偽記憶の意外な力|脳科学が教える“間違った記憶”のポジティブな活用法
「前に一緒に見た映画、おもしろかったよねー」みたいな話をした後で、相手から「それ違うよ」と訂正された経験はないでしょうか。私はめっちゃよくありまして、しょっちゅう記憶違いを指摘されております。
にしても、これは考えてみると不思議な話で、“記憶”ってのは人間のアイデンティティを形作る大事な要素じゃないですか。もし記憶がなかったら、私たちは自分が何者でどんな人生を歩んできたのかすらわからないはず。それなのに、こんだけ自分の人生の出来事を平気で忘れたり、悪い時には勝手に書き換えたりしちゃうのは、なんとも面妖な現象であります。
ってことで、最近、ロンドン大学のマーク・ハウ先生らが、この「自分に関する記憶の精度」について面白い論文(R)を発表してましたんで、内容をチェックしときましょう。ここでのテーマは、
- 私たちの記憶はなぜ曖昧になるのか?
- その曖昧さとどう付き合えばいいのか?
って感じでして、日常生活にも使える内容になってるんじゃないかと思うわけです。
で、まずこのテーマを考えるにあたり、ハウ先生が引き合いに出すのが「幼児期健忘」であります。これは3歳以前の記憶が思い出せない現象のことで、その理由は、長期記憶を作るための神経基盤(特に海馬)が、幼児期にはまだ十分に発達していないせいで起きると考えられております。記憶の“保存庫”自体が未完成なので、そもそも長く残せる形で記録できないわけっすね。
そこで面白いのが、私たちが「自分の体験」を記憶できるようになるのは、自己意識や言語能力が発達してからだってことです。
たとえば、2歳の子どもが動物園でキリンを見たとしても、そのときの記憶は「自分が見た」という形式では残りにくいはず。しかし、4歳ぐらいになって「私はキリンを見た!」という形で、自分の体験を言葉で語れるようになると、その出来事が“自分史”の一部として保存される可能性が高まるわけですな。それぐらい言葉は大事だってことですな。
ただし、私たちの記憶ってのは、外付けハードディスクのように全部保存しておくわけではなく、日々の生活に必要なものだけを残し、それ以外はどんどん整理(削除)する仕組みになっております。そのため、脳内に収められた情報は、後からの経験や物語化のプロセスで何度も書き換えられ、元の出来事とは少しずつ違う形になっていくんですよ。この整理の過程で起こるのが、いわゆる「偽記憶」の正体だと、ハウ先生は指摘しておられます。
たとえば、家族や友人との会話で「あのときこんなことあったよね」と何度も話しているうちに、実際にはなかった出来事まで“事実”として自分の脳に刻まれてしまうことがあったりするじゃないですか。心理学では、これを「共同想起効果」と呼んでおります。おもしろいっすねぇ。
でもって、偽の記憶が生まれる原因は他にもいくつかありまして、
- レミニセンス・バンプ:アメリカの心理学者ルービンらが2000年に提唱した概念。10代から30代前半にかけて起きた出来事は、年齢を重ねても比較的よく覚えていることが多いという現象を示す。その理由としては、この時期の経験は初めてのものが多いし、自分の価値観や人生の方向性が固まる時期でもあるし、社会的なイベント(進学、就職、結婚など)が集中するタイミングでもある上に、脳の認知機能がピークを迎える時期なので、それだけ記憶に残りやすいのだと考えられる。
- 代理記憶:自分が直接経験したわけではないが、家族や友人から何度も聞かされて、あたかも自分の記憶のように感じてしまう現象。その結果、本人のアイデンティティや人生観にまで影響を与えることがあるとされる。
- 文化の影響:文化的な期待も、その時期の記憶をより強化するとされている。たとえば「20代で就職するものだ」「30歳で結婚するものだ」みたいな文化が強いところでは、その時期の出来事をより“記憶らしく”残しやすい。これは必ずしも正しい記憶とは限らず、むしろ「そうあるべき」という枠組みに合わせて事実が加工されている場合がある。つまり、私たちは文化の影響を受けて、自分の人生の物語を編集しているのだとも言える。
このような「偽記憶」は、ときに危険なんだけど、必ずしも悪いものではないってのが大事なポイントです。というのも、自分に都合よく書き換えられた記憶が、精神的な安定や自己肯定感を保つこともあるんですよ。たとえば、過去の失敗を少し美化して「いい経験だった」と思えるようになる、みたいなことですな。
なので、この研究をふまえると、私たちの“記憶”ってのは意外と柔軟性があるよなーってこともわかりまして、この知見を実生活に活かすなら、以下のようなことが考えられるんじゃないでしょうか。
1. ネガティブな過去を“やわらかく”書き換える
失敗や恥ずかしい経験は、あまりクリアに覚えていると自己肯定感を削っちゃうので、あえて自分に都合のいい物語に書き換えるのも手。心理学でいう「ポジティブな再解釈」を使って、
- 「あの失恋は辛かった」→「おかげで自分に合う人の条件がわかった」
- 「あのプレゼンは大失敗」→「人前での耐性がついた」
みたいに記憶の捉え方を自分にとって意味のあるものに変換すると、偽記憶は“自己回復の道具”になるでしょうな。
2. チームや家族の結束を高める
共同想起効果(みんなで同じ話を何度も共有すると記憶が似通う現象)を使えば、集団のアイデンティティ強化も狙えましょう。具体的には、家族や職場でポジティブなエピソードを繰り返し語ってみて、「自分たちはこういう人たちだ!」という共通イメージを形成するわけですね。
3. モチベーション維持に使う
過去の記憶から「自分は昔から逆境に強い」「いつも最後までやり切るタイプだ」みたいな自己像を勝手に作り、自己効力感を上げるパターン。具体的には、自分がかつて上手くやりきったことや、死ぬほどしんどい状況をなんとか突破したエピソードだけをピックアップして書き出し、これをひたすら読むようなことが考えられましょう。
一般に自己効力が低い人ってのは、過去の失敗にばかり目を向けがちなので、強引にでも過去の成功に目を向けてやるのは、めっちゃ重要な介入だと申せましょう(実際に心理療法でも似たようなことをしますしね)。