今週の小ネタ:うつ病の原因は「脳」じゃなくて「炎症」、SNSが「幻覚」を強める、コールドスイミングは脳に良いのか?
ひとつのエントリにするほどでもないけど、なんとなく興味深い論文を紹介するコーナーです。
うつ病の原因は「脳」じゃなくて「炎症」だった?話リターンズ
「うつ病の克服には炎症対策が必須」ってのは何度か書いた話。うつ病といえば、「セロトニンが足りないから」とか「ドーパミンのバランスが崩れてる」みたいに、“脳内物質がアンバランスを起こしている説”が有力だったのが、ここ数年は「うつ病の原因は慢性的な炎症なんじゃないの?」って考え方が有力になってきたんですよ。
いちおうおさらいしておくと、そもそも炎症というのは、体がストレスや感染、ケガに対して反応する自然なプロセスのこと。短期的には体を守るための重要な仕組みなんですが、これが長引いて「慢性化」すると、心臓病、糖尿病、アルツハイマー、自己免疫疾患といった、ありとあらゆる病気のリスクを高めることが知られております。でもって、最近の研究では、この慢性炎症は脳にまで及ぶことがわかってまして、脳の神経に炎症が起こった結果として、うつ病などの精神疾患が起きるって指摘が増えてきたんですな。
でもって、近年も似たようなデータがたくさん出てましたんで、そこらへんを見ておきましょう。
まずひとつめは2024年に『JAMA Psychiatry』に掲載されたメタ分析(R)で、58万5,000人以上のデータを解析した結果、血中の炎症マーカー(CRPなど)が高い人ほど、精神疾患の診断リスクが上昇していたと結論づけてるんですよ。つまり、脳の中で神経伝達物質のバランスが崩れるよりも先に、「体の炎症」がうつ病を引き起こしてる可能性があるわけですね。このあたり、個人的には「身体と心は一体」って感覚に近くて、すごく納得感がある話だなー、とか思うわけです。
では、実際に、炎症を抑えればうつ症状がよくなるのか?ってのも気になりますが、この点については、わりと最近に出た系統的レビュー(R)も興味深くて、これは31件のランダム化比較試験(RCT)を集めて分析したもので、加齢により慢性炎症が進みやすい高齢者が対象になっております。
で、その結果がどうだったかと言いますと、
- オメガ3脂肪酸、ハーブ療法、食事介入などの抗炎症的アプローチは、プラセボよりも有意にうつ症状を改善する
- さらに、抗炎症アプローチを使ったグループの改善レベルは、一般的な抗うつ薬を使用したグループと同じぐらいだった
ってことでして、これはなかなか見逃せないレベルの効果じゃないでしょうか。炎症をおさめる効果が高い食材を増やすだけで、抗うつ薬と同じレベルでメンタルが改善するってのはありがたいことですなぁ。
SNSが「幻覚」を強める?精神疾患とソーシャルメディアの複雑な関係
SNSはメンタルに良いのか悪いのか?ってのは、昔からよく議論されてきたテーマのひとつ。個人的には「SNSが悪いと言うよりは、使い方しだいで毒にも薬にもなるよなぁ」ぐらいの結論に落ち着いてますが、相変わらず似たような研究は続いてたりします。
最近のレビュー論文(R)もそのひとつで、155件もの研究データをまとめた上でSNSとメンタルの関係を深堀りしてくれてます。ここで対象になっているのは、以下のような疾患を持つ人々です。
- 統合失調症
- 双極性障害
- 醜形恐怖症(自分の外見に対する歪んだ認識)
- 摂食障害
- 自己愛性パーソナリティ障害
- 境界性パーソナリティ障害
ご覧のとおり、どれも「自己認識」や「他者との関係性」が深く関係する障害でして、もっと簡単に言えば、「自分は誰か?」「他人とどうつながるか?」という問いにうまく答えられない状態って感じですね。
で、このタイプの障害を持つ人がSNSを使うとどうなるか?というと、
- 自己愛性パーソナリティ障害: 自撮りを過剰にアップしたり、いいねやフォロワー数に過敏に反応するようになる。これは 「自己の価値=SNS上の反応」になってしまうためで、強迫的な投稿行動が悪化する引き金になる。
- 醜形恐怖や摂食障害: 他人の写真と自分を比較し、身体イメージがさらに歪みがち。 外見へのこだわりが増し、「もっと痩せなきゃ」「自分は醜い」などの思い込みが強化されちゃう。
- 統合失調症・双極性障害などの妄想性障害: SNSアルゴリズムや広告に対して、「監視されている」「支配されている」という妄想が生まれやすくなる。 現実と虚構の境目があいまいになり、症状が悪化しがち。
ってことで、どうもSNSが「症状を悪化させる燃料」になってしまうケースはよく見られるらしい。こうした現象を説明するために、研究チームは「SNS妄想増幅モデル」ってのを提案していて、これがどのような流れなのかと言いますと、
- 自己感(アイデンティティ)が未熟な状態でSNSを使う
- SNSでの「いいね」「フォロー」などに自己評価を依存するようになる
- 過剰にSNSを使用しはじめ、リアルな人間関係よりも仮想的な承認を優先しだす
- 他者からのフィードバックや比較で「自分」という感覚がさらに歪む
- 妄想や現実感の歪みが悪化する!
