神経科学者「生きてる!と感じられる音楽を715曲選んでみたぞ」
ある種の音楽を聞いていると、なんとも言えない感情に襲われることがあるじゃないですか。畏怖とか落胆とか恍惚とかネガポジな感情の両方が混ざってて表現しづらいんだけど、最終的には「生きてるなー」って感じになると言いますか。
このような得も言われぬ体験は、かつては「あまりに感覚的すぎて科学の俎上には乗りづらい」と言われてきたんですけど、近年はいくつかの研究(R)が進みまして、神経科学者の一部は、この現象を「フリッソン」と呼んでたりします。
「フリッソン」はフランス語に由来する言葉で、「興奮、感情、スリルの突然の感覚や感覚」ぐらいの定義になります。音楽だけでなく、自然、アート、詩、映画などでも同じ現象は起きまして、2019年の研究(R)では、フリッソンは「性的オーガズムと同様の生物学的・心理学的要素を持つ」と指摘しております。それぐらい、アートがもたらす快感は強いってことですね。
では、なぜ音楽によってフリッソンが起きるのかってことですが、よく言われるのが「対比的価値理論」と呼ばれるものです。これがどういうことかというと(R)、
- 「最初に嫌な気分になり、その後で良い気分になる」と「最初に嫌な気分を味わうことなく良い気分になる」という2つの体験を比べた場合、前者のほうがより強く良い気分を体験できる。
って現象を意味してます。ずっとハッピーな映画を見るよりは、いったん緊張するストーリーが展開したあとでハッピーな場面が来た方が、よりポジティブな体験をしやすいのと同じっすね。ポール・ブルーム博士が指摘する「私たちが幸福を得るためには、苦痛によって体験のコントラストを最大化する必要がある」にも近い考え方だと言えましょう。
実際、過去の研究(R)でも、フリッソンをもたらす音楽ってのは「期待違反」の仕組みとと強く相関しているそうな。簡単に言えば、聞き手の予想を裏切るようなリズム、メロディ、コードの展開があるほど、私たちは、怒り、驚き、喜び、興奮など、さまざまな感情を一気にまとめて抱きやすいんだってことです。裏切りによって「対比的価値」が発生するわけですね。
これは、おそらく人類の進化のプロセスに関わる現象だと考えられていて、研究チームいわく、
フリッソンは、外界に関する知識を獲得し、対象や状況を意味あるものとして認識しようとする人間の内的衝動の充足に対応する。人間において、環境条件を探求し理解するこの欲求は、生存のための生物学的な話に前提条件である。
とのこと。難しい言い回しですけど、簡単に言うと、
- 人類の祖先は、厳しい環境を生き残るために、いつも未来の結果を予測するように進化してきた。そのため、人間の脳は、常に何かがどのように展開するかを予測している(これは「Your Time」で説明した話ですな)。
- そのため、音楽を聞くときも、私たちはつねに次の展開を予測している。
- ところが、その予測が裏切られると、原始的な生存システムが刺激され、脳の神経ネットワークがより広範囲に活性化する。
- 得も言われぬ複雑な感情が発生し、これが「生きている!」という感覚を生み出す。
みたいな流れです。アートによる裏切りの感覚が脳の生存システムを刺激し、これが「生きているってのはこういうことだ!」って感覚を呼び起こしてくれるんじゃないか、と。
というわけで、長々と書いてきましたが、結局のところ何が言いたいかと言いますと、この現象を研究する神経科学者のチームが「フリッソンを引き起こしやすい音楽をたくさん集めたよ!」ってリストをSpotifyに公開してくれてるよーってことです。プレイリストは全部で715曲もありまして、日本からはB’zやバンプなども選ばれていて、なかなかおもしろい内容になってます。
とりあえず、ここに並ぶ曲をいろいろ聴いてみて、自分なりのフリッソン探しをしてみるのも楽しいんじゃないでしょうか。個人的には、大好きな「Lux Aeterna」「ジョニーキャッシュ版のHurt」「Your Hand In Mine」あたりが選ばれていて嬉しかったです。