「私たちが間違いを信じるのには4つの心理があってだね……」という本を読んだ話
「誤信(Misbelief)」って本を読みました。著者のダン・アリエリー博士は有名な行動経済学者で、「不合理だからうまくいく」「予想どおりに不合理」といったおもしろい本を出していて、日本でも人気がある先生です。
本書のサブタイトルは 「合理的な人々に不合理的なことを信じさせるものはなにか?」ってことで、ズバリ「陰謀論」をテーマにした内容になっております。要するに、「理性的だと思っていたはずの友人が、急に『陰謀論』にハマるのはなぜか?」という当世風な問題を扱っているわけですね。
というのも、アリエリー先生は、パンデミックの時期に、陰謀論者から「ビル・ゲイツやイルミナティと一緒にCOVIDを作った男だ!」「人々をコントロールするためにウイルスやワクチンを使った元凶だ!」と罵られ、殺害予告まで受ける経験をしたんだそうな。これで陰謀論が他人事ではなくなり、「なんで人間はこういう心理になるんだろう?」ってとこを考え出したらしい。これは災難だ……。
では、いつもどおり、個人的に参考になったところをまとめてみましょう。
- 人間の脳は、誰かが自分と根本的に異なる見解を持っているとき、その相手に危機感を抱き、私たちが見ていないところに陰謀を見いだすように設計されている。これは、進化の過程で備わった脳の機能だと思われる。
- 同じように、自分が「これは信頼すべき!」と考えるものごとに信頼を置いていない人を見ると、私たちは「この人たちは同じ種族ではない」と考える。ひどいときには、相手を人間と思わないメンタリティが生まれる。これもまた部族として暮らしていた時代に生まれた、脳の働きだと思われる。
- このような脳のメカニズムを、アリエリー先生は「誤信の漏斗」と呼んでいる。いわば誤信を強めるフィルター機能のようなもので、いったんこの漏斗を通ってしまうと、後戻りするのは難しい。
- この問題が怖いのは、「誤信の漏斗」を通る人が多ければ多いほど、社会の信頼が薄れ、グループの結束力が弱まり、将来の人類が解決すべき課題に対処できなくなってしまうからである。
- 「不信の漏斗」は、大きく4つの心理反応で構成されている。まず重要なのは「世界の曖昧さへのストレス」で、これは「世の中がどのように動いているのか理解できない!」という感情の負荷を意味する。このストレスに弱い人は、自分の周りで何が起こっているのかを理解できないと、そのメカニズムを説明するストーリーを考え出したいと願う深層心理が働きはじめる。
この心理を示したものとして有名なのは、白と黒のドットを参加者に見せた実験で、ドットを見ながらストレスを感じた人ほど、ランダムなパターンの中に、一定の法則を見いだしやすかった。
ここで問題なのは、「世界の曖昧さへのストレス」に耐えられない人は、何か悪いことが起きた理由を探すときに、善の力よりも悪の力を探すのをずっと簡単に感じてしまうところである。これは、自分が悪にコントロールされていると感じたほうが気が楽だし、他の人が理解していないことを自分が理解していると感じたいという欲求がベースになっている。
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「不信の漏斗」でもうひとつ大事なのは、「検索バイアス」である。これは、私たちが自分の仮説を確証してくれそうな情報にしか目を向けず、ネットで検索するときにも、仮説を否定するような検索語は見ない心理反応を意味する。結果、私たちは、自分の仮説を確認できると思う部分しか情報に触れず、世の中の見方はいよいよ偏っていくだけでなく、実際に現実をね曲げはじめていく。
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3つめに重要なのは、「エスカレーション」の心理である。これは、自分と意見を同じくする集団への忠誠心を示すために、最初のうちは自分でも信じていないことを言っていたのが、何度も口にするうちにやがて本当に信じてしまう心理を意味する。
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4つめに重要なのは、「認知的不協和」の心理である。こちらも、最初のうちは別に信じていなかったのだが、自分が所属するコミュニティの歓心を買うために大量の発言を行ったせいで、「私はこれだけの発言やコメントをおこなったのだから、これは真実なのではないか?」と思い込み始めちゃう心理を意味する。
- 人間ならば誰でも「誤信の漏斗」にハマる可能性を持っているが、そうなる確率が他の人よりも高い人も存在する。具体的には、以下の性格を持つ人も誤信にハマりやすい。
- 正しい記憶が苦手な人
- 直感を信じる人
- ナルシシズムの傾向がある人
- もちろん、人間にはみな「なんらかのコミュニティに所属したい!」という深い欲求がある。そのため、自分が「人類はトカゲ人間に支配されている!」と信じており、そのせいで多くの人から仲間はずれにされたり、拒絶されたりした場合には、アイデンティティが崩壊したかのようなダメージを受ける。
このようなことが繰り返されると、私は自分と同じように世界を見ている人たちのグループを探し、所属の欲求を見たそうとし始める。その結果、いよいよ「誤信の漏斗」は狭まっていき、後戻りが効かなくなる。つまり、「誤信の漏斗」を抜けた先には、より多くの人々から信頼を失った状態しか待っていない。
- ちなみに、「誤信の漏斗」問題に立ち向かう方法として、アリエリー先生は「レジリエンス」の重要性を強調している。ここらへんは長くなるので本書を参考にしていただくか、当ブログの「レジリエンス関連エントリ」をチェックどうぞ。