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「生命の樹」で「生命はどこから来たのか?」がわかるかもしれないぞーという本を読んだ話

 
 

生命の樹(The Tree of Life)』って本を読みました。著者のマックス・テルフォードさんはUCLの進化生物学者で、比較解剖学の重鎮なんだそうな。

 

本書のテーマは、ひとことで言えば「この惑星にいるすべての生命は、一本の“家系図”に接続されている!」みたいな感じで、人間、クラゲ、カビ、オリーブ、細菌など、なんの関係もなさそうな生物は、すべてつながっているんだよー、といった話を面白く伝えてくれる内容になっております。要は「外見の錯覚に惑わされず、進化の“長い物語”を読み解こうぜー」ってことで、私の大好物なテーマでしたねー。

ってことで、いつもどおり勉強になったポイントを見ていきましょうー。

 

  • まず本書のテーマで重要なのは、『この地球の生命はすべて一つの祖先につながる』という事実である。ざっくり生命の進化をさかのぼると、

    ・ヒトとチンパンジーとは約1,000万年前に分岐
    ・ほかの霊長類とは3,000万年前に分岐
    ・クラゲやサンゴとは5.5億年前に分岐
    ・キノコや植物とは20億年前に分岐
    ・細菌とは40億年前に分岐

    といった感じになり、すべての生き物は“同じ出発点”から枝分かれしている。人間とクラゲにはなんの共通点もないようだが、実際には、筋肉、神経、消化器など、私たちが持つ身体の雛形は、大半をクラゲと共有している。

    さらに言えば、DNA、細胞エネルギーの産生方式、細胞分裂の仕組みなど、超基本となる生命の設計パーツは過去に一回しか発明されておらず、あらゆる生命はその使い回しをしている。

 

 

  • 上記のような生命の樹は、どこで種が分かれたか(横方向の枝分かれ)と、どんな特徴が発明されたか(縦方向の伸び)の二軸で読むことができる。生命の樹の枝分かれとは「二つの種が分離し、別方向に進む瞬間」を意味しており、そのあとは自然選択によって、背骨、四肢、毛皮、脳といった“機能アップデート”が起き、そのまま子孫へ受け継がれる。

    そのため、背骨を持っていれば脊椎動物だし、毛と乳があれば哺乳類だし、葉緑体があれば植物だし、という識別ができる。

 

 

  • しかし、人間の脳は、目の前の“形や動き”から因果を推測してしまう装置であり、それゆえに体型や行動パターン、生活空間が似ていると、「これは近い仲間だろう」と勝手にラベルを貼ってしまう。

    しかし、進化生物学の世界では、類似は“遺伝”ではなく“要求”から生まれることが多い事実が明らかにされている。これは「収斂進化」と呼ばれる概念で、「まったく別の祖先を持つ生物が、同じ課題に直面すると、同じ形態へ近づいてしまう現象」を意味する。

    当然ながら、進化に意志があるって話ではなく、自然選択が「これが生き残りやすい形だ!」「この環境ならその翼が最適だ!」みたいな“フィルター”をかけ続けるため、結果が一致してしまうって話である。

 

  • 最も有名なのは「ツバメ」と「アマツバメ」の例で、両者はともに空中でずっと飛び続け、昆虫を飛びながら捕り、翼は長く細く後方に反り返るという、非常によく似た特徴を持っている。しかし、実際に解析してみると、アマツバメはハチドリ寄りで、ツバメはフクロウ寄りの先祖を持っていることがわかるため、外見が一致したのは、「空中捕食」というタスクが一致したからだと考えられる。

 

 

  • このような現象は、あくまで進化が「目的」ではなく「適者生存」であり、生き残りに有効なら同じ形態が勝つからである。そのため、表現型(外見)を手がかりに系統を推測すると間違いを起こしやすい。実際、分子系統解析(DNA比較)が普及する前は、鳥類や昆虫の分類は大混乱だった。

 

 

  • ここから得られる教訓は2つあり、1つめは「直感では環境選択の結果を理解できない」という点である。我々の脳は“10万年スパンの変化”を扱えないため、外見が似ていたり、同じ場所にいたり、同じ動きをしていたりすれば、すぐに「同じ祖先だ!仲間だ!」と錯覚してしまう。

