいに思っていたところ、実際には、病気の内実にはほぼ触れずに「家族怖い!」に焦点を当てた仕上がりになっていました。全編を通じて、統合失調症を発症した姉の存在が、元から家族の中にあった機能不全の種をグングン成長させていく様子が克明に描き出されており、これはあらゆるコミュニティに当てはまる普遍的なテーマっすね。
すべての当事者が「良かれ!」と思って行動しているんだけど、その意図の中にバイアスと自己保身が混ざり合っていて、とりあえず事態を放置するうちに取り返しがつかなくなっちゃうケースは良く見かける光景でしょう。特に本作で出てくるご両親はどちらも知性のレベルが高いため、「頭が良い人ほど自己のバイアスを補強するのがうまくてドツボにはまる」問題を、まざまざと見せつけられた気分であります。
その結果として、単に「精神疾患と家族の葛藤」ってテーマに留まらず、家族って超密室コミュニティで形成される善意の暴力と、愛情の名を借りた圧力を検証する感じになっていて超怖い。シンプルに見れば『世間的な価値と差別感を内在化させた親が悪い!』みたいな結論になるんでしょうけども、そこから抜け出すのは超難しいし、明日は我が身としか思えないしで、「ヘレディタリー」のような家族ホラーに近い感触がありますね。
また、本作では、監督さんが両親を結構厳しめに難詰する様子が何度も映し出されていて、これもなかなかしんどい場面でありました。心理学的な交渉のセオリーからすれば、こういった対応は何も生み出さないから絶対にNGなんだけど、これは外部の人間だから言えることで、果たして自分が同じ状況にいた場合、同じような行動に出ないかは全く自信がないっすね。中にはこの監督の対応に引っかかる人もいるかもですが、私はこのようなシーンも含めて「人間を見た!」って気にさせられました。
ちなみに、タイトルの『どうすればよかったか?』ついては、「早く適切な医療を受けさせればよかった!」としか言いようがないものの、その根っこには「25年の人生を失った姉」の生涯への虚無感が鳴り響いていて、そのあたりも泣きそう。長年治療を受けられなかった姉が、たった3カ月の入院と適切な投薬により急に生き生きした表情を取り戻すシーンも相まって、人生の不可逆性に頭を殴られる感覚になりました。年末に凄いの見たなぁ。