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操られる私たち── 世界トップレベルの行動経済学者サンスティーン教授が「マニピュレーション」の正体を語る本を読んだ話

  

 

「あなたは自由に選んでいる」と思っていても、実際にはそうじゃない。

 

操作(Manipulation)』って本を読みました。著者のキャス・サンスティーン博士は、オバマ政権でホワイトハウスに勤務し、行動経済学を公共政策に応用してきた第一人者。しかも世界で最も引用される法学者のひとりでもあり、法律や心理学の世界では超大物っすね。日本でも邦訳が多く出てまして、個人的には「ナッジで、人を動かす」「#リパブリック」あたりが好きでした。

 

で、本書のテーマもまた従来の書籍の問題意識に連なるもので、サンスティーン先生が「私たちは巧妙に操作されている!」と断言した上で、「我々はどうやって自由を守るのか?」ってのを教えてくれる内容にしております。ちょっと私の「社会は、静かにあなたを『呪う』」に近いところがありますが、こちらはかなり行動経済学寄りっすね。

 

ってことで今回も、本書から勉強になったポイントを見てみましょうー。

 

  • 世の中には、人を操ろうとする手法があふれているが、もちろんすべてが悪いわけではない。そこでまず重要なのは、「説得」と「操作(マニピュレーション)」を区別することである。

    ・説得=情報や論理を用いて、相手に考える余地を与えること。
    ・操作=情報を隠したり、感情を過剰にあおったりして、“考える機会そのもの”を奪うこと。

 

 

  • そのため、操作とは以下のような手法を意味する。

    広告で「限定!あと2時間!」と不安を煽る
    契約の細かい条件を細字に埋め込む
    重要なリスクを強調せず「夢のようなメリット」だけを押し出す

    このような手法を使われると、人は「自分で決めた」つもりになっても、実際には“決めさせられている”だけのような状態になってしまう。ここで怖いのは本人が操作に気づかない点で、だまされた感覚すら持たず、「自分の意思だ」と信じてしまう。

 

 

  • サンスティーン教授が提唱した有名な概念に「Sludge(スラッジ=汚泥)」というものがある。これは「無駄に複雑で面倒な仕組み」のことで、多くの企業やサービスは、スラッジを使うことでユーザーを操作しようと試みる。たとえば、

    ネットサービスの登録はワンクリックでOKなのに、解約には「電話受付のみ+平日限定」
    役所で必要書類を出すだけなのに、なぜか10枚の書類+窓口3往復

    といったやり口が代表的である。ここらへんに興味がある方は、「ダークパターン 人を欺くデザインの手口と対策」などもご参照あれ。

 

 

  • 心理学的にいうと、上記は「意志力の摩耗」を狙った戦術だと言える。人はめんどくささに直面すると、「まあいいか」と妥協してしまう性質があり、その結果として、不要な契約を続けたり、不利益な状況から抜け出せなくなってしまう。つまりスラッジは、我々の「やめたい」「変えたい」という自由を、面倒くささで潰してしまう。

 

 

  • もちろん、現代では詐欺や虚偽広告は法律で禁止されているが、「操作」そのものは違法ではない。たとえば、

    感情をあおる広告
    退会しづらいサービス設計
    社会的プレッシャーを利用する商品展開

    これらはすべて“合法”であり、だからこそ企業や組織は平気で使ってくる。サンスティーン教授はここに大きな危機感を示しており、「操作はお金を奪うだけでなく、時間と幸福感まで浸食する」と主張。そのためには「操作されない権利(Right not to be manipulated)」を社会に組み込むべきだと提案している。たとえば、明示的に「スラッジ的な手続きは禁止」と法的に定めるなど、制度レベルでの防御を訴えている。

 

 

  • 「バービー問題」と呼ばれる現象にも問題がある。これは、「本当は欲しくないのに、社会の空気によって買わされる商品」のことで、典型例としては、

    バービー人形(子どもが欲しがるから親が仕方なく買う)
    タバコ(本当はやめたいのに、周囲の雰囲気に流される)
    SNS(やめたいのに、使わないと仲間外れになる)

    といったものがある。こうした商品は、「個人の選択」というよりも「社会のプレッシャー」によって成立しており、買った人の多くが「なければよかったのに」と心の中で思っているのに、存在し続けてしまう。これは単なる消費行動の問題ではなく、社会全体の幸福度を引き下げる。

 

 

  • 「社会規範の罠」と呼ばれる問題もある。たとえば、

    飲み会で「お酒を断る」と「ノリが悪い」と思われる
    流行りのアプリを使ってないと「時代遅れ」と見られる

    といった現象が典型的で、つまり「拒否することで悪いラベルを貼られる」ことを恐れて、望まぬ選択をしてしまう状態を指している。心理学的には、これは「社会的承認欲求」を利用した操作だと考えられる。人間は本能的に“仲間外れ”を嫌うため、多少の不利益があっても流れに従ってしまう。

    この罠が厄介なのは、外的な仕組みではなく“人間関係そのもの”に埋め込まれている点。制度で規制するのが難しく、本人の内面の防御力が試される領域だと言える。

 

 

  • では、操作から自由を守るために、我々はどう抗えばいいのか? ここでサンスティーン教授は、「まず気づくこと」が第一歩だと指摘する。具体的なチェックポイントとしては、

    空気に流されていないか? →「みんながやってるから」という理由しかないなら要注意。
    面倒さで縛られていないか? → 「解約するのがダルいから継続」しているなら、それは操作されている証拠。
    考える余地を与えられているか? →情報が隠されていたり、感情ばかり煽られていないかを確認。

    この3つを習慣的に自問するだけで、操作から逃れる確率はぐっと高まる。

 

 

  • 結局のところ、自由とは「自分で考える手間」を放棄しないことだと言える。面倒だから、みんながやってるから、情報を与えられなかったから、といった理由で選択してしまうとき、人はすでに操作の罠にかかっていると言える。「自分で考える余地」は、現代人が持つ最大の財産であり、これを守るためには、制度的な改革も必要だし、個人としての自覚も不可欠である。自覚を行うためには、「自分が最近、本当は望んでいなかったのに、社会や空気に押されて選んでしまったものは何だろう?」と自問する癖をつけてみるのがよい。

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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