みたいになります。つまり、SNSは「自己を育てるツール」ではなく、「未熟な自己を崩壊させる装置」にもなりうるという指摘です。
ただし、このレビューの対象になった研究はすべて観察研究なので、因果関係の証明まではしてないところはご注意ください。SNSが長期的に精神症状にどう影響するかを調べるには、もうちょい厳密な研究デザインが必要になりますな。とはいえ、現時点では、自己認識や社会的な関係性に敏感な人にとってはSNSはよろしくなさそうなんで、その点は覚えておいて損はないでしょうねぇ。
コールドスイミングは脳に良いのか?問題
近ごろ、冷たい水の中で泳ぐと脳機能が改善するのでは?って知見がいくつか出てるんで、内容をチェックしときましょう。
最近『Physiology & Behavior』に掲載された研究(R)では、健康な成人13名に、
- 10度の水に週3回、10分間ずつ浸かる
- この生活を4週間続けて、脳がどうなるかを調べる
って指示をしたところ、以下のような変化が見られたそうな。
- 認知処理スピードの向上
- メンタルの柔軟性の改善(=切り替え力が高まる)
- 睡眠の質の向上
- 不安感の低下
つまり、脳の働きが良くなり、心も落ち着き、よく眠れるようになったという、なかなか魅力的な結果なんですよ。これは気になりますねぇ。
これに加えて、ちょっと前に行われた2つの研究(R,R)でも、同じようなポジティブな変化が観察されてまして、
- 海水で20分間泳いだ参加者は、緊張、不安、怒り、うつ、疲労、混乱が明確に低下した
- 冷水浴(5分間)を行った参加者は、活力、注意力、誇り、インスピレーションなどが増加した
などと報告されております。つまり、冷たい水に入ることで、一時的とはいえ「前向きな感情」が高まり、精神の調子が整いやすくなるわけですな。うーん、これは気になる。
では、なぜ冷水が脳とメンタルに良い影響を与えるのかってところが気になりますが、その有力な候補として挙げられているのが、ストレスホルモン「コルチゾール」であります。
一般的に、ストレスを感じるとコルチゾールってホルモンが血中に放出されて、全身を緊張状態に変えていくんですよ。そのため、慢性的にコルチゾールが高い状態が続くと、
- 気分の乱れ
- 不眠
- 慢性的な疲労
- 体重増加
といった、不調が出て来ちゃうんですよね。
で、今回の研究を見ていると、冷水に入ることで一時的にコルチゾールは上がるんだけど、冷水から上がったあとむしろ数時間後には低下するみたいなんですよ。そのおかげでメンタルが改善する可能性はそれなりにありそうっすね。
もちろん、冷水浴にはそれなりのリスクもあるんで、心疾患や高血圧を持っている場合はやらないほうが無難ですが、それ以外の方はお試しいただくのも良いかもしれません。私の場合はサウナの水風呂がメインですが、たしかに「気分がスッキリするなぁ」ぐらいの実感はありますね。