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貧乏、孤独、ダイエットに共通する「欠乏の罠」の心理 | 「いつも『時間がない』あなたに」

Scarcity

「いつも『時間がない』あなたに」を読み終わり。ありがちな時間管理マニュアルのような署名ですが、中身はハードな実証研究が満載の行動経済学の本であります。

 



 

著者のセンディル・ ムッライナタンはハーバードの経済学者で、「ポスト・ダニエル・カーネマン」とも呼ばれる超秀才。本書の主張は明快で、「何かが不足すると人間は処理能力が落ちる」というものであります。


少し前に、本書から「貧しい人は脳の機能も下がっている」って事例を紹介しましたが、お金がないと、つい注意不足になって遅刻が増えたり、約束の時間を間違えたりしちゃったりといった経験は、誰にでもおなじみかと思います。ただし本書のキモは、この現象がお金だけにかぎらず、時間、友人、カロリーなどにも当てはまると喝破したところ。


たとえば、ダイエット中は認知テストの成績が落ちるってデータがあるんだそうで、これを著者たちはカロリーの欠乏による代償と考えております。

 

ダイエットはこころに負荷をかける。ダイエット中の人は何をしているときも、心のどこかが食べ物に占拠されているので、心的資源が減っていると感じるはずだ。(中略)ダイエット中の人たちの心のいちばん上にはダイエットに関係する関心事があって、知力を邪魔している


ダイエット中の人は、つねに脳が食べ物のことに処理能力を使うので、そのぶんだけ他のことにまわすリソースがなくなっちゃうんだ、と。


この観点から、著者たちが糖質制限ダイエットを評価しているのもおもしろいところ。他のダイエットはNG食品の種類が多いせいで脳の処理能力を超えてしまいがちなんだけど、糖質制限はルールがシンプルなんで、心のリソースをあまり食わないから減量が続きやすいんだそうな。うーん、なるほど。


また、お金や時間とならんで大きなテーマが「孤独」の問題。 友人がいない被験者の脳を調べると、行動をコントロールする領域の活動が弱くなっていたとか。

 

自分が孤独になると思い込んだ被験者は、チョコチップクッキーの味見をする機会を与えられると、二倍近くたくさん食べている。これと同様に、年配のダイエット中の人たちに関する研究は、日常生活で孤独を感じる人たちは、脂っこい食べ物の摂取量がかなり多いことを明らかにしている。


友人への欠乏感でも脳の処理能力は落ちて、セルフコントロールの能力が下がっちゃうわけですね。


これはコミュニケーション能力の問題にも関する話で、友だちがいない人ほど孤独感に集中してしまうため、脳の処理能力が下がって逆に会話がうまくいかなくなっちゃうことが多いそうな。相手に気に入られようと思うあまり、逆に向こうの話を聞かなくなって嫌われてちゃうケースは、確かによく聞くところです。


ただし、「欠乏の心理」には悪いとこだけじゃなく、良い面もあったりします。その代表例が、

 

  • 集中力がアップする
  • 対象を大事に思うようになる


の2点。締め切りが近づくと仕事がはかどったり、金がないとコストに敏感になったりするのは、誰にでも経験があるところかと思います。おもしろい事例では、孤独感の強い人は、他人の感情の変化を見抜く能力が高まったりもするそうな。すごいですねぇ。


もちろん、これは非常に対策が難しい問題でして、本書にも目新しい処方せんがあるわけではございません。「定期的に預金口座へ自動送金する」とか「薬を飲み忘れたらふくらむピルボトル」とか、基本的にはダン・アリエリーが昔から主張するテクニックに近い感じ。


その意味で、お手軽なライフハックを求める読者には肩すかしでしょうが、いろんなことに使える思考の枠組みを手に入れたい方にはオススメ。いま自分が「欠乏の罠」にハマってないかを意識してみるだけでも、結構おもしろいかと思います。

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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