現代を幸福に生きるには「豊かな人生」にこだわったほうがいいんじゃない?という文献の話
「幸せに暮らすにはどうすればいいのか?」ってテーマを掘り下げた研究は多くて、いろんな先生が「人類の幸福」を探りまくっているわけです。
ただし、ひとくちに“幸福”と言っても定義はそれぞれで、いろんなパターンの幸福感が提示されております。
- ヘドニック幸福 :快楽や喜びを追求することから得られる幸福。美味しい食事を楽しんだり、好きな音楽を聴いたりとか。
- ユーダイモニック幸福:人生の目的や意義、自己実現を重視する幸福。ゴールを達成したり、自己成長を目指したりとか。
- 意味のある幸福:自分の人生が他者や社会にとって意味があり、貢献できていると感じることから得られる幸福。ボランティア活動や社会的な正義を目指したりとか。
- 主観的幸福:ポジティブな感情と人生への満足感を組み合わせたもの。日常生活における感情や、全体的な人生の評価に基づく幸福感を意味する。
って感じで、主だったものを挙げてみましたが、他にも複数の定義があったりするんですよ。これらの考え方は、「どれが正しくて間違っている」ってもんではなく、人間の精神をいろんな角度から切り取ったものだとお考えください。
でもって、近ごろポジティブ心理学の世界でよく言われるのが、「Rich life(豊かな人生)」であります。これは単に幸福や意味のある人生とは異なり、
- さまざまな経験を通じて得られる心理的な豊かさ。
を重視した人生を指しております(R)。おもしろい経験をたくさんすることで視点が広がり、コンスタントに個人の考え方や感じ方を変えていくような人生ですね。
なので、一般的に考えられる「幸福な人生」ってのは、安定や快適さ、満足感が中心になるんだけど、「豊かな人生」ってのは、必ずしも楽しいだけではなく、時には困難や不快な経験も含まれていたりします。それによって、人生における見方や理解が深まり、変化し続けることそのものに幸福を見出すわけですな。
まぁこのような考え方が、全ての人に適用されるのかはわからんし、幸せな人生や有意義な人生よりも優れているわけではないでしょうが、私も「不快な体験が後で幸福を高めることって多いよなー」とは思いますからねぇ。安全とか安心な体験って「未知の体験が大好き!」みたいな資質を持った人には、重要な観点じゃないでしょうか。
で、このタイプの幸福を得るにはどうすればいいのか?ってことで、新しい研究(R)は、「豊かな人生を手に入れるには認知的な複雑さが必要だ!」ってポイントが示されておりました。
認知的な複雑さってのは、「物事や人の行動を単純化せず、さまざまな角度から複雑に捉え、より多面的に解釈する能力」みたいな概念です。例えば、あなたが運転中に急な割り込みをされたとしましょう。このときに、脊髄反射で「失礼な人だ!」と断定するんじゃなくて、その人の背景などを考慮して、「何か漏らしそうで急いでいるのかな?」みたいに、より複雑な説明を思いつける能力が「認知的な複雑さ」に当たります。
細かいことは省きますが、この文献では、心理的に豊かな人生が「認知的な複雑さ」の高さと相関していることを示してまして、とにかく事態をいろんな側面から見る能力を高めるのが大事なのは間違いなさそう。具体的には、豊かな人生を送っている人ほど、以下の能力が高かったらしいんですよ。
- 他者の行動の原因を複雑に考える傾向:たとえば、急に上司に怒られたとしても、すぐに「最悪の人間だ!」とか思わず、「プライベートで嫌なことがあった」「単に睡眠が足りていない」など、いろんな仮説を考え出せる。
- 全体的な観点から物事を捉える傾向:ホリスティックな考え方をする人は、個々の経験をより大きな物語の一部としてとらえ、全体像を見るのがうまい。 たとえば、親しい友人と口論になったとしても、それで「この人間関係は終わりだ!」と思ったりせずに、「長い目で見たら人間関係には必ず上がり下りがあって、今回はその下りフェーズだな」と考えて、成長の糧として使える能力。
って能力が高いんだそうな。簡単に言えば、「認知的な複雑さ」は、物事や人間関係を単純化せず、より深く、多角的に理解する能力って感じでしょうな(簡単にまとめちゃう時点で認知的な複雑さの思想に反してますが、そこはそれで)。
認知的な複雑さがある人は、人生の「あいまいさ」とか「矛盾」から逃げないし、 人間関係、仕事、日常的な出会いなどをそのまま受け入れられるケースが多め。このような人は、自分の経験を深く振り返ることが多いし、出来事のいろんなつながりを認識できるし、人の行動が一面的であることはめったにないことを理解できるしで、必然的に人生が豊かになっていくんだそうな。この能力は、ストレスに立ち向かうためにも大事な観点だし、変化が速い現代で暮らすためにも役立つ気がしますな。
ちなみに、この文献には「認知的な複雑さ」を鍛える方法は出てないんですけど、先行研究なんかを見てると、だいたい以下のようなガイドラインを守るのが大事になりそうであります。
- いつも多角的な原因を意識する:他者の行動や出来事に対して、最初に思いついた原因はいったん棚上げして、「もっと別の要因がないかなぁ……」と考える習慣を持つ。例えば、誰かが失礼な態度を取った場合、その背後にはストレス、誤解、文化的な違いなど複数の要素が絡んでいるかもしれないと考えるようにする。他者の行動を観察する際は、「なぜそうなったのか?」という質問を少なくとも3つの異なる角度から考えてみると良いかも。
- ホリズムを重視する:物事を個別に切り離して捉えるのではなく、全体的な文脈や関連性を考慮する。具体的には、何か問題や課題に直面したとき、その問題が他の要素やシステム全体とどのように関連しているかを考える習慣をつける。たとえば、あるプロジェクトで納期が遅れている場合、その原因を単に「作業が遅い」とするのではなく、チームのコミュニケーションの問題や、関連する別のプロジェクトの進捗、リソース不足、業務プロセスの非効率性など、システム全体の要因を考慮して改善策を検討する。
- とにかく新しいことをやる:日常的に新しい、予期しない経験や挑戦に挑むことで、自分の視点を広げ、柔軟な思考を養う。具体的には、毎月これまで経験したことがない活動や場所に挑戦する。たとえば、新しい文化に触れる旅行や、興味のなかった分野の勉強を始めたり、 異なる意見や立場の人々と対話をする機会を増やしたりとか。
まぁ人間の脳ってのは「これが唯一の原因だ!」と思い込みたい性質があるんで、ここらへんは意識して実践しとかないと、すぐに固定化の罠にハマりそうな気がしております(私もそうです)。これは自分でも気をつけよう……。