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映画『15時17分、パリ行き』に学ぶ「正しい人生のあきらめ方」とか「計画的偶発性理論」とか

1517

 

15時17分、パリ行き』って映画を見たら、これがどうかと思うぐらいの傑作だったわけです。

 

 

軽くご説明しておくと、本作は2015年にフランスで実際に起きたテロ事件を映画化したもの。高速鉄道タリス車内でイスラーム過激派の男が銃を乱射したのを、たまたま居合わせた2人の軍人と1人の民間人が制圧したって事件であります。犯人を取り押さえたヒーローを実際に事件に巻き込まれた3人が演じてまして、本当の人物が本当の事件を再現するという前代未聞の企画がナイスですね。

 

 

というと、いかにもアメリカンな「ヒーローもの」を想像するかもですが、本作の仕上がりはまったくの別物。なんせ最大の見せ場であるテロシーンは15分ぐらいで、残りの約80分は、主演3人のワルガキだった子供時代や、大人になった3人がヨーロッパを旅するだけの日常的な描写が延々と続くんですよ。声高に人生の教訓を描くわけでもなく、とにかく3人の人生をじっくり描きつつ、「なぜ彼らがテロを制圧できたのか?」に向かって進んで行く感じになっております。

 



 

たとえば、

 

  • 主人公が過去に軍隊で柔術の訓練にハマったことがあった → 後に犯人を締め落とす際に役立った
  • 主人公が審査に落ちたせいで、希望の部署に配属されなかった → 後にケガ人を救うのに役立った
  • ドイツの飲み屋で「オランダ最高!」と主張するオッサンに出会った → おかげでテロが起きる現場に居合わせた

 

みたいな感じで、大量の偶然の積み重ねがテロの一点に集まっていく様子をじっくり描写していくんですね。誰でも一度は「あのときあの経験がなかったたら人生も違ってたなぁ……」みたいな感慨を持ったことがありましょうが、そんな感覚を徹底的に擬似体験させてくれる作品なんですな。とくに主演が演技経験のない一般人なおかげで、そのバーチャル感は格別。いわば「VR人生」。

 

 

なので、本作に「ユナイテッド93」のような緊迫感あふれる再現ドラマを期待すると、フルスイングで肩すかしを食らうはず。批評家の評価が極端にわかれてるのも、このへんが原因なんでしょう。

 

 

そのため、この映画からはいろんな解釈を引き出すことができまして、

 

  • この映画は「普段の努力は報われるから、あきらめずに準備しておけ!」を描いた作品である
  • この映画は「人生とは、あらがえない『運命』に導かれていくものである!」を描いた作品である
  • この映画は「人生は偶然の積み重ねでしかない!」を描いた作品である
  • この映画は「人生にムダな体験はない!」を描いた作品である
  • この映画は「人間に必要なのは緊急時の勇気と行動である!」を描いた作品である

 

などが考えられるとこでしょう。そのどれもが正しいとは思うものの、個人的に思い出したのはクランボルツの「計画的偶発性理論」でした。

 

 

クランボルツさんはスタンフォード大学の偉いさんで、大昔からずっと「キャリアの心理学」について研究してきた人物です。ざっくり言うと「人間が幸福になるための仕事選びはどのように決まるのか?」を追求してきたんですね。

 

 

具体的には、だいたい1990年代から、いろんな人に「いまのキャリアってどう決まりました?」みたいなインタビューをくり返して(1)、「幸福に仕事をしてる人は何が違うの?」に関する実証データを積み重ねてきた感じ。その結論は非常にシンプルでして、

 

  • 人生の8割は予想もしなかった偶然で決まる!

 

ってことです(2)。多くの人生を検証して行くと、だいたいこの数字に落ち着くんだそうな。要するに、人生の80%はただの偶然に支配されていて、我々はほぼ何もできないんだ、と。人生でどんな夢を抱こうが、8割は破れるものなんだ、と。ある意味では切ない結論ですね。

 

 

もっとも、一方では。この数字を前向きにとらえることもできまして、クランボルツさんは「8割が偶然で決まるなら、その偶然を良い方向に活かすしかないよねー」って考え方です。幸せなキャリアを抱いている人には、以下のような共通点があるそうな。

 

  1. 好奇心:いろんなものに興味を持ちやすい
  2. 持続性:飽きずに物事に取り組める
  3. 柔軟性:いろんな人の意見を聞ける
  4. 楽観性:落ちこんでもすぐ立ち直れる
  5. 冒険心:不確実な状況でも行動を取れる

 

つまり、人生は基本的に「あきらめ」の連続なんだけど、この5つを意識して暮らし続ければ「良い偶然」が積み重なり、最終的には思いもしないところへたどり着けるんだ、ってことですね。

 

 

また「80%の夢は破れる」ってデータを裏返せば、「20%の夢はかなう」ってことでもありまして、これは相当に割りがいいギャンブルじゃないかと思います。年末ジャンボと比べた場合、6等「300円」でも当選確率は10%そこそこだし、1等にいたっては0.000005%ですからね(笑)

 

 

ただ、よく「宝くじは買わないと当たらない」と言うように、「人生くじ」も賭け金を払わないとどうにもならない次第。この点では、上に並べた5つのポイントが人生の賭け金ってことになりましょう。人生はほぼコントロールできないものの、ある程度の勝率アップなら狙えるってことですな。

 

 

ってことで『15時17分、パリ行き』については、主人公たちがいろんな偶然に流されながらも、人生の賭け金をちゃんと払ってきたおかげで大勝負に勝つ映画として見ました。わかりやすい感動シーンこそないものの、計画された偶然が一気に実を結ぶラスト10分には思わず落涙。この内容を94分で表現しちゃうコスパの良さにも驚き。

 

 

特に私ぐらいの年齢になると「夢と希望は8割が実現しない」って事実が身に沁みてますんで、あらためて「しっかり賭け金を払おう……」って気分になりますね。いやー、まいった。

 

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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