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伝説の名著『銃・病原菌・鉄』って 間違ってるんじゃないか説


誰もが認める名著の1つと言えば ジャレド・ダイヤモンド先生の『銃・病原菌・鉄』。ピューリッツァー賞を受賞した一冊で、 各界の著名人が推奨している レジェンド級の本でもあります。

 

この本の内容を、めっちゃシンプルにまとめると、

 

  • いろんな社会が繁栄するかどうかは、地理的な運によるところが大きい!

 

  • ユーラシア大陸は東西に 広がっているので、気候や昼の長さがわりと均一であり、 そのおかげで農業や技術、イノベーションが普及しやすかった。 だから、ヨーロッパの諸国が発展したのだ!

 

  • 一方で、南アメリカ大陸やアフリカ大陸は南北に大きく広がっていたので、気候や生態系が異なるため、農作物や家畜の普及に大きな障壁となった!

 

  • このような地理的要因が、ユーラシア文明の社会発展を もたらしたのだ!

 

みたいな話です。たいていの著名人は、 この主張をもとに「努力よりも環境や条件の影響のほうが大きい!」 みたいな人類史観を提示しているケースが多めですね。

 

ただし、近年では、この本にも「いろいろと間違ってないか?」 といった指摘が複数出てるんですよ。 たとえば、

 

  • ダイアモンド先生は、インカ帝国の 没落についてスペインの征服者の記述をうのみにしているが、それらの記述は非常に信頼性が低く、偏見があるため信頼度がめっちゃ低い。

 

  • ダイアモンド先生は、いくつかの病気が農業の 発達後に広まったとしているが、 この主張は、1977年時点で既に否定されている情報に基づいていたりする。たとえば、マラリアが鳥類から人間に伝わったというダイアモンドの推測は、明らかに誤りであるとされている(R)​​。

 

みたいな感じで、シンプルな事実誤認が ポロポロと出て来ちゃったんですよね。まぁどんだけ有名な本にも瑕疵はあるもので、 同じくレジェンド本である「ファスト&スロー」 だって間違いがいろいろ指摘されてるんだから、これは仕方ないことでしょう。

 

しかし、 近ごろマックス・プランク進化人類学研究所から出た見解(R)は、「 そもそも『銃・病原菌・鉄』の メインの主張がおかしくないか?」と 思わせる内容で、ちょっと驚きました。

 

研究チームいわく、

 

『銃・病原菌・鉄』を読んで、その広さに感銘を受け、ダイヤモンドの観察と直観に対する定量的なテストを考案できることに気づいた。人類の歴史に関する生物地理学的な主張は多くの注目を集めまるため、ビッグデータ分析でフォローアップすることが重要だ。

 

とのこと。 ダイヤモンド先生の主張は、あくまで個別の議論をもとに組み立てた「つぎはぎのビックストーリー」でしかないので、 近年のデータベースを使えば、 定量的な検証ができるのではないか、と。

 

ということで、研究チームは、1,094の伝統的社会から 集められた膨大なデータベースを使い、環境要因(具体的には気温とか地形とか)と文化的特質の伝達との関係を分析したんだそうな。このアプローチを使うことで、異なる環境で文化が伝わるスピードが変わるのかを評価できるんですよ。 これは面白い研究ですねぇ。

 

そこで、どのような結論が出たのかと言いますと、 こんな感じになります。

 

  • 環境的な障壁は、ある文化が社会間で共有されるスピードに影響を与える。たとえば、住居タイプや、社会組織の違いなどは、文化の移動と有意な相関を示した(これはダイヤモンド先生の仮説に沿っている)。

 

  • ところが、このような環境の問題が、必ずしも他の大陸よりユーラシア大陸に対して有利なわけでもない。地理的・生態学的な違いによって文化の伝り方が変わるのは、 世界のどこにでもある現象で、ユーラシア大陸への明確な偏りはない。

 

簡単に言えば、 環境によって情報が伝わるスピードは変わるんだけど、ある地域の社会が他よりも本質的に有利になるような 事は無いのだと。「ユーラシア大陸の地理が技術革新の普及に独自の優位性をもたらした!」というダイヤモンド先生に、 真っ向から立ち向かう 結論になってますね。

 

研究チームいわく、

 

ダイヤモンドが直感したように、文化的な革新がどのように広まるかは、環境が影響している可能性は高い。しかし、大陸のタテヨコの長さが文化の伝播の可能性を一律に規定するという証拠はない。

 

とのこと。文化の伝わり方には無数の要因が影響するので、ダイヤモンド先生が言うほど、シンプルな条件には当てはめられない、というお話ですね。この研究を見ていると、大陸の形の他にも、民族の移動、直接的・間接的な文化交流、歴史的な偶発性といった要因が、文化の伝わり方を決めているようでして、「確かに環境は大事だけど、複雑すぎて最大の原因とかは決められないな」という とても当たり前の結論になりそうであります。

 

もちろん、この 結論だけで『銃・病原菌・鉄』が無効になったわけじゃないんですが、 本書が 掲げるメインの主張には、 かなり面白い話が出てきたなと言う印象であります。もともと、ダイヤモンド先生の議論はめっちゃ広範なので、もっと管理可能なレベルまで複数の仮説に分解しないことには、フォローアップも難しいでしょうしね。 とはいえ、 これからは、無条件で『銃・病原菌・鉄』を 推奨するのは、ちょっとためらってしまいますね。

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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