    2つめは、 「見かけ」よりも「DNA」のほうが圧倒的に正確だという点である。「似て見える」と「遺伝的に近い」は完全に別問題であり、遺伝子による比較が可能になったことで、いまや生物分類の9割が再編成されたと言っても過言ではない。だからこそ進化学者は、見かけにまどわされず、遺伝子と系統のネットワークを読む。それはつまり、生命がいかにその場その場でどうにか適応を繰り返してきたかを理解する作業でもある。

 

 

  • 生命の全種数は最大1兆種と推定され、これを一本の樹の葉に見立てると、樹高40mのオークに葉が100万枚で、1兆枚の葉なら高さ40kmとなる(つまり成層圏レベル)。

    また、人体を地球45億年の歴史に見立てると、

    足元:地球形成
    すね:生命誕生
    顎:最初の四足動物
    前髪の生え際:最初の霊長類
    頭頂の数ミリ:人間の歴史

    となり、人間はほんの最近に登場した新参者であることがわかる。

 

  • 生命の樹の最大の価値は、“見えない祖先”を復元できるところにある。ここでやることは2つだけで、

    1.どの生物がどの機能を持つか
    2.系統関係はどうなっているか

    だけである。これが分かれば、

    背骨は5億年前の脊椎動物祖先の発明だ
    毛と乳は1億年前の哺乳類祖先の発明だ
    DNAは40億年前の生命最初期の発明

    という遺伝子考古学が可能になる。それにより、我々人類がは、深海の微生物から始まり、道具を作った類人猿へ進化し、自分の起源を問い始めたヘンな動物だということも明確になる。生命の樹は、“私たちはどこから来たか?”という問いに、データで答える装置だとも言える。

 

  • 「系統樹」によって過去の生物がわかる理由はシンプルで、

    1.いま生きている生物の特徴(パーツ)を一覧にする
    2.それらの生物が、系統樹のどこにいるかを確認する
    3.「いちばん筋が通るストーリーはどれか?」を探す

    という三段構えで問題を掘り下げていくからである。たとえば、

    「背骨」を見る → 魚、両生類、爬虫類、鳥、哺乳類、ぜんぶ持ってるが、貝や昆虫、クラゲは持ってない

    といった状況があったとき、いちばん自然な解釈は「脊椎動物に共通する祖先が最初に背骨を発明し、それが子孫に受け継がれた」となる。このように「不必要に何度も同じものが発明されたと仮定しない」という考え方は、進化学でよく使われる発想法のひとつである。

 

  • ここまでをまとめると、タイムマシンとしての生命の樹は、以下のように使われる。

    1.現存する生物がどんな特徴を持っているかを調べる:背骨、四肢、毛、羽、視覚のタイプ、代謝パターン…

    2.系統樹上で「その特徴がどこまで共有されているか」を見る:どの枝までさかのぼると、その特徴が“共通装備”になっているか?

    3.「最小の発明回数」で説明できる位置を、“発明ポイント”とみなす:そこにいるのが「その特徴を最初に持っていた祖先」だと思われる

    これを延々と繰り返すことで、「500万年前のヒトとチンパンジーの共通祖先はどんな姿だったか」や「5億年前の脊椎動物の祖先はどんな体の構造だったか」といったことが、“それなりの精度”で見えるようになる。

 

  • もちろん「タイムマシン」には限界もあり、このタイムマシンは完璧ではない。化石が少ないグループでは不確実性が高いし、遺伝子が失われたり別の生物から水平移動したりすることもあるため、いくらでもエラーの可能性はある。なので、科学者たちは、形のデータ(形態)、発生過程のデータ、生理機能のデータ、DNA・ゲノムのデータなどを総動員して、「どの系統図がもっとも矛盾が少ないか?」をひたすら検証し続けている、というのが実態である。

 

ってことで、いろいろ書いてきましたが、とにかく生命の樹ってのは「自分たちがどこから来たのか」をデータベースで教えてくれる唯一の仕組みなんで、「人間ってどんな存在なの?」って疑問に興味がある方には、なかなか示唆に富むのではないでしょうか。その結果として、“人間中心の感覚”を捨てられるのもナイスな効能ですよねぇ。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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