自分の脳以外の知性を使いこなすための身体的認知ガイド----「拡張された精神」
「拡張された精神(The Extended Mind)」って本(R)を読みました。著者のアニー・マーフィー・ポールさんはアメリカのサイエンスライターで、TEDとかでご存じの方もいるかもしれません。
本書の内容をすごくおおまかに言えば「頭をよくするには?」ってテーマを扱った一冊なんですが、おもしろいのは、
- みんな自分の知性は自分の頭の中だけにあると考えてない?
- 頭をよくしようと思ったら自己の脳を改善することが必要だとだけ考えてない?
って疑問を起点にしているところです。このブログでも、頭がよくなる方法を色々と模索してますけど、確かに「個人の脳の働き」に特化した内容ばかりですからねぇ。
しかし、本書では、「知性は私たちの頭の中だけにあるわけじゃない!」と主張しているのがユニークなポイント。具体的には、脳の外にあるリソースとして3つの要素をあげております。
- 身体的認知:私たちの身体的な感覚、動き、ジェスチャーももまた、思考プロセスに影響を与えている
- 状況的認知:私たちの置かれた場所やシチュエーションもまた、思考プロセスにに影響を与えている
- 社会的認知:私たちが関わり合う他の人もまた、効率的かつ効果的な思考に影響を与えている
いずれもこのブログで取り上げてきたトピックでして、具体的な例を挙げてみると、
- 身体的認知:難しい問題に悩んだら、ジェスチャーや体を動かしながら考えると、独創的なアイデアを生み出したり、科学や数学のような概念的なテーマをよりよく理解するのに役立つ
- 状況的認知:なにかに悩んだ時には、いつもと違うカフェで働いたり、自然のなかで過ごすようにすれば、良い解決策が浮かびやすくなる。抽象的な問題に取り組んでいるのであれば、それを物理的なオブジェで考えてみるのも効果がある
- 社会的認知:何か難しいスキルを身につけたいときは、他人をマネすると効率が良い。また、創造的な思考が必要な場合は、他の人と一緒に仕事をすることで、良いアイデアが出やすくなる
といったあたりは、誰にでも心当たりがあるんじゃないでしょうか。要するに、私たちの知性は自己完結しているわけではなく、周囲の環境や肉体の変化に大きく左右されるわけっすね。これは確かに活用しない手はないですよね。
ってことで、以上の認知をふまえたうえで、具体的な方法論に進みましょう。まずは「身体的認知」を高める方法について見ていきますが、ここでもっとも重要なのが、
- 自分の肉体が発する感覚へ的確にアクセスできるか?
というあたりがポイントになります。「呼吸は変化していないか?」 「心臓の鼓動の速さは?」「筋肉の硬さを感じてないか?」といった肉体の変化に敏感になるのが、身体的な認知を活かすための基本になります。
これは「無(最高の状態)」でも触れた内受容感覚に関わる観点で、自分の身体に耳を傾けて、その状態を正しく把握できている人ほどストレスに強かったり、正確な判断ができるって見解は昔からよくあるんですよね。
ただ、考えてみれば、私たちの多くは「自分の身体の変化」について驚くほど無頓着でして、プライベートも仕事も忙しいうえに、休息時間にもテレビやソーシャルメディアなどの外からの刺激に心を向けるケースがほとんどですからね。本書があらためて内受容感覚を強調するのも当然でしょう。
著者さんいわく、
私たちは無意識のうちに体の中に情報を蓄えている。無意識は、経験から得られた規則性を理解し、記憶しているのだ。この機能は、情報収集やパターン認識のプロセスを経て、将来の参照タグとして働く。
とのこと。なんとも難しい表現ではありますが、ざっくり言えば、人間の知識ってのは意識でアクセスできるとこに貯蔵されてるのではなく、無意識のアクセス不能なエリアにも溜め込まれており、その情報は身体感覚の変化をとおして伝えられるのだ、みたいな話です(これでもまだややこしいですけど)。
その一例として、認知科学者のパヴェル・レビスキーが行った実験では、
- モニターに映し出された十字型の標的を見るよう被験者に指示。その後、モニター上のターゲットが消えて、また新たな場所に現れるという状態を見続けてもらう
- 何度か十字型を見た後、ターゲットが次にどこに現れるかを予測するよう被験者に伝える
ってデザインを設定したところ、数時間ほどで、参加者の予測の精度がどんどん上がっていったものの、「なぜ正解がわかったのですか?」と尋ねられても答えられる人はほとんどいなかっただそうな。つまり、無意識のうちにターゲットの出現情報が溜め込まれ、それが身体感覚として参加者に伝わったわけですね。
これは、いわゆる「直感」とか「第六感」につながる話でして、誰しも「なんとなく正解がわかるけど、なんで正解がわかるんだろう……」みたいな体験をしたことがあるはず。このような現象は、無意識に蓄積された情報が、内受容感覚を通して私たちに知らされた可能性が高いわけっすね。
ってとこで長くなったので今回はこのへんで。次回はさらに身体的な認知を深める方法を見ていきましょうー。