「すぐやる人」が意外と損をしちゃうのはなぜか?──“プレクラステネーション”問題を考える
「先延ばしして、また締め切りギリギリだ…」「ToDoリストをこなせなかった…」みたいな問題は、仕事や勉強における定番でしょう。このような問題は、心理学の世界ではもう何十年も研究が続けられてまして、「完璧主義が原因だ」とか、「報酬系の脳機能に問題がある」みたいなメカニズムが明らかになってきています。
が、これに加えて近年よく注目されるようになったのが、「プレクラステネーション問題」であります。これは先延ばしの逆みたいな現象で、簡単に言えば「必要以上に早くやってしまう!」みたいな心理を意味します。
ぱっと聞くと「それの何が悪いの?」と思うかもですが、このプレクラステネーションは無駄な努力や判断ミスにつながりやすく、ときに先延ばしよりも厄介な問題を引き起こすことがあるんですよ。
プレクラステネーションって考え方が生まれたのは2014年で、ペンシルベニア州立大学のデビッド・ローゼンバウム先生らが行った研究がもとになってます。この実験はとてもユニークで、内容をざっくり説明すると、
- 参加者を、長さ約5メートルの通路の入口に立たせる
- 通路の途中に2つのバケツを配置する(1つは近く、もう1つは遠く)
- 参加者には、「どちらか1つのバケツを持って、通路の出口まで運んでください」とだけ指示する
みたいになります。このとき、どちらのバケツも重さは同じに揃えているので、普通に考えると遠くのバケツを取った方が合理的な選択のはずでしょう(それだけバケツを運ぶ距離が短くて済むので)。
が、結果はさにあらず。なんと、実験では多くの人が“わざわざ近いバケツ”を選んだというから驚きであります。つまり、なぜか重いバケツをより長く持つほうを選んじゃったってことですな。
なんだか不思議な話ですけど、この結果について、研究チームは以下のような仮説を立てております。
- 人は「タスクを1つでも早く終わらせたい」という衝動に動かされているからだ!
人間ってのは「とりあえず着手した!」って感覚を得たい心理を持っており、たとえそれが最終的には損になる選択だとしても取りかかってしまうんじゃないか、と。人間の脳は「合理性」よりも「心理的達成感(やってる感)」を優先してしまうことがあるんじゃないかって仮説であります。
この考え方に、心当たりがある人は多いんじゃないでしょうか? たとえば、
- 返信不要のメールに即レスして満足した
- ちょっとした雑務を一気に片づけて「今日は頑張った感」を演出した
- 緊急じゃないタスクを早めにやることで、実は本当に重要なことを後回しにしてしまう
これらの行為は、すべて「早く片づけたい!」って欲求に突き動かされたものじゃないかと考えられるわけですね。
では、私たちはどんな時にプレクラスティネーションを起こすのかってことで、セントローレンス大学の先生方が面白い検証(R)をしてくれておりました。この研究は、上記のバケツ実験を再検証したもので、以下のような2つの調査を学生50名に実施してます。
- 上記のバケツ実験を再び行う
- 同時に参加者の「遅延割引」を調べる
- 2つの結果を比べて、プレクラスティネーションの原因を調べる
「遅延割引」ってのは、「今すぐ100円もらえる vs. 1週間後に150円もらえる」みたいな選択肢を提示して、どちらを選ぶかを調べたものです。主に衝動性の強さを評価する時に使いまして、つまり研究チームは「目の前の欲望にすぐ負けちゃうような人ほど、プレクラスティネーションが起きやすいのでは?」と考えたわけですな。
では、その結果がどうだったかと言いますと、予想に反して「プレクラスティネーションと衝動性のあいだに相関は見られなかった!」らしい。どうやらプレクラステネーションってのは、「目先の誘惑に負けている」のではなく、どうやら別の心理バイアスによって引き起こされているみたいなんですよね。
そこで研究チームは、さらにバケツ実験の条件を変えて、次のような追加試験を行ってます。
- 通路の長さを変える:最短5メートルから、最長30メートルまで。つまり、バケツを持って歩く距離が最大で6倍になってる。
- バケツの重さを変える:軽いバケツ(約1kg)から、重いバケツ(約5kg)まで、持った時のつらさを変えた。
- 近いバケツと遠いバケツの間隔も変える:近い方との距離差が小さい場合と、大きい場合を用意。
これによって、「どれぐらい負担が増えたら、人は非合理な行動をやめるのか?(=“近いバケツを選ぶ”のをやめるのか)」を測ったわけです。
すると、結果として次のような傾向が見られたんだそうな。
- 軽く短い条件(例:5メートル・1kg)→ 多くの参加者が近いバケツを選んだ。つまり、2014年のオリジナル研究と同じ結果。
- 負荷を少し上げた条件(例:15メートル・3kg) → 遠いバケツを選ぶ人が増えた。つまり、プレクラスティネーションの率が減少した。
- 最も重く長い条件(30メートル・5kg) → ほぼ全員が遠いバケツを選んだ。つまり、プレクラスティネーション現象は消え、合理的な選択をするようになった。
ということで、努力のコストが低いうちは「早くやっちゃおう!」という心理が働いてプレクラスティネーションが起きやすく、それなりに努力の負荷を感じたときには「遠回りしてでも楽なほうを選ぼう!」と脳が理性的に判断するってことですな。要するに、人間ってのは、ぱっと見で「めんどくさい!」と思えた時には合理的になるとも言えますね。
なので、ここでの最大の教訓は「やる気が出たときに、『これって合理的か?』と考えてみるのも大事」ってとこでしょうね。たとえば、メールが溜まっているときに「返信できるのだけ先にやろう」と思うのは悪いことじゃないんだけど、「心理的な“やってる感”を満たすだけで、本当に重要なメールを後回しにしてないか?」って思考をいったん噛ませるのはありでしょうね。「これって今すぐやる必要があるか?」「今やることで損しないか?」「やってる感に逃げていないか?」みたいな“チェックリスト的な思考”を使ってみると良いわけっすな。
簡単にまとめると、人間ってのは「着手しやすさ」でタスクを選びがちで、そのせいで不要な軽作業を真っ先に始めがちだよーってのが、今回のポイントであります。これを防ぐためには、タスクを「重要度」で並べ直しつつ、「とりあえずやった感」で脳を満足させない施策が必要になるって感じっすね。どうぞよしなにー。