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映画「インサイドヘッド」は「見る認知行動療法」だった【ネタバレあり】

Insideout

インサイドヘッド」を見たら、傑作ぞろいなピクサー作品のなかでもトップクラスの面白さでビビりました。11才の少女の「感情」を擬人化した野心的な作品で、エンタメとしてちゃんと面白いうえに、記憶と感情の働きを科学的に正しくビジュアル化してるんですね。池上彰もビックリのわかりやすさであります。



エンドクレジットには「顔は口ほどに嘘をつく」で有名なポール・エクマン博士の名前がありまして、どうやら心理学的なチェックをガッツリと行ったっぽい。個人的に素晴らしいと思ったのは、


  • 感情は5つに分類できる:作中で擬人化される感情は「喜び」「悲しみ」「怒り」「恐怖」「嫌悪」の5つ。これは心理学の定説ではなくて、エクマン博士は「驚き」も加えた6つの感情を基本にしてるし、他にも「畏敬」や「プライド」や「共感」なんかを提唱する学者もいたりとか。ただ、もっとも研究例が多い感情は本作の5つなんで、とりあえず無難なところに落ち着いてるのではないかと。

  • 感情にはそれぞれの機能がある:ともすればヒトは「喜び」ばかりを求めがちですが、他のネガティブな感情にもちゃんとした機能があるので、どれが良いわけでも悪いわけでもない。このあたりは映画の出だしでサラッと説明されるんですが、現代心理学の重要なポイントかと。具体的な機能としては、
    • 怒り:「勇気」を与えて障害をとりのぞく行動をうながす
    • 悲しみ:現実的に物事を見て、現状と希望のギャップをつかむシグナルとして働く
    • 恐怖:未来に起こり得るトラブルへの準備をうながす
    • 嫌悪:自分に害をもたらす存在を知らせるサインとして働く

  • 喜びは創造性を広げ、悲しみは分析力を高める:作中で「ヨロコビ」は次々にアイデアを思いつき、ガンガンと実践に移していく。「カナシミ」は何もしないかわりに、現実を冷静に見たうえで対処法を考えている。これは昔から脳科学の研究でも実証されてる話で、ポジティブな気分の人ほど創造性は高いんだそうな。いっぽうで悲しみや不安は人間の集中力を高める作用がありまして、物語の中盤で「カナシミ」がやったように、マニュアルを読み込むような作業には向いているんですよね。

  • 怒りと恐怖は暴走しやすい:「イカリ」は少女と親を仲違いさせて家出に駆り立て、「ビビり」は誘拐や地震まで想定するわりに「先生に指される」レベルのトラブルは思いつかない。これは怒りと恐怖が原始的な感情だからで、石器時代にライオンやトラに襲われたときや食糧不足のときなどには十分に役に立っておりました。ところが、現代の環境では怒りや不安をかき立てる要素が多いので、かつては上手く働いていた感情が暴走しがち。このあたりは、進化心理学でよく出てくるテーマですね。

  • セルフコントロールには感情同士の連絡が大事:映画だと、大人の脳内では感情たちがイスに座って会議を行い、子どもの脳内では1つのトラブルに対して1つの感情がターン制で指揮を取っている。これはセルフコントロールの上手い比喩になっていて、1つの感情にとらわれずに、それぞれの感情が持つ機能を十分に発揮しないと、場面に応じた最適な反応が取れないわけですね。いままでの意志力研究を見ても、感情のバランスが取れた人ほどセルフコントロール能力は高い模様。

  • 記憶には良い悪いもない:映画のなかでたびたび出てくるのが、1つの記憶が良い思い出にも悪い思い出にも変わるって話。ホッケーで胴上げされた記憶が、実は試合に負けて泣きじゃくった記憶とつながってたり、雨の記憶が「水たまりをジャンプした楽しい思い出」と「寒さと不快感に耐えた嫌な思い出」に切り替わったり。心理学では「リフレーミング」として知られる現象で、要は記憶そのものは無色なんだけど、その時の感情によって色合いが変わるって話です。これは人生の複雑さに対処するための重要な機能で、メンタルが強い人ほど「リフレーミング」も上手い傾向があったりします。

  • 押し込めた感情は強化される:「ヨロコビ」は「カナシミ」を遠ざけておこうとするけども、そうするほど「カナシミ」の影響力は強くなり、青色に変わった記憶のボールはもとに戻らなくなる。これは「シロクマのリバウンド実験」と呼ばれる現象で、ネガティブな感情から目をそらすほど、否定的な感情に頭が支配されることが立証されてるんですね。この問題に対抗するには、「自分は悲しんでるぞ!」とハッキリ認識したうえで、「とりあえず今は悲しんでもOKだ!」と自分に許可を出すしかない感じ。

  • 最終的に目指すべきは「ホールネス」:物語の終盤、少女は悲しみを受け入れることで最適な行動を取れるようになり、「ヨロコビ」も旅の途中で悲しみや怒りを体験することで他の感情との連携が上手くなっていく。この状態は心理学で「ホールネス」(全体性)と呼ばれてまして、ポジティブとネガティブをあわせた幅広い心理状態を、しっかりと自分のなかに取り込める能力を指しております。嫌な思考や感情を抑えたくなるのはみな同じですが、実は感情のダークサイドを活かすように考えたほうが建設的なわけですね。

といった感じ。ここから得られる教訓はいろいろありましょうが、なにより凄いのは、本作を見ただけで認知行動療法の土台が作れちゃうところでしょう。


というのも、最近の認知行動療法では感情と自分を切り離すことの大事さが強調されてまして、まずは自分の感情のモデルを作るのがポイントになってるんですね。たとえば自分が怒りやすい性格だったら、どんな場面で怒りのスイッチが入りやすいのかを把握したうえで、「あー、いまオレは怒ってるから胸のあたりが緊張してるんだなー」とか客観的に見ていく感じ。


「インサイドヘッド」は、物語を追うだけで自然と感情のモデルが飲み込めるようになってるんで、見終わった後には誰の頭にも感情の基本的な見取り図ができてるはず。あとは、このモデルを自分の環境によって調整しつつ、「いまビビりがボタンを押したな…」とか考えてみるだけでも「ホールネス」のトレーニングになるかと思います。これぞ教育映画の鑑!


そんなわけで、心理学の方向からいろいろ書いてみましたが、少女の成長を描いた泣けるエンタメとしても一級品ですんで、ぜひご覧になったらよいかと思います。というか、わたしも2回ほど大泣きしました。


ちなみに、感情のダークサイドを活かす方法については、以下もご参照ください。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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